来る夜
尾八原ジュージ
来る夜
「お、来る」
居候のタケオさんがそう言うと、僕たち家族は準備を始める。
まず門柱の前にネットを張って、三角コーンを立てる。歩道をふさいでしまうが、年に一度か二度のことなのでご近所さんも大目に見てくれる。庭の植木鉢や玄関にある物は退避させ、僕たちも家の一番奥の座敷に避難する。
すると、大体一時間以内に玄関先でドカンとくる。
交通量の多い道路沿いにある我が家は、ちょうどカーブのところに建っていて、しかもこれが絶妙に曲がりにくく、気を抜くと対向車線に膨らみがちになる。そんなわけで一年に一度か二度は、カーブを曲がり損ねた車が家に突っ込んでくる。
危険だけど、駅も学校もスーパーも病院も近くにあって便利だし、第一亡くなった祖父から父が受け継いだ土地なのだ。だから僕たち家族はずっとここに住んでいる。
タケオさんは父さんの従弟だ。長年東京でヒモをしていたが、とうとう彼女に追い出され、ろくに職歴のない中年になって住むところもない、というのでうちにやってきた。謎の才能を発揮し始めたのはそれからだ。
こっちにきてから、タケオさんは毎日町を散歩している。他には何もせず、ただ町中を歩き回るだけだ。
ところがこの人、ぼーっとしているようで実はその日の天候や道路の混み方、風向きなんかを、見たり聞いたり嗅いだりしながら歩いているらしい。それらがデータとなって彼の頭に蓄積され、うちに車が突っ込んでくるタイミングを計算することができるようになった……のだそうだ。なお、タケオさん自身はなんとなく閃いた感じがするだけで、その理由はまったく説明できない。
ともかく論より証拠、タケオさんの「お、来る」は当たる。これまで外したことは一度もない。
ところが、今夜だけは少し様子が違う。
「お、来る」
タケオさんはそう言ったが、さすがに僕らは半信半疑だった。なぜって、外はものすごい雪なのだから。
スリップするなんてレベルではない。車を道路に出すこと自体が不可能なほどの積雪で、除雪車が来るのは早くて数時間後という状況なのだ。車が走れないのだから、事故も起こりようがない。
「本当に来るって思ったんだ!」
タケオさんは必死で訴える。何しろこの人が散歩以外何もしないのに養われているのは、この能力のおかげなのだ。外すのはそれこそ死活問題である。
「でも、こんな日に運転なんて……」
「ねぇ」
僕と両親と妹は、互いに苦笑しながら顔を見合わせた。念のため家の奥に避難してはいるが、それも今回は必要ないかもしれない。
「お、来る」から二時間が過ぎようとしていた。タケオさんは脂汗を流しながら、時計と玄関の方向とを見比べている。
と、突然辺りが明るくなった。カーテン越しにもわかる眩しい光が僕たちを照らした。
「何だ!?」
僕はカーテンを開けた。
そして、雪が止んだ夜空の向こうから、どら焼きみたいな形をした銀色の円盤が白煙を噴き上げ、弾丸のような勢いで我が家に降ってくるのを見た。
来る夜 尾八原ジュージ @zi-yon
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