第11話
カンカンカン――。
鐘を叩く音が聞こえた。おれが店を開けると、町が少し騒々しい。
何の騒ぎだろう。それからしばらくして、町の警備を担当している傭兵団、赤猫団の団長のアナベルさんがやってきた。猛禽類みたいなちょっと怖い目なのに、今日はそのキレがない。
「……おはよう」
いつもは刺しそうな視線なのに、力がない。
「おはようございます。騒がしいですけど、何かあったんですか?」
世間話程度に訊きながら、いつものポーション五本を用意していると、
「……済まないが、今日は一〇本にしてくれないか?」
「いいですけど、追加分の料金はもらいますよ?」
「ああ、もちろんだ」
さらに五本入れて、おれはアナベルさんから代金を受け取る。
「けど、本当に好きなんですね、ポーション」
「……最近は、アタシが飲んでるわけじゃねえんだ。……ま、とにかく、いつもありがとな」
と言って、店から出ようとすると、団員の大男、ドズさんがどすどす走りながらやってきた。
「あ、姐さん――」
「――ドズ、ここに何の用だ」
「さっき兵舎に戻るって……」
アナベルさんに見つかったドズさんはバツ悪そうにうつむいた。
「…………レイジに、おかしな話をする気じゃないだろうね?」
「ですが姐さん」
「ですがもクソもねえよ。……薬屋は関係ねえだろう。お前はそんなに赤猫団の恥を晒したいのか」
「そういうワケじゃねえんです……でもこのままじゃ……」
シリアスな会話が聞こえてくる。何か困ってそうだ。
「どうかしたんですか? おれでいいなら、手、貸しますけど」
「ありがとうございます、レイジの兄さん――。最近、盗賊どもが町に来ることは知ってますか」
ああもう、とアナベルさんはうんざりするように赤髪をかいた。
「アタシが説明する。お前はすっこんでな」
うなずいたドズさんはアナベルさんの後ろに控えた。
立ち話で済む話じゃなさそうなので『奥にいます』の札をカウンターの上において、おれは家の中へと二人を招いた。
応接室なんて上等なものはないので、二人をリビングへ案内する。ソファをすすめて、二人に座ってもらった。
「それで……どうかしたんですか? 何やら真剣そうな雰囲気でしたけど」
「ああ……。さっきドズが言ったが、盗賊の野郎どもが近頃カルタの町で盗みを働くんだ。その被害が多くてね……赤猫団は、ほら、警備のために領主サマから雇われてるだろう? それで……領主サマから、こういうことが続くようじゃ、警備料は払えないって言われててね」
ドズさんが沈痛にうなずいた。
「オレらも、出来る限りのことはしてるんです、レイジの兄さん。けど、どうにも手強いやつらで……。今日も朝方……警備中、盗賊と戦闘があったみたいで」
それでちょっと騒がしかったのか。もしかして、ポーションを多めに買ったのは、怪我した人が傭兵団の中にいたからかな?
最近『アタシは』飲んでないって言っていたから、きっと備蓄分じゃ足りなくなってきてるんだ。
おれは戦闘素人だから、盗賊が来たら真っ先にお金を渡してしまうだろう。普通に怖いし。
それでも今まで平和にこの町でお店をやってこられたのは、陰ながら町を守っていた赤猫団のお陰でもある。
「このままじゃあ、オレたちは領主サマから報酬がもらえなくなって、別で仕事を探さなきゃならない。背に腹を抱えられないから、今回、レイジの兄さんに何か知恵を借りられないかと思ってやってきたら」
「アタシと鉢合わせちまった、ってことだ」
アナベルさんが、この件をおれに相談させまいとしたのは、自分たちの仕事の領分で起きたことからだろう。傭兵は戦うプロ。素人に助けを求めるなんて、アナベルさんのプライドが許さなかったんだ。
「赤猫団だけなんですか? 警備って」
「領主の私兵もいるが……使える奴は最前線で魔王軍と戦ってる。……残っているのはもうろくした老騎士くらいのもんさ」
「レイジの兄さん、見損なわないで欲しいんですが、これでも、いつもは撃退したり捕えたりしてるんです」
「そういえば、さっき手強いって言ってましたね。違う盗賊なんですか?」
「ああ。どこかから流れてきた奴らだろう。ずいぶんと手慣れているようだったが」
ふむ。それでおれに知恵を貸して欲しい、と。おれは頭脳労働派でも肉体労働派でもない。
おれに出来ることって言えば、薬を作ることくらいだ。
「レイジの兄さんなら、助けてくれるんじゃねえか、と思って……」
「アタシは、他人任せが嫌いだからさ、やめろって何度も言ってたんだ。レイジは、どっちかっていうとアタシらが守らなきゃならない側の人間だ」
「アナベルさん、そんなこと気にしないでください。こうやっておれたちがのんびり暮らしていられるのも、赤猫団のお陰なんですから。ちょっとくらい、首突っ込ませてください」
「――薬神が、降臨なされた……!」
はは、とおれは苦笑する。
「まったく歯が立たないほど強いんですか?」
「歯が立たないってほどじゃないが……隙をつけば追い返すくらい余裕なんだ」
自分たちが劣っているのを認めるのが悔しいのか、アナベルさんの歯切れは悪い。
石積みの城壁に守られているわけでも、濠があるわけでもない。丸太を組み合わせた柵がある程度の防備だ。これを強化するには、時間も手間もかかってしまう。
「となると、設備を整えるんじゃなくて、撃退に繋がる何かが必要ってわけか……」
おれが考えていると、キッチンからノエラとミナの声が聞こえてきた。
「……ミナ、涙、いっぱい……止まらない」
「ノエラさん大丈夫ですか? タマネギを切ると出ちゃいますよね~」
「るぅ……くすんっ」
昼ごはんの準備でもしてるのか? 会話だけ聞くと、仲の良い姉妹みたいで微笑ましい。
あ――。あれなら、作れる。
「ドズさん、アルコールが一番きっついお酒、すぐに買ってきてもらえますか?」
「はあ。いいですけど飲むんですか?」
「薬の材料として使うんです。お願いします」
不思議そうにドズさんは腰をあげて、おつかいに行ってくれた。
「アタシも出来ることがあれば手伝うよ」
「ありがとうございます。じゃ行きましょうか」
おれとアナベルさんは立ちあがり、キッチンにむかう。
「あ。レイジさん。今ノエラさんとお昼ご飯を作っているんですよ」
「あるじ、ノエラも、作ってる」
目元を腫らすノエラの頭をぐりぐりと撫でる。ノエラはくすぐったそうに目を細めた。
「なんか、ほのぼのしてんなあ……」
面食らったアナベルさんがぽつりとつぶやく。ミナが笑顔でアナベルさんに会釈した。
「そっか、楽しみにしとくよ。……ところでミナ、あれなかったっけ? あれ」
「え、何ですか、あれって」
「あれだよ、あれ。……辛いやつ。確か、この前買ってきたと思うんだけど」
「あ~それなら……」
とミナが箱の中に入れている緑色の野菜を三つほど取り出した。
「あ。それそれ。サンキュー。同じの、あとで市場から買ってくるから、ちょっと貸して」
「カプシンガラシは……お薬に?」
おれはうなずいて、創薬室に入った。アナベルさんが「へー」とか「ほー」とか声を漏らすなか、手際よく作業を進めていく。手伝える作業が特になかったので、興味深そうにアナベルさんはおれの手元を見つめている。
「薬はそうやって出来てんのなあ。ふう~ん」
ノーリアクションもやりにくいけど、見守られるのもやりにくいな。
すぐに息を切らしたドズさんが戻ってきて、おれは頼んでいた酒を受け取った。
「レイジの兄さん、こいつが一等キツイ酒です。さみぃ日に、こいつを一杯やって夜眠るのが――」
「うん、飲むわけじゃないからエピソードは大丈夫です」
ちょっとだけしゅん、としたドズさんは、アナベルさんと一緒に創薬見学をする。
「姐さん、オレたちのポーションは、こんなふうに作られてんですねえ」
「それさっきアタシが言ったから」
「えぇ~何すかそれ」
何だかんだで仲の良い二人だった。おれが仕上げに瓶に入れて振ると、中の液体が薄く光った。
【(強)カプシン液:人体には無害の刺激物。空気に触れると瞬時に気化し、目の激しい痛み、呼吸困難、鼻水などの症状を一気に引き起こす】
「よし、出来た」
おれは瓶の蓋をおそるおそるゆるめていく。小瓶に移さないと……。
「レイジの兄さん――いや、薬神様――何か出来たんですかい?」
「あ、今近づくと」
「これ、何です――?」
ぱかっと蓋を開けたタイミングとドズさんが顔を寄せたタイミングはドンピシャだった。
「――うぎゃぁあああああああああああああああ!? 目が、目が、目が目が目が――ゲホゲホ――ッ、はぁあ、ひい、ひい……目がぁあ……はっ、ひいい」
顔を両手で覆って、床をごろごろ転がるドズさん。涙やら鼻水やらよだれやらで顔をぐしゃぐしゃにしている。……効果抜群だった。そんな部下を見てアナベルさんは、
「アハハハハハ、馬鹿だねえ、アンタ、アハハハハハ!」
大爆笑していた。
「ああ、おかしい。こんな水が何だってのさ。酒とカプシンガラシを混ぜただけじゃないか」
「あ。今近づかないほうが」
「赤猫団の団員ともあろう男が情けな、――ひやぁあああああああああああああんっ!? なになに、目、目、目目目、目が、ああぁあああああ、痛い痛い痛い、ゲホッゲホッ、ゲフンゲフンッ、は、は、ああ、はあっ、ひぃいいいいん」
二人して床をごろごろとのたうち回った。何してんだよ……。おれは呆れ混じりにため息をこぼしながら、大瓶のカプシン液を小瓶に分けていく。投げれば割れて敵を撃退出来る催涙弾みたいなもんだ。
「アナベルさんも何してるんですか。ドズさんがどうなったのか見てわかるでしょう? 傭兵団の団長ともあろう人が……」
つるん、と手が滑った。床に小瓶が倒れ中身がこぼれ出した。
「あ」ブワァッとカプシン液の効果がおれを襲う。
「――ぬぁああああああああああああああああああああ!? 目が目が、目が目が目ぇええ、いだだだだだだだ、痛い痛い、なにこれなにこれ、ヤバイヤバイヤバイ、まじでヤバイ、死ぬ死ぬ、げふ、げふん、げほげほ、はぁ、はぁ、ごほごほッ! 目がぁああ……は――はぁああああっ、ひっひい」
おれも顔を手で覆ってごろごろと床をのたうち回った。
出入り口あたりからノエラの声がする。
「ミナ。あるじ、ごろごろ。みんな、ごろごろ」
「ノエラさん、あれがレイジさんのお仕事ですからねー。さあ、お料理をよそっていきましょう」
「る」
違う、違うぞ……ミナ、ノエラ。けど、今は何を言われてもしゃべれない……。それから二〇分後、ようやくおれたちはダメージから立ち直った。人体に無害なのは一応説明しておいた。
「それはわかりましたが……レイジの兄貴、とんでもねえもん作りましたね……」
「ま、まあね……」
「けどよ、これがありゃ、盗賊どもを余裕で追っ払うことも出来るし、捕まえることも出来る」
おれが六本の小瓶を渡そうとすると、アナベルさんがドズさんにむけて顎をしゃくる。
「ドズ、お前が持て」
「え。……あ、姐さん、お願い出来ないですか」
「……い、いや、あ、アタシ団長だし……持つ必要、ないし」
声ちっちゃ。
「あのぅ……レイジの兄さん、兵舎まで運んでもらえますか」
「え。……い、いや、おれも、ちょっとまだ、し、仕事あるし、い、忙しいし……無理」
カプシン液は、おれたち三人にトラウマを植えつけるほど十分な破壊力があった。結局ドズさんが持つことになって、六本をお持ち帰りした。一本だけ、おれも防犯用に持っておくことにした。
その日の深夜。
カンカンカン――。と、鐘を打ち鳴らされる音でおれは目が覚めた。
火事かと思って外に出てみると町を囲う柵のすぐ外で、月明かりの下、傭兵団の警備兵三人が、ヒャッハーな感じの盗賊六人ほどと対峙していた。警備兵が例の小瓶を手にしているのが見えた。
ぽいぽい、と投げると盗賊たちに当たって割れていく。
「「「――うぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああ!?」」」
手にした剣やら槍やらを放り投げて、盗賊六人は地面をごろごろ転がった。うんうん、わかるよ、その気持ち。おれも経験者だもの。悪いことをしてるやつらだから気にしないでいいのに、昼間の出来ごとのせいで、妙に同情してしまう。あれ、本っっ当に苦しかったから。
誰かが大立ち回りを見せるわけでもなく、町を守る熱い戦いがあるわけでもなく、あっさり盗賊六人は捕まった。
次の日、アナベルさんがお礼に現れ、町に再び町が平和になったことを教えてくれた。防犯として最強の威力を誇ったけど、進んで作ろうとは思わなかった。流通させてしまえば、悪用する人がきっと出てくるだろうし。本当に必要なとき、必要な数だけまた作ればいい。
強すぎる薬も考え物なのだった。
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