犬のおまわりさん事件
───事件編───
「えーん、えーん」
「どうしたんだワン!子猫ちゃん!」
森の交番に飛び込んできた、子猫ちゃんは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて言う。
「おばあさんが……おばあさんが家で……」
「おばあさんがどうしたん──」
言葉を切ったのは、気づいたからだ。子猫が纏う血生臭い匂いに。
「一体なにが!」
犬のおまわりさんは子猫ちゃんの案内する家に走って行きドアを開けると、そこには悲惨な現場があった。
「ミケさん……」
子猫の祖母が血を流して倒れている。駆け寄る足を一瞬、止めてしまうほどの出血量。これはもう助からない。
子猫ちゃんは犬のおまわりさんの後ろで光なき瞳でそれを見ていた。
* * *
「死因は出血死。回収したナイフが凶器だろう。後ろからブスリとやられてる」
鑑識のカラスが言うと犬のおまわりさんは無念そうに顔を歪める。
「最後の力を振り絞ったダイイングメッセージもこれでは……」
猫の手元には血で書かれた文字があったのだ。
ハンニンハ───
「犯人は──か。俺たちからしたらその先を知りたいところだがな」
カラスは血溜まりのあった場所で立ち尽くす子猫を見て言う。
「犬さん、入れないほうがよかったんじゃないか」
「あの子が入りたいと言ったんでな。唯一の身内だ」
カラスは向き直る。
「で、殺したのは誰か。検討は?」
「死亡推定時刻にこの家の付近にいたのはキジ姉、サル爺、ヤモリの小僧だワン。全員集めてあるワン」
犬のおまわりさんは顎で部屋を指す。
「もちろん否定しているけどワン!」
カラスと犬は彼らの待つリビングに行くと、騒がしく喧嘩をしていた。
「だ、か、ら!アンタが刺したんじゃないの?だいぶ怒られてたもんねぇ?」
「オメェだってお店のことでだいぶ揉めたらしいじゃねぇか。なにが『喫茶 はねやすめ』だ。半分キャバクラじゃねぇか!」
顔を真っ赤にしたキジ姉が、カラスと犬に気付いて瞬時に笑顔になる。
「あらまぁ、現場検証とやらは終わったのですか?早く帰ってお店の準備をしたいんだけど」
「待ってください。まだ確定したわけではないワン」
「ワシもやってねぇぞ」とサル爺に続き
「ぼ、ぼくもやってない!」とイモリも主張する。
皆が皆、否定している状況だ。
「そもそも刺したら返り血がかかるはずだろう?ワシ達は血の一滴も付いとらんぞ」
「キジ姉さんは日に何度も化粧直しするらしいですね。イモリ君は水の中に家があるし、サル爺さんは最近銭湯に通ってるらしいじゃないか」
カラスは目を光らせる。
「血がついてないのは言い訳にならないよ」
「凶器に指紋は付いていたかワン」
カラスは頭を振る。
「だったらワシじゃないな」
「バカねぇ。そんなもん拭き取りゃいいでしょ?それこそイモリだったら指紋なんて付かないわよね」
キジ姉に言われて、言い返したのはイモリ。
「キジ姉さんだって足でナイフを持てば解決だろ?」
「私がそんな器用なこと出来るわけないでしょ」
「はっ、どうだか」とサル爺もキジ姉に冷ややかな目を向ける。
カチンときたのかキジ姉はまたキーキーと甲高い声で責め立て、半ば喧嘩を状態になる。
「どうしたもんかワン」
「なにか手がかりさえあればな」とカラス。
おそらくその手がかりはダイイングメッセージなのだが。サッパリわからない状況だ。違和感のようなものは感じるのだが、それがなんなのか……ん?
気づくと子猫ちゃんが犬の制服を引っ張っている。
「どうしたんだい、子猫ちゃん」
「私には“ミケ子”っていう名前があるのよ」
そうなの⁉︎
「それは失敬。で、ミケ子ちゃん。なにかあったのかい?」
「自分の名前もおうちの場所も分かる私だけど、一つだけわからないの」
次の言葉に全員が驚愕する。
「なぜ、サル爺さんはミケおばあさんを殺したの?」
────解決編─────
その場の視線を全て集めているのは子猫ちゃんである。
「おう、どういうことだ?」
歩み寄ろうとするサル爺をカラスが押さえる。
「子猫ちゃん、今のはどういうこと?」
サル爺と距離を取り、子猫ちゃんの安全を確保してから続ける。
「サル爺が殺したってことかな?」
子猫ちゃんは頷く。
「それはなんでそう思ったのかな?」
「ダイイングメッセージは『ハンニンハ』の言葉の後に『──《けいせん》』が書かれているわ。でもおかしくない?そんなもの書く余力があるなら名前を書けばいいのに」
確かに、その通りだ。じゃあこのメッセージは…。
「すでに完結しているってことかワン」
「だとしても、なんでサル爺になるんだ?」
カラスは鋭い眼差しで子猫を見るが、それに動じることはない。
「カラスさん……。ミケおばあさんは自分を殺したヤツを“ハンニン”と表現したんです。ハンニンとはそもそもなんですか?」
「からかってんのか?ハンニンは、罪を犯したヒトのことを───」
口に出したカラスも気付く。子猫ちゃんは微笑む。
「そうです。キジ、ヤモリ、サル、この中で人と同じ哺乳類で人間のように振る舞う動物といえば」
「そんなのでたらめでぃ!!」
視線を集めたサル爺が真っ青な顔で反論する。
「子猫の言うことに惑わされるな!そんなどうとでもとれるダイイングメッセージ、証拠がないじゃないか!」
「推理としては面白いがサル爺の言う通りだワン」
苦い顔をする犬のおまわりさんに子猫ちゃんは不思議そうな表情を返すと、今度はサル爺に話しかける。
「尻尾を使ったんですよね」
「え⁉︎」
「サル爺さんは、尻尾でナイフを持って両手を空けることで警戒心を解いたんです」
サル爺の顔は青を超えて真っ白になった。
「なんでそれを……」
子猫は答える。
「そうすれば後ろから刺されたのも説明つきます。なによりダイイングメッセージはサル爺が犯人として濃厚であることを伝えれば良しなんです。カラスさん今ナイフはどこにあるの?」
「回収して警察署だが」
「なら安心ですね。尾紋がついてないかどうかを確認してください」
「それで分かるのかい?」
「はい!尻尾についてる指紋みたいなものです。尻尾で掴んでいるのならついているはず。あとは、その尾紋がサル爺さんと一致するか調べさせてくれればいいのですが……」
チラリとサル爺を見ると、その顔はプラス十歳くらい老けていた。この世の終わりかとでも言いたげな絶望に包まれながら言葉を絞り出す。
「ごめんなさい…………自分が……やりました。だって、だってワシが──」
「すいません、訊いといてアレですけど。それは警察に行って話してください」
言葉を遮った子猫ちゃんは真っ赤な目でサル爺を睨みつける。
「理由を聞いたところで、今の私にはあなたを許すなんて到底出来ないから」
サル爺をカラスと犬のおまわりさんが連行する。そんな中、子猫ちゃんはただただ涙を押し殺したのだった。
探偵達の苦悩 堀北 薫 @2229
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