第一章 川越〜横浜・第一変異点

進む人

和光市駅。この駅は地下鉄副都心線に直通している。ここから銀座まで歩き、そして東急東横線で横浜まで。


「あっつ…」


もう川越駅からかなり歩いた気がする。10kmは歩いた。風佳は休憩することもなく、線路の上をずけずけと歩いていく。僕はそれについていくので精一杯だ。

「そ、そういえば」

「何だ?」

「なんで風佳、ライフル持ってるのさ。一狩りするにしても、肉が食える動物なんているかい?」

「いや、いるかもしれないだろう」

風佳は和光市駅のホームに登って、ホームドアをよじ登っていき、ベンチに座り込んだ。 僕もそれに合わせてホームに登り、座り込んだ。

6月の梅雨はまだ来ていない。雨が降ってくれれば、灰が湿るから日中に司会が灰で霞む、ということはなくなるのだが。

「用心に越したことはないしな。そうだ、ライフルも中々重いから持ち手を変わってくれたまえ、君」

「うん」

ライフルを僕が肩にかける。一気に重さが増した。 風佳は駅の自動販売機から水を二本買ってきて、僕に一本渡した。

「ここから地下鉄に入る。さっきよりは暑さが軽減されるだろう、安心したまえ」

「でも、地下鉄風で灰が舞いそうだね」

「あれは列車がピストンになって発生する気流だ。誰もいないこの世界ではもう存在しないものだ」

「そう…」

「聞いてきたくせに、随分と興味なさそうな返事をするんだな。さっきまでは風佳~早すぎ~とか、楽しそうな悲鳴を上げていた君に配慮してちょっと歩数をゆっくりにしてやったのは誰かね」

風佳の皮肉めいた口調にはもう慣れている。「はいはい、すみませんね」と僕は流した。




「く、暗い」 

「懐中電灯だ、これを使え」風佳から懐中電灯を投げられる。

「おそらく電気が切れたな、日本中の。ソーラーパネルとかで自家発電してる自動販売機や機械以外は、もう使えなくなるだろうな」


カチ。懐中電灯の電源をつけると、地下鉄の車窓からしか見たことのない、地下の線路がうっすらと、手元だけ見えた。 風佳は無言で僕の手を握る。

「暗いから、はぐれないようにだ」

なんとなくドキドキした。そして、こんな状況で青春を感じている自分自身が愚かしかった。 風佳は僕を守ってくれているのに。情けない。

 本来なら、僕が風佳を守るべきじゃないのか…いや、これはジェンダーバイアスにひっかかってしまうのでよろしくない思考か。

「安心したまえ。暗いだけだ、別にドラクエの洞窟みたいに魔物が出るわけでもあるまい」


しばらく歩くと、一つだけ明かりのついたホームを見つけた。 駅名は…

「小竹向原」

小竹向原。東京都練馬区にある地下鉄駅。最近ここらへんは住みやすい場所として最近有名になってい「た」らしい。もう今は関係ないが。

「なんで、ここだけ明かりがついているんだ」

「…」

「…風佳?」

 風佳がフリーズしている。小竹向原駅の線路から一歩も動かず、小竹向原の駅名をじっと見ている。

「…おかしい」

「お、おい、風佳?」

「…早すぎる、確実にどこかの線が歪んでいる…君、銃を貸したまえ」


「え、あ、うん」僕は焦燥する風佳に首をかしげながら、銃を渡す。

風佳は本来、こんな性格じゃなかった。

口調はこんな感じの、いつでも上から目線の偉そうな感じだったけれど。もっとのほほんとしていて、楽観的だった。 だから進路もギリギリまで決めなかったし、そんな自分を肯定していた。

今は、もうその面影は見当たらない。

まるで、人生を何度もやり直してきたかのように、理路整然な人間になってしまった。

その時。

ダン、という大きな音。そして、

「うわ」

「電気が消えた…」

小竹向原のホームは突如として、また暗黒世界へと戻ってしまった。僕は急いで懐中電灯をつける。


「風佳…変だよ君。どうしたんだ」

「…私達以外にも生命体がいるってことだよ、君。それがヒト科かどうかは分からんがね」

「でも、なんでそんなに慌ててるんだい、川越で二人生き残ってるんだから、東京で何人か生き残ってても別に不思議じゃないじゃないか」

「…行こう」

「おい風佳、人の話を聞け」


どこかへ行こうとする風佳の腕を僕が掴む。暗闇で何も見えないが、風佳の声はいつもの自己中心的な、高圧的な口調から、少し弱った声へと変わっていた。


「…人類の再編だよ、君」

「はァ?」


僕の裏返った声をよそに風佳は僕の握った手を振りほどいた。


「…これ以上は守秘義務を施行する」

「なんだい君は、僕に偉そうにつべこべ言うくせに、こういうときは守秘義務かい」

「ごめんなさい…」


初めて聞いた、風佳の弱々しい声に、僕も追求の手を止めざるを得なかった。

無風な小竹向原駅は、闇黒な空間へと早変わりしていた。目の前しか照らせない懐中電灯と、それを信じる僕に、段々と嫌気が差してきた。

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