にわとりタロー 🐓

上月くるを

にわとりタロー 🐓





 2021年3月12日(金)正午ジャスト、馴染みのカフェから早めに帰宅し、KAC2021の3回目のお題を確認したアユコは「ええっ?」思わず嘆息を漏らした。

 

 ――直観。

 

 直感ではなくて、わざわざ直観? なんで?

 なんか面倒くさそうだし、今回はパスしとこうかな? 


 いやいや、ここが思案のしどころだと危うく思い留まったのは、カクヨム生活も2年目に入り、与えられた課題にはなるべく挑戦しようと決めていたからだった。


 それにしても、語彙ごいの定義すらはっきりしないのでは執筆どころの話ではない。

 とりあえずWikipediaを見ると「西洋哲学において直観は直感と区別された用語である。一方で直感は感覚的に物事を瞬時に感じとることであり、他方で直観は五感的感覚も科学的推理も用いず直接に対象やその本質を捉える認識能力を指し、認識論上の用語として用いられる」……少しだけ分かったような、分からないような。


 再び投げたくなったが、転んでもただでは起きない歴だけは長いアユコである。

 最後の一行「第六感という表現は、ほぼ後者を指す」に食らいつくことにした。


 さらに追うと「第六感とは基本的に五感以外のもので五感を超えるものを指し、理屈では説明しがたい、鋭くものごとの本質をつかむ心の働きのこと。一般には視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感以外の感知能力をいう」。おっし、これだ!


 たとえばアユコのとらえ方の大方が見当はずれだったとしても、まんざら掠りもしないということでもなさそうである。ここは堂々の確信犯でいくしかあるまい。


 で、今回はちょっとズラして、人ではなく動物の第六感を追求してみることに。

 

      *

 

 第六感の優れた動物といえば、アユコの場合、まず思い浮かぶのは鶏である。 

 犬猫をさておき、なぜ鶏なのかというと、いまは亡き女性歌人が絡んでいる。


 当時アユコは大学院へ入り直した夫に代わり、小さなタウン誌を経営していた。

 社員数人、大方を外注スタッフに頼っている小所帯なので、社長兼編集長兼記者兼事務員……といったふうで、ノートとカメラ持参で取材に出向くこともあった。


 日本史の教科書に出て来る政変の、それも主要な関係者の娘である歌人は、太平洋戦時下、この高原都市に疎開して来て、主婦業のかたわら歌や小説の道を自分の手で開拓し、最後には芸術院会員という最高峰まで昇りつめた伝説の女性だった。


 アユコがインタビューに訪れたとき、すでに晩年に近いかなりの高齢だったが、エレガントな痩身を際立たせるシルクの黒いロングドレス、ほっそりした肩に薄紫のレースのショールを羽織った立ち姿には、生来の美貌と気品が匂い立っていた。


 ところが、書斎兼応接室へ通されてから、崇高な第一印象はみごとに一変した。

 老令嬢風の見かけと異なり、ざっくばらんな姐御肌で、落語ファンというだけあって、高等技のジョークを連発する、根っからのサービス精神の持ち主だった。


 ことここに至るまでの波瀾万丈の人生譚を、大ぶりなゼスチュアをまじえて表情ゆたかに語ってくださったが、極めつけは同居している8羽の鶏の自慢話だった。

 

 ――同居って、家の中で? そういえば、さっきからなんか鶏くさいけど……。

 

 アユコの疑問を先取りし、聡明な歌人はうたうような口調で説明してくれた。


 先住鶏をタローと名づけ、次いでジロー、サブローとつづけて、現在はハチローまで数えること。名前にも処遇にも男女の別はつけない代わりに、長幼の序、先輩後輩の礼を重んじさせていること。毎朝五時になると、ベッドの歌人に「おはようございます」の挨拶をするため、タローを先頭に一列縦隊で行進して来ること。


 とりわけ驚かされたのは、鶏全般、なかでもリーダーのタローはとくに第六感が優れていて、歌人を守ろうという意識が強いので、そんじょそこらの番犬より役に立つということ。げんに最近も侵入者を察知し、一団となって追い払ったという。


 そういえば、ショールには鶏の羽が付いているし、豪奢なペルシャ絨毯じゅうたんにもふんの痕跡が点々とうかがえるが、肝心の鶏が一羽も見えないけど。訊ねるより先に歌人が説明してくれた「お客さまが見えるときは、率先して自室に籠っているの」。

 

      *

 

 以上が、自身も第六感にひそかな自信を持っているアユコが実際に間近にした、第六感に優れた動物の代表としての鶏(これについては異論もあろう)の話だが、KAC2021のお題に適うかどうかは、冷静なる第三者のご判断にお任せしたい。


 ちなみに、アユコとしてはこの機会にぜひ、亡き愛犬の、これまた比類なく優秀な第六感を物語るエピソードのかずかずをもご紹介しておきたいのであるが、どう努めてみても多分に自慢が入り込みそうなので、つぎの機会に譲ることにしたい。

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