10円ハゲの怪

田村サブロウ

掌編小説

 休日の昼前のことだ。


 庭で盆栽を楽しんでいた老人の宿六は、5歳下の弟の宿七の訪問を受けて話の席を設けた。


 なんでも宿七いわく後頭部になにやら異常がおきているらしく、博識な兄に対処法の知恵を借りたいというのだ。


「で、その異常ってのがこの丸いハゲってやつか。宿七、こいつは10円ハゲだぞ」


「10円ハゲ!? なんだそれ。宿六のアニキ、これはやばい病気なのかい?」


 不安がる宿七にどう言ったものか、宿六は迷った。


 というのも宿六は10円ハゲのことを、名前くらいは知っているが、具体的にどんなものなのかは知らないのだ。


 だが兄としての威厳にかけて知らないとは言えないので、宿七に適当なことを言ってごまかすことにした。


「10円ハゲってのはな、10円をいっぱい拾えるハゲのことだ。縁起がいいもんだぜ。良かったじゃねえか、宿七」


「なんだ、そうなのか。てっきり悪い病気なのかと思った」


「ははは、まさか! たかがハゲが命に関わることなんてあるもんかい」


 宿七の心配を、宿六は大丈夫だと笑いとばした。


 安心した宿七は相談に乗ってくれたことに感謝し、宿六のもとを去っていった。






 数日後。再び宿六のもとに宿七が訪れる。


 良い知らせと悪い知らせがあるというのだ。


 良い知らせとは、前回の訪問から宿七が何度か10円を拾ったこと。


 悪い知らせとは、前回の訪問から後頭部の丸いハゲが大きくなっているのだ。


「ど、どうしよう宿六のアニキ! やっぱり悪い兆候なんじゃねえのかい!?」


 慌てる宿七に宿六はなんて言えばいいものか迷う。


 一瞬、自分もどうすればいいかわからないと素直に言うべきかと考えがよぎるが、それよりも宿六は兄としての威厳を優先した。


「そいつは500円ハゲだ。10円ハゲの進化系だぜ。500円をたくさん拾えるようになる。縁起物だぜ、良かったじゃねえか」


 宿七の心配を、宿六は問題ないと笑いとばした。


 安心した宿七は相談に乗ってくれたことに感謝し、宿六のもとを去っていった。






 数日後。また宿六のもとに宿七が訪れる。


 宿七はカンカンに怒っていた。


 彼の後頭部の丸いハゲは、もはやコインのサイズなどとは比べ物にならないほど広がっていた。


「おお、そいつは千円ハゲだ。500円ハゲの進化系だぜ。千円札をたくさん拾えるようになる。縁起がいいぜ、良かったじゃ――」


「やッッかましいわ、このクソアニキ!! よくも騙してくれたなぁ!!」


 宿六の口八丁も、もはや宿七は聞く耳を持たなかった。


 なんでも宿七は自分の後頭部のハゲについて医者の知り合いに聞いたらしい。宿七のハゲは円形脱毛症という感染症が原因だというのだ。


 10円ハゲの時に宿七が10円を何度か拾えたのはただの偶然だ。


 れっきとした病気によるハゲなのだから、縁起物であるはずもなし。


「そういうわけだ、宿六のアニキ! このハゲは感染症が原因なんだよ。感染症ってことは、伝染させればアニキにも同じ効果が出てくるよなぁ」


「や、やめろ宿七! 俺をハゲにする気か!」


「覚悟しろアニキィ~!」


「うわああぁぁぁぁぁーー!!」


 二人の喧嘩の音は、昼の青空が照らす空気に溶け込んでいった……。






 余談。


 円形脱毛症はれっきとした疾患なので、疑いがある場合は専門医療機関の受診をおすすめする。治療の必要性は医療専門の方に判断してもらうべきで、まちがってもジンクスなどと絡めてはいけない。

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10円ハゲの怪 田村サブロウ @Shuchan_KKYM

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