第10話


 売上も上々、創薬にかける時間もずいぶんと増え、店のラインナップが充実しはじめた。

 自由に出来る時間も増えて、ぼーっとしながら店番をする日が多くなってきた。


「てんちょ、ぼんやりし過ぎだよ?」


 村から薬を買いに来たミコットが、だらぁっとしているおれを見て言う。年はたぶん一五、六の年頃の元気系女子。髪はゆるくウェーブしている黒髪だ。


「てんちょ、じゃなくて店長だ」

「ポーションとエナポを三つずつちょーだい」

「目上の人間には敬語使えって言われなかったかー?」

「いいじゃんいいじゃん、てんちょとウチの仲なんだからさぁ」

「どんな仲だよ」と言いつつ、おれは棚から言われた通りの品を紙袋に詰めてお代をもらう。


 ミコットと暇つぶしに雑談していると「てんちょ、お客さんだよ?」とミコットが店の入口を指差す。そこには、一人の老執事がいた。


「いらっしゃいませ」

「レイジ様というのは、あなた様のことでございましょうか」

「はい、おれのことですけど……?」


「わたくし、レーンと申しまして、カスティ・フェーン・ドラン・バルガス様にお仕えしている執事にございます。このたび、バルガス家当主の奥様――フラム様より、あなた様を屋敷にご招待さしあげるようにと、申し使っております」


「はぁ……えっと、どなた様で……?」

「てんちょ、カスティ・フェーン・ドラン・バルガス伯爵は、カルタの町やウチの村とかを治めている領主サマだよ!」


 てことは、貴族サマってこと? 何でおれがお呼ばれされるんだろう。しかも奥さんのほうに。


「用件につきましては、直接お会いしてからお話すると、フラム様は仰せにございます。急ぎ、共に屋敷へとご同行願いたいのですが……」


 ほぼ強制イベントじゃねえか。まあ、暇だったからいいか。


「ってわけだから、ミコット、店番よろしくな」

「ウチ店員じゃないんだけどー!」

「どうせ暇だろ? なんか困ったことがあったらミナに言えば、なんとかなるから」


 手をひらひら振って、おれは老執事レーンさんと一緒に馬車へ乗り込む。

 ガタゴト、と馬車で揺られながら一五分ほどで屋敷に到着した。

 中に入り、レーンさんに案内され、おれは絨毯が敷き詰められた廊下を歩く。ひと際豪勢な扉をレーンさんがノックする。


「奥様、レイジ様をお連れ致しました」

「入りなさい」


 扉を開けてもらい、部屋へ入る。


「あなたが、噂の天才錬金術師ですね? そこにお掛けなさい」

「ええっと、違いますけど、たぶんおれのことだと思います」


 おれは勧められた椅子に座る。フラム夫人は、貴族然としたお金のかかってそうな服を着ている。

 雰囲気だけの話をするなら、ちょっとエラそうなオバサンだった。ファーのついた、これまた高そうな扇子を持って、ぺしぺしと手のひらを叩いている。語尾に『ざます』をつけても違和感ゼロ。


「どのような用件なんでしょう? 直接聞かせていただける、とレーンさんが」

「では、単刀直入に申しあげましょう。――若返りの秘薬を調合して欲しいのです」


 若返りの薬。一応素材は思い浮かんでいる。けど、これがすぐ揃うとは思えない。

 それさえ揃えば作れるんだから、創薬スキルは恐ろしくもある。


「開発時間はどれくらいいただけますか……?」

「五日です――いえ、晩餐会が五日後ですので、五日後のお昼にまでに持って来ていただけるかしら」


 ほうほう、なんとなく裏が読めた。晩餐会に若返った姿でむかって、他の貴族たちからチヤホヤされたいわけだな?


「五日では無理です。急にそんなことを言われては、作れる物も作れません」


 おれがきっぱり言うと、気落ちしたように少し肩を落とした。


「では、わたくしは、また老け顔老け顔と、諸侯に陰口を叩かれることになるのですね……」

「そんなことないですよ! フラム様、お若くてお美しいじゃないですか!」


 社畜生活で学んだことのひとつ。女性は褒めておけ。鉄則なのである。ばさり、と扇子を開いた夫人は口元を隠しながら、「そ、そうかしら」とまんざらでもない様子だった。


「でも、駄目よ。……あなたがそう思っても、彼らはそうは思わないのだから」


 ごもっともで。この奥様、ちょっと可哀想だ。顔のことで悪口を言われるって、ほぼイジメみたいなもんだ。自分じゃどうしようも出来ないし。力になってあげたいけど、さすがに五日で若返り薬は作れないからなぁ……。


「ん? それじゃあ、老け顔をどうにかすればいいのか……?」

「誰が老け顔よっ」


 すぐ噛みついてきた。反応早ぇな……。


「ああ、すみません、そういう意味じゃなくて……ハハ……」

「錬金術師殿、どうにかならないかしら。お金ならいくらでもあるから」

「それは品物が出来たときに、適正額をいただければそれでいいんで」


 肌が若返ればそれなりに若く見られるだろう。という安直な考えだけど、あながち見当違いでもなさそうだ。男のおれでも見ればわかるくらいのお肌だった。

 おれがわかるほどってことは、意識の高い貴婦人たちは、もっと目についたことだろう。


「わかりました、善処させていただきます。……若返ることは無理でも、奥様が若く見られるような品を作ってみます」

「おぉ。おぉぉ……! そうですかそうですか。老いに抗ってみせると……!」

「そんな大層なもんじゃないんですけどね」

「神の定めし摂理に逆らう天才錬金術師――」

「厨二乙」


 フラム夫人はおれの決意にいたく感動したようで、涙ながらに聞いて辛かった陰口ベストテンをおれに教えてくれながら、奮起を促した。やる気出ねえよ、そんなんじゃ。出るもんも出ねえ……。


「じゃあ創薬してみますので、店に戻ります」


 ずうっとグチを聞かされそうだったので、おれは逃げるように屋敷をあとにした。

 馬車で店まで送ってもらい、キッチンに置いてある素材をいくつか取って、創薬室にさっそくこもった。ヤギのミルク、梨に似た果実、あとは、その他薬としても使える花びらなどなどを掛け合わせ――。



【パーフェクトジェル:肌の保湿、美白成分が入り、水分の発散を防いで肌をしなやかにする】



「――出来た!」


 液体というよりは、クリームのような仕上がりになった。ミナに領主の屋敷の場所を聞いて、おれは出来たての化粧品を持って店を出る。教わった通り歩き、ひと際大きな屋敷にやってくると、門番に用件を伝えた。さっきの老執事が出てくると、奥様の部屋へ再び案内された。


「錬金術師殿、いかがなされた? 何か聞きたいことでも?」

「いえ。出来たので、お届けにあがりました」

「はぁ……? ……出来たとは?」


 さっぱりわかってなさそうだったので、おれは出来たてホヤホヤの化粧品パーフェクトジェルを渡した。


「これをお風呂あがりのあと、顔に塗ってください。毎日」

「こ、このようなものを顔に――!? しかも、毎日!? …………錬金術師殿、わたくしを騙そうというつもりではないでしょうね?」


 疑いの眼差しをおれに投げかけるフラム夫人。


「じゃあ、騙されたと思って使ってみてください。効果が何も出ないのなら、お金はいただきません」


 ふむ、とフラム夫人は瓶の蓋を開けてにおいをかいだ。ぴくり、と眉が動いた。


「良い香り……」

「花や果実の成分が入っているので」

「しかし、塗る、というのはどうにも……」


 おれは試しに夫人の手の甲にクリームを塗った。幸いなことに、夫人の肌によく馴染んだらしく、肌が荒れることはなかった。けど、顔に塗るという点が夫人は引っかかるようだった。


「晩餐会で悔しい思いや悲しい思いをするのは、おれじゃない。夫人でしょう? ……あなたが使わないと言うのであれば、それまでです」


「むう。……そこまで言うのであれば、試してみましょう。わたくしとて、嘲りの対象になるのはもうこりごりですもの」


「夫人をバカにしたやつらを見返してやりましょう!」


 おれの言葉に、夫人はキリッと表情を引き締めて大きくうなずいた。それから、夫人の脱老け顔の一週間がはじまった。と言っても、おれはその様子を店で老執事のレーンさんが報告してくれるのを聞いているだけだったけど。おれが教えた通りの使い方で毎晩きちんと塗っているそうだ。


 五日目。

 レーンさんが来ないことを不思議に思っていると、店先に馬車が止まり、夫人が降りてきた。


 あ――。なんかちょっと違うかも。顔の感じというか、肌の感じが。オバサンみたいだったのに、今日見る限りじゃ、お姉さんと呼べる。それに、表情も明るくてキラキラしている。


「錬金術師殿、どうだろう」

「いいじゃないですか! 頑張ったんですね」

「あなたには何とお礼を言っていいのやら――」

「それはまだですよ。これから出かけるんでしょう? お礼は、見返したあとで結構ですから」


 財布を出そうとした執事をさがらせる夫人は、また馬車に乗ってどこかの晩餐会場へむかっていった。おれの化粧品の効果もあるだろうけど、それで、自分に自信がついたからでもあるんじゃないだろうか。そう思うと、作ったかいがあったってもんだ。


 それから数日後、夫人から薬の代金と大量の高級お菓子が届いた。御礼状もくっついていた。

 読むと、フラム夫人大勝利な様子がしたためられていた。何度もありがとうと書いてあった。


「はぁ~。レイジさんレイジさん。とってもお高くてあま~い焼き菓子じゃないですか~! どうしたんですか、これ!」


 ミナとノエラが山のように積まれたお菓子の箱をうっとりと見つめている。


「ちょっとした貴婦人のお役に立ったから、そのお礼の品ってところかな?」


 箱を乱暴に破いたノエラが、はむはむ、と座り込んでお菓子を夢中になって食べはじめた。とろけそうな満足顔でつぶやく。


「美味の味……」


 右に左に動く尻尾が、ぺったんぺったんと床を叩いている。おれもひとつもらうことにした。現代日本人の味覚からすると、ちょっと甘過ぎる気がしないでもないけど、美味しかった。


「ノエラさん、あまり食べ過ぎると、お夕飯が食べられなくなってしまいますよ~?」


 ミナもノエラと同じくらいお菓子を食っていた。


「ミナ、美味いのはわかるけど…………太るぞ?」

「っ! ……どうして――どうしてそういうことを言うんですか~! レイジさんのばかばか! 美味しく食べられなくなるじゃないですか!」


 と言いながらもお菓子を頬張るんだから、甘い物を収める別腹ってやつは、理性とはリンクが切れているみたいだ。夫人も大満足、お菓子をもらったノエラもミナも大満足。


 みんなの満足に囲まれたおれも大満足な一日だった。





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