知る人

川越駅は廃墟と化していた。本当の世紀末のような光景であった。

灰が雪のように積もっていたのだ。





川越駅から徒歩10分。僕の住んでいるマンションの前についた。焦燥感で乳酸が仕事をしていない。僕は急いで階段を駆け上り、5階の僕の家までついた。

リュックから鍵を取り出す。本当は大した時間かかってないのだろうが、体感時間は5分を有に超えていた。

 鍵を刺し、開ける――


「おかえり」

「おかえりお兄ちゃん」


「…ただいま」










自室だけ灰がなかった。リビングも、妹の部屋も、キッチンも灰。 洗面所には食べたあとの食器が積まれており、乾いたスポンジが床に落ちていた。 その下には灰が溜まっている。ベッドに倒れ込む。


「こうなのはわかっていたけど」


 分かっていたから。僕はその思考で、飲み込まれるような大きな悲しみを無視していた。

 いつも現実を見ないのは、僕の悪い癖だ。 自室では、慶應義塾大学の過去問、つまり赤本が未だ未練がましそうに僕を見ている。

 するはずもない仮面浪人を決意し、もう2ヶ月。大学一年の5月なのに、未だ第一志望に行こうと無駄なあがきをしていた。

 それももう必要ない。

 終わったんだ。世界を巻き添えにして。もう涙の一つも出ない。小川町からここまで歩いて、そして川越の町並みを見て、理解した。


世界は消えた。僕一人を残して。すべてを灰に置き換えて。


人は絶望すると何も感じなくなると聞いたが、どうやらそれは本当のようだ。何も感じないのだ、文字通り。

やりたいこと、やってないことなんてなかった。でも、「やりたくなるであろうこと」は、かなりの在庫があった。それも全部オジャンである。

どうせ、それらをできる時間や金の余裕があったとしても、やらないのだろうけど。そんな自分に腹が立っていて、僕はリュックをおもむろに自室の角に泣け落ち、ベッドの中に倒れ込む。


ベッドに倒れ込むと、足は8時間分の悲鳴を急に発散し始め、身体は言うことを効かなくなり、意識は泥に飲み込まれるようにすぅぅっと、おちていく。






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