蛇の道は蛇が知る【KAC20213】

冬野ゆな

第1話

「犯人は井坂さんですよ」


 応接室に通された男はあくまで穏やかに言った。

 まるで世間話でもするような面持ちだった。対する女は、テーブルを挟んだ向かい側で渋い表情をした。


「あの、誰でしたっけ。井坂タカシだか、ヒサシだかでしたっけ」

「秘書の井坂高広のこと?」

「そう! その人! その人です。社長の秘書の人でしたね。あの人が犯人です!」


 正しい名前を口にすると、手を叩いて言った。


「その秘書の井坂高広が、社長と、そのお子さんと、使用人一人と、館に来ていた新聞記者一人を殺した連続殺人犯なんですよ」


 男の口調は本当になんてことのない、ごく当たり前の世間話のようだった。

 あまりに自然なので、もしもこれを聞いていた人間がいたら、映画かなにかの話だと思ったことだろう。

 にこやかな男に対して、女の目は険しく、真剣味があった。


「……どうしてそんなことがわかるの?」

「いつも言っているでしょう、職業病みたいなものですよ」

「違う、根拠を言いなさいって言ってるのよ。それともカンだとでもいうの?」

「なんです、それ」


 男は首を傾げる。


「ドラマとかで聞いたこと無いの。刑事のカンとか、探偵のカンとか……」

「ははぁん。あなた、けっこうロマンチストなんですねえ」


 男が意外そうに言うと、女は睨むようにして男を見た。


「そんなのドラマと言っても再現ドラマの中だけですよ! いくら僕が探偵を名乗ったところでね」


 女は笑いさえしなかった。しばらく待ってみても相変わらず表情を変えない様子に、男は肩を竦める。


「まあまあ、そんな顔せずに。確かに『探偵のカン』はロマンのある言葉ですけど、感覚でわかったわけじゃあないですよ」

「でもアンタはここに来てからいままで何もしてないじゃないの。捜査したのは私だけ。その間、アンタがやったことといえば死体の見つかった部屋を見回っただけ。あとは何もすることなくダラダラと時間を消費したかと思えば、私を呼び出して、いまこんなことになってるのよね。それともなに? 適当に名前をあげたの?」

「あのですね。僕の直観が外れたこと、あります?」


 男は女を制して言った。


「僕は何度も何度も言ってますけどね。いきなり逮捕しろなんて事は言ってませんよ。僕からすればいっそ逮捕すればいいと思ってますけどね! でも、証拠はちゃんとある。犯人の証明はできますよ。あなたならね!」


 男はそう言って、ソファに背をもたれさせた。


「直観だなんて適当な事を言うなら、もっと早くに犯人をあげて。もう四人も亡くなってるのよ」

「もう死にませんよ。これで最後なので、後は刑事さんが証拠をあげるだけです!」

「どういうこと?」

「ミステリー小説じゃ、二人や三人死ぬくらい常識じゃないですか! いいですか。まず、社長とそのお子さんを殺したのは多分恨みです。一番恨みを買ってたのはおそらく社長のほうでしょうけど、これは突発的な犯行でしょうね。二人目のお子さんに比べて色々と処理が雑です。お子さんを殺したのは、あのお二人の関係性を見ていればわかるでしょう? わかりませんかねえ。ちなみに、あなたはこの殺人は一人では無理かもしれないと言っていましたが、いい線言ってましたね。あの時点で犯人を当てられるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしましたよ! そう、使用人のあの人が共犯者です。まあ多分恋人かなんかじゃないですかね。使用人のほうが怖くなっちゃって、自首しようとしたのを殺したんでしょうね。新聞記者さんのほうは、犯行がバレて脅されたかなんかしたんでしょう」

「ちょ、ちょっと待ちなさい」


 あまりのことに、女は思わず、返す言葉を失った。

 この男は本当の事を言っているのだろうか?


 それとも、適当なことを言って、口から出任せを吐いているだけなのだろうか。


「……ひとつ聞かせて。それはいつからわかっていたの?」


 女が厳しい目で尋ねると、男は少しだけ目を見開いた。


「いつからだと思います?」

「なんですって?」

「いやだって、僕だって楽しみたいじゃないですか」


 男はにっこりと笑った。


「最初の殺人の時にもう確信していたんですよ。ああ、犯人はこの秘書の方だなあって。犯人、彼しかいなかったんですよ。そりゃまああなたからすれば容疑者はあの時点では数名いたでしょうけどね、僕からしてみれば彼一択です。第二の殺人の時は、もう秘書さんの犯行はわかっていたので、楽しませてもらいました。一人殺すも二人殺すも一緒ですからね。でもまさか共犯も殺してくれるとは。いやぁ、あそこで犯人をバラさなくて正解でした! しかも更にもう一人ですよ! やってくれましたよね!」

「アンタ……」


 その正気ではない目を見て、女は引きつったように声をあげた。


「ねえ刑事さん」


 男はその表情に気が付くと、不意に笑った。


「だからいつも言っているじゃないですか。餅は餅屋。なればこそ、あなたがたは僕を探偵として使うことにした。そうでしょう?」


 男はハイネックを下げると、そこに付けられた首輪を見せた。首輪というには機械的なソレは、何かあった時には起動していいことになっている。起動させれば首が自動的に絞まり、そのスイッチの行方はわからない。奪われることをまったく考慮していない、手錠の代わりだ。


「殺人鬼には殺人鬼がわかる、とね」

「……クソ野郎が」


 女が立ち上がると、男も笑って立ち上がった。


「さあ、それじゃあ本格的に捜査に行きましょうか! ね、刑事さん!」


 爽やかな声で、男は笑った。

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