「好きです。何となく……」

かんた

第1話

「私と付き合ってください!」


 唐突だが、今俺は告白されている。

 いや、何を言っているか分からないと思うけれど、俺自身も分かっていない。

 自分で言うのは悲しくなるけれど、顔がいいわけでもスタイルがいいわけでもない、何か凄いことをしたわけでもない、本当にただの一般人の俺が、仕事帰りに寄ったコンビニでいきなり告白されたのだ。

 俺には昔から仲良くしていた幼馴染的な相手とか、昔約束して今まで忘れていた許嫁がいるわけではない、それどころか今の今まで告白されたことも無いような、彼女いない歴=年齢な平凡な男だ。


 相手は見たところまだ高校生と言ってもおかしくないぐらいの若々しい見た目をしていて、今年で24才の俺とはきっとそれなりに年が離れていると思われた。

 そんなことを少しの間考えていて、返事もするのを忘れていたが、気が付くと目の前の彼女は顔を赤くしてずっと待っていてくれたようだ。

 とりあえず、早く返事をしなければ、と思って口を開いた。


「無理です。それじゃ」


 簡潔に、ただし分かりやすく拒絶の意思を伝えて立ち去ろうとすると、


「え!? ちょっと待ってください、じゃあ今の間は何だったんですか!?」


「そりゃあ、いきなり見知らぬ相手に告白されたら誰でも固まるでしょ。それだけだよ」


「自分で言うのも恥ずかしいですけど、私、顔も悪くないし、スタイルも男受けすると自負してるんですよ? もう少し何か思うことは無かったんですか!?」


 確かに、目の前の女の子は世間一般的に見ても可愛いと思えるし、スタイルも出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいる、男の理想的な女の子ではあろう。


「いや、それでも出会ったばかりの人に言われても嬉しいどころかむしろ怖いと思う。それに、付き合う理由がないでしょ」


 しかし、俺にとっては嬉しいなどの明るい気持ちになることは無く、美人局や詐欺の手口か、と警戒することにしかならなかった。


「むしろ、何でいきなり俺に? 自分で言うのもなんだけど、別に俺はイケメンでも何でもないよ?」


「何となくです! 簡単に言うなら、一目ぼれです!」


 何故自分なのか、と問いかけた質問に目の前の彼女はそう答えてきた。

 確かに、世の中のどこかではそんなこともあるのかもしれない、しかし、そう言うのは誰が見ても羨むような美人にだけ起こるようなものだと考えていた俺にとっては、到底理解出来ないことだった。


「悪いけど、その論理で言うなら俺は別に君に惚れていないから断ってもいいよね? それに、俺は自分でもめんどくさいとは思うけどちゃんと理由が無いと信じられないし、行動しようって気にもならないから」


「確かにその通りですけど……! でも、こんな美少女が好意を向けてきてるんですよ!? 少しぐらい考えてもいいんじゃないですか!?」


「いや、俺はいきなり出会った見知らぬ人と恋に落ちるなんて思ってないし、今は仕事が忙しいから興味も持てない。それじゃ、俺はもう行くから、君も遅くならないうちに帰れよ?」


 そう言って俺はコンビニを出ようと背を向け歩き出そうとして、何か引っ張られるものを感じていた。

 そちらに目を向けると、彼女が俺の服を掴んでいた。


「……もう帰りたいんだけど?」


「せめてお友達からはダメですか!? 私たち、絶対相性がいいと思うんです! ……なんとなく、ですけど」


 そう言って涙目になっている彼女をいつの間にか周りの人も見ていて、徐々に自分に向けられる視線が痛いものになっていくのを感じて、居心地が悪くなっていた。


「……分かったから、こんなとこで泣くのは止めてくれよ、俺が悪いみたいじゃないか」


「! ほんとですか! じゃあ、これからよろしくお願いします!」


 そう言って満面の笑みを浮かべて笑いかけてくる彼女に、少しドキッとしながら俺は少し早まったかなとも思うのだった。

 だが、どうせ生活リズムなどどうにもならない部分は出てくるだろうし、すぐに飽きて諦めてくれるだろう、とこの時は思っていた。




 あれから、連絡先を交換するまでは離さないと言われてたまに連絡を取るようになったことで、彼女がこの春から大学生で親元を離れて一人暮らしをしていること、住んでいる場所も近所であることなどを知った。


「お仕事お疲れ様です! 今日のご飯は何ですか?」


 そして今日も、偶然なのかどうなのかは知らないがあれからよく会うようになった帰り道のコンビニで話しかけられていた。


「カップラーメンとおにぎり。後はビール」


「うわぁ、健康に悪そうな生活してますね……。もしかしていつもそんな感じですか?」


「仕事して帰ってから飯を作るような気力は俺にはない。それに、死んではいないからまだ健康」


「だめですよ! そんなこと言って死んじゃったらどうするんですか! それなら、私がご飯を作ってあげます!」


「いや、いいよ。そんな迷惑をかけるのも悪いし」


「それなら大丈夫です、料理するのは好きですし、一人分も二人分も手間は変わらないですよ。どうしても気になるなら、材料費だけ払ってくれれば、気にならなくなりますか?」


「……それじゃあ、お願いしようかな。でも、無理はしない程度で構わないし、出来る時だけでいいよ」


 そんな会話をして、いつしか彼女にご飯を作ってもらう生活になっていった。


 それからも、


「わざわざご飯作ったの渡すだけじゃなくて、作ったものをすぐに食べれてた方が良くないですか? 美味しいご飯も作れますし、無駄に動く必要も無くなりますよね?」


 そう言って俺の家に来るようになったし、


「料理も大皿でしか作れないのは寂しいので、食器を買いに行きませんか? ……デートですね!」


 そんな会話をしてたまに一緒に買い物に行ったり、


「このゲーム、面白いらしいんですよ、一緒にやりませんか?」


「明日はお仕事休みですよね? それなら今日は夜更かしして遊びません? もし遅くなっちゃったとき用に着替えの服とか持っていきますね?」


「そろそろ私が来た時に床で寝させるのは申し訳ないので、布団買いに行きません? そしたら、私が遊びに来ても寝る時はしっかり休めますよね?」


 そんな風に徐々に、自分の部屋に彼女のものが増えていくようになった。

 その頃には、出会ってから一年と少し経っていて、流石に詐欺だとか疑い気持ちは無くなってきていて、次第に彼女に惹かれ始めている自分にも気が付いていた。


「私、今日誕生日なんですよ、ついに二十歳です! だから、一緒にお酒飲みませんか?」


「まあ、明日は休みだしいいけど……。友達と飲みに行ったりとかはしないの?」


「それが、まだ周りの友達は二十歳じゃないので飲める相手がいないんですよ。だから、大丈夫です!」


 そして、ソファで二人並んで座り誕生日を祝いながら、一緒にお酒を飲み始めた。

 彼女はあまりお酒に強くなかったようで、ほろ〇い一缶を開けたあたりで頭が揺れ始めていた。


「大丈夫? とりあえず水飲みな?」


 そう言って台所に行き、コップに水を注いで彼女の前に置いて座ると、ちょうど彼女が自分の方に倒れてきた。

 何とか倒れる前にキャッチして安心していると、すぐに寝息が聞こえ始めた。


 とりあえず苦し気な顔をしていないので安心して、彼女を抱えると布団へと運んで優しく寝かせた。


「ん~……好きぃ……」


 寝言だとは分かっていても、呟かれたその言葉に心が少し跳ねるのを感じていた。

 そして、自分も酒が回ってきていたのか、いつもなら絶対言わないだろう、と思いながらも、自分でも聞こえるかどうかの声量で呟いていた。




「……おはようございます。とりあえず、私お酒は強くないことが分かりました……」


 起き出してきて、頭が痛いのか少し顔を顰めながら彼女はそう言っていた。


「とりあえず、水を飲んだほうがいいよ。少しはましになると思う」


「ありがとございます……」


 そのまま台所に行った彼女を見送りながら、少しお腹に何かを入れようと冷蔵庫を開いていた。

 冷蔵庫の中には、昨日買ったゼリーと缶コーヒーがあったので、自分用にコーヒーと、彼女にゼリーを持ってソファへと戻った。

 彼女は既にソファに座っていて、ゼリーを受け取るとゆっくりと食べ始めた。


「そう言えば、昨日私、ここで寝そうになってたと思うんですよ。でも布団に移動してたんですけど……」


「まあ、俺が運んだからね」


「……その時って、もしかしてお姫様抱っこだったりします?」


「そうだけど……」


「じゃあ、あれは夢じゃなくてほんとのことだったんですね……。それじゃ、もしかして何ですけど」


 少し顔を赤くしながら、こちらを向いて口を開こうとする彼女に、俺は緊張し始めていた。


「あの時言ってたことは、本当ですか……?」


 少し目を潤ませながら、期待を胸に、といった様子で口を開いた彼女に、俺は自分の心臓が騒いでいるのを他人事のように聞きながら口を開いた。


「言ってたことって、なんのこと……?」


「……私のこと、好きだって言ってくれたじゃないですか?」


「……聞こえてたのか」


 昨日自分で呟いたことを聞かれていたと知って、俺の顔も恥ずかしくて赤くなっていたと思う。

 けれど、今は恥ずかしがっているのではなく覚悟を決めて彼女に向き合い口を開いた。


「そうだよ。俺は、君が好きだ。もっと早く言った方が良かったのかもしれないけれど、勇気が出なかったんだ……ってうおっ!?」


 俺が言葉を言い切るかどうか、といったところで彼女が俺に飛びついてきて中断させられてしまった。


「ずっと何も言ってくれないから、迷惑なのかなってずっと不安だったんですよ……。私も好きですぅぅ!」


 涙しながら言葉にしてくれる彼女の頭を撫でながら、あの時出会えてよかった、と思うのだった。






「ちなみに、どこを好きになったんですか?」


「……料理上手だし、一緒にいて楽しいし癒されるって言うか……いや、やっぱりなんとなく、かな。いつの間にか好きになってたから」


 その言葉を聞いて微笑む彼女に、俺は幸せを感じるのだった。

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