龍虎相打つ

@owlet4242

龍虎相打つ

 須藤すどう 虎治とらじは直観に優れた子どもだった。

 そして、虎治には終生のライバルがいた。その名は相良さがら 龍巳たつみ

 「龍虎相打つ」という言葉があるように、初めて出会ったその時から二人の戦いは始まったのだ。


 二人の出会いは、虎治が母に連れられてやって来た公園だった。虎治の母は、そこでママ友と会話をすることが趣味だったのだが、その人が連れてきたのが龍巳だった。


「あら~、その子が虎ちゃん? 可愛い子じゃな~い」

「ありがと~、ちょっと前までは大人しかったんだけど、最近やんちゃになったから公園デビューしたのよ」

「それじゃあこれからはうちの龍巳と遊べるわねぇ。たっちゃん、ご挨拶なさい」


 ママ友は、自分の後ろに隠れていた子どもを虎治の前に引っ張り出した。その子は促されるまま、伏し目がちに「こんちわ」と短く挨拶した。

 その挨拶を見た瞬間に、虎治は直観した。


 こいつとは上手くやれない気がする。


 一見して、その姿は初対面の相手に対して恥ずかしがっているように見える。しかし虎治は、そこから「お前なんか相手にしない」というオーラを感じたのだ。


「虎ちゃん、お母さんたちはちょっとお話してるから、砂場でたっちゃんと遊んで来なさい」

「え、でも……」


 このとき虎治は、龍巳と一緒に砂場にいっても決して上手くいくはずがないことと、母たちの話が決して「ちょっと」では終わらないことを直観していた。


「デモもストもないのよ、虎ちゃん。さ、早く行ってらっしゃい」

「……はい」


 しかし、母にはどうしても逆らいがたく、虎治は龍巳を連れて砂場に行くことになった。このとき、虎治は齢四歳にして世の中の理不尽というものを学んだ。


「一緒に行こ」

「うん」


 虎治から手を繋いで二人は砂場に向かった。緊張からくる手汗で、握られた手は不愉快だったし、後ろから聞こえる母たちの談笑が、「ちょっと」では済まないという直感が正しいことを証明して、さらに虎治を憂鬱にした。

 砂場に着き、虎治は初めて龍巳の顔を見た。一目で気の強そうな奴だと思った。


「何して遊ぼうか? お山でも作る?」


 まずは、遊びながら様子でも探ってみよう。もしかするとなんとかなるかもしれない。


 そんな虎治の淡い期待は、


「さっさと手を離せ」


龍巳に全力で振り払われた手によって打ち砕かれた。


「えっ……」


 思いがけない言葉に、虎治が半ば呆然としていると、龍巳は先ほどまでの態度が嘘のように話し始めた。


「汗で手が滑るんだよ。ああ、ばっちい。何で君なんかと一緒に遊ばないといけないんだ、まったく」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる龍巳に、虎治もカチンときた。


「ぼ、僕だってお前とは遊びたくないよ! でも、ママがお前と遊べって言うから……」


 そう言って虎治が頬を膨らませると、龍巳は「ふっ」と鼻で笑って腕組みした。


「おやおや、君はママの言いつけを守ることしかできないのか。少しは自分で考えなよ」


 そんな龍巳に、今度は虎治が意地の悪い笑みを投げかける。


「ふーん、お前はバカだからママの言いつけすら守れないんだな」

「なっ、そんなことはない! バカにするな!」

「あ、本当のことだから怒ったな。やーい、バーカ」


 先ほどの余裕が消え、怒りを露にする龍巳をここぞとばかりに虎治は煽った。龍巳は頬を真っ赤にすると虎治に背を向けた。


「ふん! 君とは絶対に遊んでやるものか! こっちは向こうで一人で遊ぶからな!」

「ふん! そっちこそ僕のところに寄ってきたらひどいことになるぞ!」


 二人はそう言って、母たちが呼びにくるまで、一切目を合わせることはなかった。


 ……こいつとは長い戦いになる!


 そんな直観だけが意気投合した二人の長い戦いが、この瞬間に始まったのだ。


◇◇◇


「それじゃあこの問題が解ける人~」


 小学校。

 幼稚園こそ別だった二人だが、同じ地区に住むもの同士、小学校が一緒になることは避けられなかった。二人は、ここでしのぎを削りあった。


「はい!」

「じゃあ、虎治さんに答えてもらいましょうか」

「しゃあっ!」


 先生に指名された虎治は、椅子から立ち上がるときに、隣で悔しそうにしている龍巳に、嘲るような視線を送ることは決して忘れなかった。


 どうだ、俺がこの問題を答えてやる。どうだ、悔しいだろう。


 ぐぬぬ、これで勝ったと思うなよ……!


 そんな薄暗い感情を決して表には出さず、しかし二人は水面下では熾烈な火花を散らしていた。


「答えは、32です!」


 立ち上がり、堂答えを告げた虎治に、先生は眉をハの字にした困り顔を向けた。


「あら~その答えは間違っていますねぇ」

「ええ!?」

「じゃあ、虎治君を助けてあげられる人~」

「はい、はーい!」

「じゃあ、次は龍巳さん」

「やった!」


 先ほどとは一転、悔しそうに項垂れながら椅子に座る虎治に、今度は龍巳が勝ち誇った視線を送る。


 やーい、バカ丸出しだな虎治!


 ……くそぉ、勝ったと思うなよぉ!


「答えは22です!」


 自分の勝利を確信し、胸を張って堂々と答えを告げる龍巳。

 しかし。


「あら、龍巳さんも間違っていますねぇ」

「うぇえ!?」


 悲しいことに、二人の学力はそこまで高くない位置で拮抗していたのだった。


「やーい、ミスってやんのバーカ」

「君も同じだろバーカ」


 項垂れて椅子に座りながら、先生に気づかれないよう罵り合う二人。

 恐ろしく低空飛行な二人の争いは、それからも止まるところを知らなかった。


 中学校では定期テストで。


「なんだと……? 俺がテストでお前に二桁も差をつけられるなんて……」

「ふふふ、いやぁ、傲り高ぶったバカを見下すのは気持ちがいいなぁ!」

「く、くそぉ!」

「虎治、龍巳。お前らどっちも赤点で放課後補習だからな」

「「……はい」」


 高校では部活で。


「虎治、今度のインハイの短距離、他の奴に負けるんじゃないぞ」

「バカ言え、俺が負けるかよ。そっちこそ、長距離で負けて吠え面かくなよ」

「はぁ? 誰が負けるかバーカ」

「バカって言う方がバーカ」

「そっちが先に『バカ』って言ったから、そっちの方がバーカ」

「お前ら、人前でバカバカ言ってるんじゃねぇ!」

「「すみません、先生! でも、このバカが!」」

「喧しい! 罰としてグラウンド10周だ!」


 そして。


「うっわ、大学でもお前のバカ面を見るのかよ………」

「仕方ないだろ、陸上のスポーツ推薦で取ってくれる学校、近場じゃここしかないんだからさ」

「……俺たち、バカだもんな」

「……うん」


 大学に入ってからも因縁は続いた。


 さらに時は流れ、大学四年目。


「ぐぬぬ、またお祈りメールか……」


 大学のパソコン室で、虎治は今日も企業からのメールを確かめて唸っていた。

 教授たちに泣きつき、時には教授の方を涙目にさせながらもなんとか卒業の単位習得に見通しが立った虎治。

 だが、いよいよ就職活動だというところで、虎治は大きく躓いていた。エントリーシートを書けども、選考に通らないのだ。


「一次選考すら通らんとは……これが就職氷河期ってやつか……」

「それは君だけだろ」

「……! 龍巳、聞いていたのか」

「パソコン室に入った瞬間に、聞くに耐えないバカ丸出しの唸り声がしたからね。ある意味テロだよ」


 そう言いつつ、龍巳は虎治の横に座ってパソコンの電源を入れる。


「就職活動、中々苦戦しているねぇ」

「ふん、お前もどうせまだ決まってないんだろう」

「……まぁね」


 それからしばらく、二人のカタカタとキーボードを叩く音だけが響く。


「なぁ、虎治」

「ん、なんだよ?」

「私たち、ここらでそろそろ決着といかないか」

「……なぜ?」

「今まで私たちはずっと一緒の学校だったが、就職すると間違いなく別の企業に勤めることになるだろう」

「だな。俺が会社側なら、俺たちみたいなバカを二人も採用したりしない」

「やめろ、悲しくなるだろ」

「……すまん」

「とにかく、だからここらでけりを着けよう」


 真剣な表情の龍巳に虎治も頷く。


「よし、じゃあ勝負はどうする」


 虎治の問いに龍巳はパソコンを指さした。


「私たちの就職先、どちらの初任給が高いかで決めよう。もし、就職できなかったら敗けだ」

「わかった……いや待て」

「……ん?」

「もしかすると、初任給は低くても、そこからの伸びが大きい会社もあるかもしれない。だから、一年後の給料にしないか」


 虎治の言葉に、龍巳は頷く。


「いいだろう、じゃあ、就職して一年後に決着だ」

「吠え面かくなよバーカ」

「言ってろバーカ」


 いつもの軽口を叩き合うと、二人は無言でパソコンに向かった。

 それから二人は就職活動で疎遠になり、次に会うのは大学卒業一年後の決着の時となる。



◇◇◇



「はーい、というわけで勝負はまた、私の勝ちでーす! バーカ!」

「あ、あり得ん……」


 勝ち誇った龍巳の前で、虎治ががっくりと項垂れる。


 あれからかなり年月が経ったが、二人の勝負はまだ続いていた。一年後の勝負はいつの間にか一年おきの勝負に代わり、相も変わらず二人はまだ戦っている。

 しかし、社会に出てからしばらく経つと勝負の結果も見えてくるもので、ここのところ勝負に負けるのは常に虎治だった。


「私に勝とうなど百年早まったなぁ!」

「ぐぬぬ……」

「あ、二人ともまた給料で勝負してるよー」

「ほんとだ、いい加減恥ずかしいから止めてほしいよねー」


 そんな二人を見てため息を吐く小さな影が二つ。


「ママ、いい加減パパのことを給料でマウントとるの止めなよ」

「そうだよ、お金で勝ち負けを決めるのは人としてさもしいよ」

「うぐっ……」


 二人の娘に諭されて龍巳が怯む。


「そうだぞ~、お金で全てが決まる訳じゃないぞ~」


 そして、娘の援護をもらった虎治がここぞとばかりに反抗する。


「でも、お金はあるに越したことはないからパパはもっと頑張って稼いでね」

「……はい」


 ……本当に長い戦いになったな。


 娘の言葉に肩身を狭くしながら、虎治は内心で呟く。

 子どもの頃龍巳に感じたあの直観は、間違ってはいなかった。


 思ってたのとはちょっと違ったけどな。でも……。


 それもまぁ悪くはない、愛する妻と娘たちに囲まれてそう思う虎治なのだった。


 

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