流れる人
世界一のメガロポリス、東京。
今は、世界一の
地下鉄池袋駅には電気がついていた。しかし、風佳は小竹向原駅のような動揺は起こさなかった。
「なんでここには電気が付いてるの?」
「恐らく、ここには蓄電施設みたいなものがあるんだろう。なにせ東京の中心の一つだからな」
地下鉄池袋駅は、その「東京の中心」ふさわしい場所だった。 僕と風佳は池袋駅のホームに上る。
「随分歩いたし、今日はここで休もう。川越からもう七時間は歩いたぞ、君」
風佳も地下鉄のホームでリュックとライフルを置く。 僕もそれに合わせ、ベンチに座る。 腕時計をみてみたら、もう夕方の5時だ。13時くらいに和光市駅から地下鉄路線に入って、もうこんな時間が立つのか。 電車なら一時間で着く川越~池袋間が、徒歩ならこんなに苦しいものだとは正直想像していなかった。
「もう歩かないなら靴を脱ぎたまえ。腫れるなら今のうちに腫らしておけ。塗り薬は持ってきたのでな」
「いや、僕はちょっと池袋駅を探索してみるよ」
風佳は「そうか」と、いつもの低めな声で、興味なさそうに言った。「ライフルは持って行きたまえよ、何かあったときのためだ。撃ち方は知っているか」
「いや、全く」
風佳が裸足のまま僕の後ろに寄った。
「……引き金を引く。相手が死んだら命中、生きてたら外れ。普段は指元のカチカチできるところを「ア」にしたまえ。相手を殺すときだけ「タ」の方にそのカチカチを向ける…そうそう。あとは顎引いて、肩につけて力を抜いて撃つだけだ。「レ」って書いてある方は…カチカチを向けると爆発する」
「本当に!?」
「私の言うことに嘘はない」
冗談のようにみえたが、なんとなく、「ガチ」のような気がしてきて、僕は背筋を張ってしまった。
「風佳はなんでも知ってるね。すごいよ」
「私だからな」
風佳はちょっと得意げに胸を張る。張る程の胸は…これ以上はやめておこう。風佳はもう疲れたと言わんばかりにベンチに寝転がった。制服は着替えないのだろうか。
「怖くなったら戻ってきたまえ。数年前に遊園地の絶叫マシンで高校生ながらベソかいた君を介抱したように優しくしてやろう。…君が戻ってきたら再度出発する。近くのホテルを探して、部屋を拝借しようじゃないか」
「え、じゃあ探索やめとくよ」
「いいや、行ってきたまえ。君がせかせかと働きアリのように食料を調達している間、私は優雅な休息を取らせてもらうからな」
風佳はいつもあんな感じだ。 いつもあんな感じで偉そうにしゃべる。僕はもう慣れたが、彼女はあんな感じのキツイ性格なので友達は少なかった。
階段を登ると、大きな地下通路が私を待ち受けていた。しかし――
「…積もってんじゃん」
副都心線にはなかった、この灰の堆積。僕の膝下くらいある。それがゆっくりゆっくりと、地下鉄へと流れていく。 誰かの衣服、下着と一緒に。
改札も灰で埋まっている。僕はそんな50cm堆積した灰の上を、一歩一歩踏みしめながら歩く。
死体を踏みつけながら。
膝下の商品は全滅。灰だらけでとても食えたもんじゃない。僕は駅ナカのコンビニから、バナナ味の東京銘菓をくすね、隣接している西武そごうへと入る。
しかし、一階はほぼ灰で埋まっており、とてもじゃないが入れない。 駅の中がこうなら、きっと駅の外は――
「…後で行くだろ」
僕はふと出た好奇心を押さえつける。 僕は東武ストアにも足を運んでみた。こちらも大した収穫なし。
続いてJR線の改札の中に入ってみた。JR線を抜けた先では、全国各地のご当地グッズのアンテナショップをやっている。僕的には京都や沖縄、九州、東北が来ると嬉しいのだが。
5月18日は、どうやら埼玉・秩父のアンテナショップをやっていたようだ。池袋から電車で特急を使えば1時間半の秩父のアンテナショップなんてやるか?と首をかしげつつも、僕は漬物とみそポテトを拝借し、一礼した。
秩父は埼玉西部の都市だ。とあるアニメが大流行してから、知名度はグンと上昇した。
埼玉民はきっと学校給食などで秩父の名物を食べたことがあるはずだ。
僕はまたJR線の改札の上――灰で改札が埋もれているので正確には空中散歩か?――を抜ける。
灰だけが舞う池袋駅は、僕の足跡だけが克明に記録され、そしてまた消えていく。
二度とつかないであろう足跡は、灰の上で眠る。
「収穫なし、だよ」
「…そうか、ご苦労」
風佳はゆっくりと身体を起こす。「ほら、杓子菜の漬物」と僕が風佳に手を差し出そうとした瞬間、手から杓子菜の漬物がなくなっていた。
「よくやってくれたな結!!まさか私の大好物を覚えてくれていたなんて…私、秩父生まれでなあ、夏休みになるとおじいちゃんとかおばあちゃんに会いに秩父へ行くもんで、その時によく食べたのだよ…懐かしい」
カットされた杓子菜の漬物を、手で摘んでポリポリと食べながら風佳は語る。僕もそっと手を伸ばしてみると――
「触るな!その汚れた川越生まれ川越育ちの手で故郷に触れるな!」
「いや君も川越育ちじゃないか」
「心は秩父の清流にあるのだよ、君」
いつまで立っても漬物を食べて動こうとしないので、僕は勝手に風佳を持ち、「ホテルで食べよう」と強めに言ってみる。
「せっかちな男だなあ、君。早漏か?」
「違う」
老婆のように遅い動きの風佳を尻目に、僕はこの地下迷宮から脱出できる通路を探すのである。
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