観れば分かる。俺の子だ。
白川津 中々
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雁首揃える聴衆を絞首台から眺めるのは中々壮観である。
パン泥棒の罪で投獄され三日で執行。罪の重さがヘビィ過ぎる。人はパンのみにて生きるにあらずというが、パンによって死ぬようだ。ジーザス。
だが、幸いな事に国を統べるキングからまったく慈悲深い処置を賜ったのである。
「貴様にはチャンスをやろう。貴様の前に張られた赤と黒の紐の内、いずれか一つが首に繋がっている。どちらかを切り、無事生き残る事ができたら無罪放免としよう」
スタンダールなデッドアライブにありがとサンキューであるがまずは刑法を見直していただきたいものだ。まぁ、こうなった以上はやるしかないのだが。
しかし択一か。苦手なんだよな昔から。絶対外すんだよ。クジとかハイアンドローとか当てた試しがない。クジといえば昔合コンでやった王様ゲーム。あれは地獄だった。酔いも回ってくると恒例の「●番と●番がkiss」という軽くてアダルティな命令がなされ、舌を入れたりボディタッチをするのも許される雰囲気となる。
その日も例の如く、暗黙のうちにお触りOKなシーンとなったわけであり、俺は胸を高鳴らせた。女へのセクシュアルハラスメントが合法的(でもないが)に許されるシチュエーション。滾らねば男ではない。
各人により引かれる割り箸。合唱。「王様だーれだ!」沈黙の後「はい!」と元気よく上がる右腕。王様は樫本。我ら市民に命じられるは如何なる令か。
「一番と八番がkiss」
はいきましたコレ。一番。おれが一番。後は相手のみである。果たして八番は誰か。
「お、ワシやな」
そう答えたのは敦賀のオヤジだった。
女でありながら飲む打つ買うを嗜み普段から水筒に水割りを入れて持ち歩いているオヤジ。鮭とばとチーカマをこよなく愛する敦賀のオヤジ。そう。オヤジ。
俺はオヤジとkissをする。お触りありの、いや、空気的にお触りしなければならない激しい濡れ場を、敦賀のオヤジと演じなければならないのだ。
「お! 一番はおんしか! ほらほら来いよほらおい来いよお前ほらほらほらほら!」
「……」
竦む。そらそうだ。口から場末の居酒屋のメニューみたいな臭いがするような女に欲情できるものか。しかし拒否はできない。王の命に背くというのはタブー中のタブーである。人権を剥奪されても致し方ない所業。少なくとも、これから先合コンに呼ばれる事はなくなる。それだけは、避けなければならない。
「じゃ、じゃあ、いきます……」
息を飲み覚悟完了。オヤジ相手にセクハラ準備。別の意味で心臓の鼓動が加速していき吐きそうになる。クソ。なんてこった。さっきまで浮かれていた自分をぶっコロがしたい。
「とろくさい! おら! チッスはこうすんじゃ!」
アンブッッシュ。オヤジに押し倒された俺はそのままマウントを取られると、破廉恥なる波状攻撃により血気盛んな息子が戦闘態勢となる。そして……」
「おら! 腹決めたか! 月火水木ボッキンキン! セクシータイムのスタートじゃ!」
それから先は覚えていない。覚えていないが、何故かオヤジから妊娠したとの連絡があったため俺はラブファントム状態となったが職もなくパン泥棒をするに至る。逃げた先に楽園なんざねぇよと言っていたガッツの言葉は正しかったというわけだ。
「どうした。早く切らんか」
クソ。他人事だと思って急かしやがる。
まったくこの窮地に嫌な事を思い出してしまった。こうなれば自棄だ。頼りない直感だが、もう閃きで選ぶしかない。生きるか死ぬかの二者択一。果たして運命や如何に……うん?
嫌なものを見た気がする。いやいやきっと気のせいだ。そんなわけがない。ここにあいつがいるはずなど……いや、しかし……
「おんどれー! なにしとるんじゃー! 死ぬなー!」
いたわ。オヤジだわ。間違いないわ。
「バブー!」
しかも赤ちゃんいるわ。抱いてるわ。間違いなく俺のベイビーだわ。目元がそっくりだわ。直観で分かったわ。
これ生き残ったらまずいんじゃね?
俺は頼りにならない勘を頼りに赤を切った。今まで当たった事のない勘頼みの行動。つまりは死を望んだのだ。ここで助かれば間違いなくThe End。孕ませ責任待ったなしである。できるかそんな事。ならば俺は死を選ぶ。
ダン!
「グエー!」
床が開く。宙に浮く感覚。冴えない死だったが冴えない人生よりはマシだろう。さらばだみんな。敦賀のオヤジ。我がベイビー。
痛ってぇ。尻餅ついた。なんだこりゃあ。生きてんじゃねぇか。
「おんしー! 助かったんかわれー!」
「バブー!」
抱きつくオヤジとベイビーからは甲類とカットチーズの臭いがした。あぁ、俺はこれからこいつらと生きていくのか……
観れば分かる。俺の子だ。 白川津 中々 @taka1212384
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