直観で答えを選ばせようとしてくる人
関根パン
直観で答えを選ばせようとしてくる人
あれは昼休みのことだった。午後の授業が始まる前の小講堂で、同級生の女子が私に言った。
「性格診断テストをはじめます」
「性格診断?」
「このテストでは、あなたが本当はどんな人なのかがわかります。これから出す質問に、直観で答えてください。考えてはいけません」
「どうして考えたらだめなの?」
「考えると取りつくろった答えになるでしょう? それは本当のあなたの心ではないからです。だから必ず直観で、パッと思いついた方を選んでください。いいですね?」
やるともやらないとも言っていないのに、彼女は勝手にテストを進めた。
「あなたは森の中を一人で歩いています。すると一匹の動物が、茂みの中から顔を出しました」
私がパッと思いついたのはリスだった。たぶん、いつもちょこまかと動く彼女がどこかリスみたいな雰囲気だったからだろう。
彼女は言った。
「その動物はサルです」
「あ、決まってるんだ」
「まだ質問ではありません、もう少し聞いてください」
彼女は続けた。
「サルはどうやら、お腹を空かせているようです。あなたは持っていた果物を、サルに分けてあげることにしました」
私がすぐに想像したのはリンゴだった。たぶん、彼女が着ていた赤いパーカーが目に入ったせいもあるだろう。
「その果物はナシです」
「それも決まってるの?」
「品種は幸水です」
「品種まで?」
「まだ質問ではありません。もう少し聞いてください」
彼女は続けた。
「それからサルと仲良くなって、一緒に遊ぶことになりました。あなたは、何をして遊ぼうかと考えています。にらめっこ、鬼ごっこ、靴とばし、かくれんぼ」
選択肢が出てきたからには、今度こそ質問が来るだろう。私がすぐに惹かれたのは、にらめっこだった。
「あなたとサルはダーツバーに行きました」
「いや、選択肢になかったじゃん」
ダーツバーって。
「まだ質問ではありません。もう少し聞いてください」
その後も質問されることはなく、私は森の中で知り合ったサルとダーツバーに出かけ、テキーラ一杯で五十万円というボッタクリにあい、生活費を補填するためにテーマパークでアルバイトをすることになった。
「まだ質問ではありません、もう少し聞いてください」
「もう昼休み終わるよ」
「じゃあ、続きは今度」
それから授業で同じ教室になるたびに、彼女は私に性格診断テストを出した。
「あなたとサルは、捕虜として海賊船に乗ることになりました」
いつまで経っても質問されることはなく、私とサルが辿る数奇な運命を一方的に聞かされるだけだった。
そんな日がしばらく続き、季節は夏になった。
「まだ質問ではありません。もう少し聞いてください」
夏休みが始まる前の最後の日にも、彼女はそう言った。私とサルは船長を暗殺して船を乗っ取る計画を練り、その方法として毒殺を選んだところで、まだ実行には移していない。
私は何も質問をされることのないまま、夏休みを迎えた。
夏の間、私はあの時どうして、にらめっこに惹かれたのかについて考えた。お互いに見つめ合い、相手を笑わせようとする、どうにかして笑顔を見ようとする遊びを、私はなぜサルとしたかったのか。
彼女とはたまに授業が一緒になるだけで連絡先も知らない。私は夏が終わるのを、そして、性格診断テストが再会する日を気長に待った。
夏休み明けの小講堂で彼女を見つけた。
いつも私と一緒に授業を受けていた真ん中あたりの席ではなく、隅っこの方に一人で座っており、授業で使う本を開いて眺めていた。
暗殺計画はうまくいったのだろうか。やっと続きが聴ける。私は彼女の隣に座り、声をかけた。
「久しぶり」
「あ、久しぶり」
彼女はそれだけ言うと、また授業で使う本に視線を戻してしまった。そして、そのまま昼休みは過ぎ去り、授業が始まっても、授業が終わっても、こちらに視線が向くことはなかった。
「じゃあね」
別の教室に向かうために僕がそう言うと、彼女は軽く手を上げて頷いた。
友人に聞いたところによれば、彼女は夏の間に、私の知らない同級生と付き合いはじめたとのことだった。
私はふうんとだけ相槌したし、実際ふうんという感じだった。私は性格診断テストを休み時間に出してくる彼女のことしか知らないのだし、彼女が誰かと付き合っていたとしても別に何の不思議もないのだから。
「お前、あの子のこと好きだったの?」
友人から質問をされて、
「いや、そういうんじゃないよ」
そう答えた。
それが直観の答えかと聞かれたら、自信はない。
直観で答えを選ばせようとしてくる人 関根パン @sekinepan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
小石で転ぶ心得を/関根パン
★2 エッセイ・ノンフィクション 連載中 18話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます