友引
九十九
友引
「
友人に問われ、夢路は暫し友人の顔を見つめた後、首を傾げた。そうして曖昧に笑って緩く首を振る。
直感が有るか無いかと問われても、夢路には基準が分からないので、なんとも答えようがなかったのだ。
友人達はこぞって「嘘だあ」と茶化すけれど、夢路は相変わらず曖昧な笑顔のまま、相槌を返すだけに留まった。
最初は、直感が働くって格好良い、みたいな話だった気がすると、夢路は会話を思い返した。
小説の登場人物が直感を働かせて犯人を見つけたり、危険を回避したり、そう言う姿が格好良いのだと友人の一人が切り出してから話が広がったのだったっけ、と夢路は隣で未だに詰め寄って来る友人を傍らに思い出す。
「でもさ、夢路ってなんか不思議なとこあんじゃん?」
「そうだよ。やっぱり戻ろうかって言ったとことかさ、その後で崩れていたりしてたじゃん」
「偶々だと思うけどなあ」
言い募る友人達に、やはり夢路は曖昧に笑って返した。
確かにそう言う事はあったが、それは本当に偶然であったのだろうし、誰にでも備わる本能がその時は自分だけに警告したに過ぎない、と夢路は思っているからだ。
実際、自分じゃ無くたって友人の誰かが警告した事だって少なくは無い、と友人達に返すと、彼等は「そうだけど、なんか違う」と口を尖らせて拗ねた様子だった。
「
あんまりにも子供みたいに拗ねるので、夢路は最も仲の良い友人を売り、友人達のご機嫌を計った。
それまで隣で夢路達の様子を見守っていた現世は、軽く眼を見開いて夢路を見た。
「いや、現世は違う」
「そいつは、そうじゃない」
「そう。現世はなあ、そうじゃないんだよな」
仲の良い友人を売ったわりには、他友人達の評価は不評で終わり、何が「そうじゃない」のか分からない夢路は一人首を傾げた。
「何かないの、直感が働いたって思うような話」
「朝晴れていたけど、雨が降るかなって思って傘持って行ったら、雨だったみたいな?」
首を傾げながら夢路が答えると、全員が「ああ」と頷いた。
「それは確かに直感が働いた話だわ」
「あるよなそれ。俺、雨の匂いするって分るわ」
「あ、それは俺も」
友人達は互いに頷き合った後、この話を一番に切り出した友人を夢路の前へと押し出すような仕草を取った。現世だけは相変わらず我関せずと言った様子で、机に上半身を預けながら夢路の話だけを聞いている。
「もうちょっと大事の話は?」
押し出された代表は改まって夢路を見ると、神妙な顔で尋ねた。
「ええ」
夢路は困って、少し考える。大事と言うと、先の友人が言ったような、後でその場所が崩れたとかそう言う話だろうか、と夢路は記憶を探る。そうして、「あ」と小さく声を上げた。
「何、なんかあった?」
「どんな話?」
身を乗り出す友人達に夢路は、人が亡くなった話なんだけど、とそっと前置きを付けた。すると友人達が固唾を呑み込んだので、慌てて夢路は頭を横に降る。
「直感が働いたら人が亡くなりましたって話ではないと思う。ちょっと係るかもだけど」
人は亡くなってしまうが、それは直感した死であったと言う話では無い。
「人が亡くなった後のお葬式でね、直感が働きませんでしたって話」
夢路の言葉に、少しだけ空気を和らげた友人達は、しかし訝し気に夢路を見た。
「直感って経験からも導き出されるって言うでしょ。経験が無かったから、働かなかったのかも知れないって話」
「経験した事無かったから、直感が働かなかったん?」
「厳密にいうと、少なかったから、かな。でも直感したって行為自体は話に出て来るよ」
そう言われ、友人達は夢路に話の先を強請った。
夢路には仲の良い友人が居た。関係性で言えば幼馴染と言う言葉が一番近い相手だった。
彼とは幼少の頃からの知り合いで、互いの誕生日を祝う時も、どこかへの遠出も、遊ぶ時も一緒に居た。
小学校高学年の時に彼の両親は事故で亡くなった。その時も夢路と友人は一緒に居て、葬式で泣かずにいる彼の少し大きな肩をぎゅうと夢路は必死に抱き締めていた。
丁度、その頃だ。「もしも先に死んだ時は、お葬式に必ず来て」と彼が言うようになったのは。
彼の両親の死もあって、夢路は彼の言葉を重く受け止め、頷いた。死とは隣に存在するのだと知ったから、そんなこと言わないで、なんて言う事さえ思いつかずに、唯々頷いた。
中学校に上がって、友人は葬式の日取りを口にするようになった。
「お前の誕生日が良いな」
「お葬式の日? なんでまた」
「だってお前、そうしたら絶対に忘れないだろ。お前と会ったのだってお前の誕生日の十日前なんだし」
彼は事あるごとに自分の葬式は夢路の誕生日が良いのだと言った。夢路は特に何の違和感も無く頷いた。
一年後も、そのまた一年後も、そこから先も彼は約束を口にした。
「俺の葬式はお前の誕生日な。だから忘れずに絶対に来てくれよ」
「うん、必ず、行くから。でも日にちはあんまり遠いと御祖母さんと相談しなきゃね」
「それは大丈夫だよ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫。だから忘れないでくれ」
この時働いた直感はと言えば、彼の死は本当に、夢路の誕生日に合わせてくるのだろうな、と言うものくらいだった。
そうして直感正しく、数年後、友人は夢路の誕生日の十日前に亡くなった。原因は突発性の病気だった。奇しくも命日は初めて出会った日になった。
友人は遺書を残していた。と言っても、毎年更新して書いている遺書だ。
友人の遺書には夢路の誕生日を葬式の日にして欲しいのだとはっきりと最初に記してあった。友人の祖母は気遣わし気に夢路に窺ったが、夢路自身も話を聞いていたので、会話した内容と一緒に遺書の通りその日でお願いしたい旨を彼の祖母へと教えた。彼女はほろほろと涙を流し、夢路はその背を擦った。
不思議なことに、遺書には、お通夜は葬式の前日にと言う当たり前の事も書いてあったし、持ち物は全部、夢路と祖母で分けて欲しいとも記してあった。
友人の葬式は身内だけで行われる事になった。と言っても、参列者は彼の祖母と夢路だけだ。お通夜には夢路の両親や数人の友人も居るけれど、葬式だけは夢路と御祖母さん、お坊さんとそして棺に収まる友人での葬儀となった。
最中に丁度、二人きりになる時間が出来た。他の友人にも両親にも、彼の祖母にも気兼ねしない本当の最期の二人一緒の時間だった。
棺に収まる友を見て、「一緒に生きたかったな」と傍らに腰掛けた夢路はぽつりと溢した。
「あっ」
それは日付が変わろうとしていた時だった。
つつがなく、全てを終えた時、御祖母さんが悲鳴のような声を上げた。最後まで一緒に居たお坊さんもカレンダーを凝視していて、微動だにしない。
「どうしました?」
不安に駆け寄る夢路に二人は青い顔をして、慌ただしく夢路を取り囲むと、塩を掛け始めた。所謂、清め塩だとお坊さんは言った。何時もより念入りに身体を清めなさい、とお坊さんは夢路に長めの湯あみもさせた。
そうして粗方が済むと、お坊さんは頭をしきりに下げて来たり、御祖母さんに至っては泣きながら謝って来たりしたので、夢路は訳の分からぬまま首を傾げた。
そんな夢路に、二人はもう一度謝罪を口にすると、互いに頷き合い、震える手でカレンダーを指差した。
「友引」
その年の夢路の誕生日は友引だった。
「友引って友人をひっぱるから、お葬式は駄目なんだって。知らなかったから気付かなかったって言うお話し。知らないと直感も何も働かなかないんだね」
どうしてあの時、大人の誰も気が付かなかったのか、未だに謎である。
あれから大人達は夢路を心配しきって他の高名なお坊さんの所まで連れて行ったほどだ。その誰もから、「友引」の文字が抜けていたなんてなんとも変な話である。
だが夢路は、彼だけは直感的に或いは作為的に分かっていたのでは無いかとも思っている。あれで存外寂しがりだった友人だから。
けれどもそれも、多分、何となくそんな気がすると言うだけの話だ。何となしにそんな気がするだけ。
そうして、これも夢路の直感と言い張れる直感だけれども、友人は夢路を連れて行く事なんて出来なかったのではなかろうか、と夢路は思う。
夢路の話が終わると、話を聞いた友人達は青ざめていたし、隣に居た現世は据わった目で立ち上がると夢路の肩と背中を強く掃うように叩いた。
友引 九十九 @chimaira
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます