天才な彼女が天才ではない瞬間の話

神凪

天才でも完璧じゃない

「ははっ、キミも大概馬鹿なミスしたねぇ」

「うっせぇな! やっぱりあんたに言った俺が馬鹿だったよ!」

「だから大概馬鹿なミスをしたと言ってるだろう」

「腹立つなこいつ……」


 このくそ腹立つ奴が俺の初めてできた好きな奴というのが厄介なところだ。海凪唯みなぎゆい。彼女はめちゃくちゃ賢い。腹立つくらいに賢い。テスト前ですら今と同じように俺をからかってくるのに毎回満点だ。たまにカンニングを疑う。が、そもそも満点が海凪しかいないのだ。


「海凪はどうやって勉強してんだ?」

「ん? してないが?」

「死ねぇ……」

「教えてあげようか?」

「何言ってるのかわからないからいい」

「人の善意を無下にする天才かな?」

「感覚でどうにかしてる奴は勉強教えない方がいいと思う」

「うっ……」


 以前こいつが本当に善意で勉強を教えてくれたときも酷かった。「なんでここわかんないの?」とか平気で言ってくるのだ。わからないから聞いてるんだが。


「とにかく、キミがしたミスは本当にしょうもないミスばかりだ。特にここなんて、前した間違いとほぼ一緒というのも駄目だよ」

「面目ない……」

「とはいえ、頑張ったのは伝わってくるからお説教はここまでだ。ここでキミに勉強を教えてくれそうな私の姉を紹介しておこうか」

「いや、それはいいけど」

「残念」

「つか、なんで姉?」

「そりゃあ、キミがうちに来てくれれば長く一緒にいられるだろう?」

「……ん?」

「ん?」

「一緒に、いたいのか?」

「……そういう意味じゃないと思う」


 海凪は歯切れの悪い曖昧な回答だけをしてせっせと自分の席へと戻ってしまった。

 いつもこうだ。あいつは自分が不利になるとこうやって場を離れたり、誤魔化したりする。

 わかっている。あいつが俺をなんとも思っていないことくらいはわかっている。そうだとしても。


「海凪」

「ん?」

「好きだ」

「………………嘘だね」

「は?」

「キミは一度だって私にそんな素振りを見せたことはなかっただろう。それに悪態をつくこともあれば、なんなら毛嫌いしてるようにも見えた。そんなキミが私を好き? どんな冗談だい?」

「ほんっとに面倒だなあんた……」


 だけど、そんなところも可愛げがあるのだ。


「俺があんたに好きだとかそういうことを言わなかったのは、なんか照れくさかったから。悪態ついたりしてたのも一緒だ」

「百歩譲ってキミの告白が本当だとして、今このタイミングでそんなことを言うんだ」

「海凪がどう思ってるのか、知りたい」

「……ほう?」


 そう言うと、海凪はゆっくり俺に向き直して、そして自分の胸に手を当てた。


「私の知識と、直観から言うとな、私はキミを好きじゃない」

「そうか」

「こうして一緒にいても甘えたくなるわけじゃないし、むしろからかいたくなる。キミが私に好意を見せないことに心底安心していたし、そんな私がキミを好きなわけがないだ……ちょ、今近づいて来ないで」


 逃げ出そうとする海凪を壁に手をついて逃げられないようにする。所謂壁ドンだ。一時期流行ったな、これ。


「海凪の理屈っぽいところは嫌いじゃないし、むしろそんなところが好きなんだが……今はそういうのはいらない。そうだな、さっきがあんたの直観だとしたら、次は直感で答えてくれ」

「直感……」


 海凪は俯いて、そしてその綺麗な肌を真っ赤に染めた。

 視界が遮られた。海凪の小さい手だ。

 そして、唇に何かが触れた。

 視界が開けた。海凪の顔は先程よりもずっと赤い。肌の色を通り越して赤い。


「……これでいいかい?」

「あんたはいつでもやりすぎだ」


 そんなことを言いながらも、俺はにやけるのを我慢することができなかった。

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天才な彼女が天才ではない瞬間の話 神凪 @Hohoemi

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