彼と彼女の直観講座
かきつばた
直観と直感
ついにやり遂げた。長い苦闘の果て、俺はラストダンジョンを突破した。
「はっはっは、我が直感力の勝利ぃ!」
「どっちかっていうとそれ、直観の方だと思うわね」
「だから言ってんじゃねーか、直感って」
意味不明なカノジョの物言いに、俺はコントローラーを置いて振り返る。
すると、待ってました、そう言わんばかりに、鼻先にスマホを突き付けられた。
メモアプリのようだ。そこには『直観』――見慣れない『チョッカン』の文字が佇んでいる。
そんなことないだろうと考えながら、俺は思いついたままに言葉を口にした。
「漢字間違ってんぞ」
「いいのよ、これで。これこそ、私の言ってた『チョッカン』です」
ふむ、少しだけ興味が湧いてきた。この娘は、趣味で小説を書いているからかかなりの博識だ。普段から感心させられることが多い。
「キミもさ、経験ない? 『チョッカン』で物事を捉えたときとき、よく考えてみるとぼんやりとでも根拠があったこと」
「……ぐ、具体的には?」
「ひらめきクイズ、とか? 数字が並んでいるなか、パッと空いているものを答えるみたいな」
言いながら、カノジョはスマホの画面に何かを打ち込み始めた。
再びこちらを向いた画面には「3、9、27、〇、243」と記されている。
「はい、マルに入る数字は?」
「81、だろ。……
「まあそれは知ってればそう思うわよね。でも、仮に等比数列を知らないでも答え」られると思わない? 見てると、法則性がぼんやりと見えてくる。具体的には、前の数に3を掛けてるわけじゃない」
「たしかにそうだな。つまりあれか。無意識のうちに、いろいろな情報を処理して判断すると」
「そ。そうして産み出されたものが『直観』よ」
私はそう捉えている、とカノジョは付け加えた。発言に自信がないというより、元の言葉自体がかなりあやふやなものなんだろうと察する……これもまた『直観』か。
となると、俺が思った『直感』の方はいったい……?
それを口にすると、カノジョは唐突に10円玉を取り出した。
すぐさま指で弾く――いわゆるコイントス、なんだが。
「ホームラン!」
「う、うるさいなぁ」
硬貨はあらぬ方向へと飛んで行った。この娘、見た目に反してかなりの不器用なのである。
気恥しいのか、そそくさと硬貨を拾いに向かうカノジョ。さっきまでの理知的な姿とのギャップがなんとも素晴らしい。
戻ってくると、握りこんだ両拳をこちらに突き出してきた。
「さて、コインはどっちにあるでしょう?」
「右」
「ハズレ。――じゃ、次」
「右」
「アタリ」
そんなコインあてゲームは10回ほど繰り返された。
「これが『直感』。言うなれば、勘ね。ここに理屈は存在しない。何となく、コインがこっちの手にあると思ったから答える、でしょう?」
「そりゃそうだな。じっくり観察すれば、わかるのかもだけど。パッと見じゃ無理だ」
「ということで、『チョッカン』講義はお終い。今の話を総合すると、キミのやってたゲーム上の神回避は最初に説明した方だと思ったわけ」
「なるほど。確かに、俺は今までの経験から反射的に対処してきた気がする」
「そもそも、この場合『チョッカン』という表現自体不適切なのかもだけどね」
悪戯っぽく笑って、彼女は肩を竦めた。かわいらしい仕草に、思わず胸がときめいてしまう。
「ところでさぁ?」
やや見惚れていると、不意にカノジョが話を切り出してきた。
不自然に高い甘えるような声色は、俺に不吉な予感を感じさせる。これは果たして、どちらの『チョッカン』か。
「キミ、私が買っておいたプリン、食べたでしょ。これ、直観ね。部屋来た時から、おかしいと思ってたんだ」
「……ぐ、ぐぬぬ。そ、それは」
「違うよね? ほかに言うべき言葉があるよねぇ」
「す、すみませんっした!」
バレてしまったからには、素直に謝るしかない。
つい魔が差したのだ。自分が買った覚えはなかったが、甘いものを身体が欲していた。そういうときって、あるじゃない。
ずっと負い目はあった。それが自然と言動の端々に出ていたのか……。今日のこれまでを振り返っても、思い当たる節はなし。
――結局、答えとしてはカノジョが人一倍に鋭いということだけ。
「よろしい。じゃあお詫びの印に、何か甘いものでも買ってきてくれないかな。もちろん、あなたのチョッカンをフル活用して、ね」
「了解しました!」
そそくさと立ち上がり、急いで玄関へと向かう。
『チョッカン』を表す2つの感じに若干のゲシュタルト崩壊味を覚える一方、俺はカノジョの傾向を懸命に思い返すのだった。
彼と彼女の直観講座 かきつばた @tubakikakitubata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます