直観探偵の妹

華川とうふ

直観探偵の助手

 その部屋には死体が一つありました。

 それもただの死体じゃありません。

 四肢をもぎ取られバラバラになった死体。


 パーツごとになった死体はもはや、人ではなく人形か何かのようでした。

 宙に浮かぶ死体が一瞬で、バラバラになった光景をみた人々は息をのみ声を上げることもかないませんでした。


 偶然にもその場に同席した、百戦錬磨の古ぼけたステンカラーのコートを来てイタリア製のブーツを履いたとぼけた警部でさえも……。


 まるで魔法。

 人が宙に浮いているだけでも、驚きなのに、その四肢がバラバラになる。

 現実離れした光景がそこにはありました。


 事件は迷宮するだろうと誰もが思いました。

 いえ、事件とさえも認識できていなかったかもしれません。

 ただ、一人を除いて。


 そして、そのただ一人は事件現場に踏み込んだ途端こう言ったのです。


「犯人は分かった……」


 と、涼やかな声でつぶやいたのは私のお兄様、そう人呼んで直観探偵です。


 自慢じゃありませんが(だって、私にとっては真実なんですもの)、私のお兄様は名探偵なのです。


 犯行現場を見ただけで、犯人の特定ができてしまう。


 もう、名探偵中の名探偵。

 聞き込みなんていらないし、安楽椅子に座る必要も、ひらめきの為に麻薬やら大食いもサウナも必要ありません。

 ただ、事件について知る。それだけで、お兄さんは犯人が分かってしまうのです。


 お兄様はすごく優秀なのです。(えっへん)

 私にとって、お兄様は賢くて才能豊かで憧れの存在です。


 だって、お兄様以上の名探偵がどこにいるのでしょう。

 事件現場に入っただけで謎を解くことができる。もちろん、直接現場に行かなくても、事件についての概要を聞いただけでも犯人が分かってしまいます。

 なんて素晴らしいのでしょう。

 お兄様が事件について知れば一瞬で解決。

 迷宮入りなんて絶対にありません!


 そう……迷宮入りなんて絶対に、有り得ないはずなのです……。


「妹よ、謎はとけた……」


 お兄様はそう言うと私にそっと犯人の名を囁きました。

 私はこの瞬間が大好きです。

 お兄様が一番近くに来てくれて、その唇からこぼれる言葉が私の耳に直接流れ込んでくる。

 甘美でゾクゾクとする瞬間です。


 そして、それは同時に私の仕事が始まる合図となります。

 私は犯人と言われた人物を観察し、その人物の服装、目の動き、発言一つ一つをしっかり吟味して、犯人である証拠を探すのです。


 そう――お兄様は名探偵ですが、たった一つだけ弱点があるのです。

 それは、お兄様の優秀過ぎる頭脳は経験や知識その他もろもろから一瞬で犯人を推理し当てることができるのですが、そのプロセスはお兄様の脳内でショートカットされてしまっているのです。

 小学生にも分かるように簡単に説明するとすれば、テストで暗算しているようなものです。

 正しい答えを暗算で一瞬でだせるのですが、そのプロセスが解答用紙にあらわれない。

 お兄様にとっては犯人を導き出すためのヒントの認識やその理論付けはすごく自然のことであり、意識する必要もないのです。「わざわざ説明するほどのことじゃないさ」小さな頃から、お兄様の口癖でした。

 でも、お兄様の答えが推理が間違っていたことはありません。

 ですが一般人には理解できないのです。

 どうして犯人が分かったのか。

 お兄様が探偵として世間に名をはせる前は、「お前が犯人で誰かに罪をなすりつけようとしているんじゃないのか」と責められたこともありました。


 だから、私が必要なのです。

 凡人である妹の私が。

 私はお兄様の導き出した答えが、正しいことを一般人の為に説明してさしあげなければいけないのです。

 そう、全てはお兄様のために。


 あら、あの死体からはピアノ線が、そしてお兄様が犯人と名指しした女性の服装も少し何かおかしいような……。


 さて、私は謎解きの材料を準備しましょう。

 名探偵お兄様助手としてね。


 大好きなお兄様のためなら、私はどんな証拠だって見つけ出してみせます。

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直観探偵の妹 華川とうふ @hayakawa5

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