直感ポリスメン

「なーんか引っかかるんだよなぁ」

 独り言にしては大きな声に、どう反応すべきか加治は迷った。先輩刑事として実力や実績には、一目も二目も置いているが、直感型の杉多の思考に巻き込まれると、恐らく碌なことにならない。


『お手柄高校生、誘拐犯をタクシーで追跡』

『元野球少年、豪速球で不良大学生をスリーアウト!』

『天罰か? 過剰防衛か? 片目失明一人に骨折四人、地元のヒーロー、元野球少年の正体』

『レイプ集団が児童ポルノ制作・売買か?! 反社の資金源の疑い!!』

 少し前の地方紙の地域版に載った小さな事件は、実態が明らかになるにつれ、雑誌の記事に取り上げられる度に、内容が膨れ上がって行った。

 あれよあれよと言う間に事件の規模が大きくなり、鞍橋くらじ署内に特捜本部が立ち、大学生集団による女子高校生拉致暴行傷害(強制性交等未遂)事件は、大学生を含む集団による連続強制性交等事件、録画された実際の過去の被害者の映像が闇サイトでリアルレイプ物としてシリーズで販売されていたのも発見され、県警本部のサイバー犯罪班やら組織犯罪対策課まで参加して来て、名誉毀損罪、児童ポルノ禁止法ならびにわいせつ物頒布等事件、及び反社会集団暴力団の資金源としての捜査も継続している。

 被害者への脅迫行為や傷害などは数え切れないが、被害者の特定もまだ全部済んでいない。


「加治、お前さぁ、三人の大学生を、石三つ投げて制圧できると思う?」

 あぁ、またそっちの話か、と加治は思う。


 一人は木刀を握って、攻撃する気満々でいたし、出してはいなかったが、もう一人はナイフも隠し持っていた。誰かを助けるために、自分がやられるのは絶対に回避しないといけないなら、接近される前に飛び道具で先制攻撃はありだと思う。


 実際に、証拠品の石はどれも結構な大きさと重さで、狙った所に命中させることはおろか、届かせるのも普通なら難しいだろう。

 時代小説に出て来る、石合戦とか印地打ちとかで投げ合う、武器としての石は、せいぜいが直径二~三センチ、重さは三十グラム程度だったらしい。たしかに、ある程度の数を持ち歩き、狙った所へ投げつけようとすれば、妥当なところだろう。

 だが、彼が選んだのは、使い慣れた硬球に近い直径の石。硬球が直径七センチちょっとで百五十グラムも無いことを考えると、同じ大きさの石は、硬球の四倍近い五~六百グラムはある。

 拾って握ったところで、重過ぎて届かないかもと思いつかなかったのは、むしろ気が動転していた証拠だと思う。


 火事場の馬鹿力と言うが、アドレナリン出まくって、夢中で投げたからこそ届いたのだろう。

 上手く三つとも(正確には車へ投げた物を入れると七回も)命中したのは、奇跡に近い。犯人の一人が折れた木刀を自分の眼に刺したのは、さらに偶然の産物だし、この花井という高校生は、彼女を助けるために一生分の幸運をあの事件で使い切ったのかも知れない。


 実際、加害者達にやられたのは、木刀を受け止めた時の左手の亀裂骨折だけで、木刀を蹴って折った時の右足の打撲も、右手のひらの石を握りしめて投げた時の無数の擦過傷も、極度の興奮と緊張から出した鼻血も、駆けつけた友人を見て緊張の糸が切れて気絶して、運ばれた病院で脱水と極度の低血糖とまともに立てないほどの神経疲労の症状が確認されて、三日入院させられたのも、ほぼ自爆と言えなくもない。


「花井君ならできるよ。リトルリーグでは名遊撃手ショートだったからね」

 桜井係長が会話に参加して来る。

「少年係だった五年以上前からだから、五、六回以上は会ったかな」

「そんなに何度も事件を?!」

「違う、違う。逆だよ、逆。花井君の仲良しグループは、勘がいいと言うか鼻が利くと言うか、迷子を三、四回、徘徊老人を二回、ひったくり犯の目撃通報も二回あってね。署長名の感謝状を、当時の小学校の校長先生に何度も届けたもんさ。バイクに二人乗りのひったくり犯は、硬球一球でまるごとぶっ飛ばしたし、軽自動車でのひったくり犯の時は、被害者のおばあさんを引き摺って怪我させたのを目撃したから、その場で金属バット投げつけてリアウィンドウを粉砕したからね。さすがにあの時ばかりは危険な行為はしちゃいけないって叱ったけど、まぁお陰でその軽自動車も犯人も手配してすぐに非常線にひっかかったし」

「普段からそんな感じなんですか?」

「正義感強いと言うか、理不尽な物事への感受性が強すぎて、抑えが利かなくなる感じかな。中学校でイジメがあった時は、担任も校長も何もしてくれないからって、相談の電話がかかって来て、制服警官引き連れて学校に乗り込んだこともあるよ。彼がイジメの被害者を庇って、イジメの首謀者と直接対峙しようとすると、彼が加害者になる可能性もあったから」

「やっぱり、少しヤバい系のガキじゃないですか」

「ヤバくないって。普段はいい子達なんだから。悪いのはいつも、彼等の周囲にいる犯罪者や加害者の方だからね」

「まぁ、あの大立ち回りが、偶然と幸運と日頃の行いの報いの賜物だとしても、ですよ」

 加治は、エンジンが高速回転を始めた杉多の口振りに、嫌な予感しかしない。

「その後の事件の展開が、あの坊やに誘導され過ぎてやしないですか?」

「普通の捜査協力の、範囲内だと思うがねぇ」

 さすがに、桜井係長も歯切れが悪い。ただの高校生がする捜査協力にしては、度が過ぎている、と言えなくもない。


 彼が、犯人のスマホは調べたけど、ドライブレコーダーとワゴンの中の隠しカメラで何が撮られていたか知りたいし、彼女が映っているなら回収して欲しいと言わなければ、鑑識もオプションの天井LED照明に偽装したカメラに気付かなかった可能性は高い。前後のドライブレコーダーのカメラには、被害者を物色して拉致するまでが、隠されたノートパソコンとハードディスクからは、隠しカメラで撮った車内での一部始終が複数人分残っていた。ドライブレコーダーやハードディスクの消耗の様子から、更に多くの被害者がいることに疑いはなかった。大型ワゴンの持ち主の大学生は、四人の大学生とは別人だったから、貸しただけという言い訳は通用しない。ネット上で売買されているポルノ動画で、レイプ物として流通している物の中に、ドライブレコーダーと車内の固定カメラとスマホの画像が編集されたモノが見つかり、あのワゴンと犯人達のスマホのカメラによる画像と合致すると確認されるまでは、すぐだった。


 被害者は、ポルノ動画として売られたばかりではなく、その動画から個人情報を探り当てられて脅迫されるケース、親切めかしてネットからの削除を高額で持ち掛けられるケース等、二次被害、三次被害も発生していた。


 性暴力撲滅キャンペーンが、県弁護士会と県議会と県庁の合同で始まったばかりだったので、県警本部もそれに乗って、捜査本部の人員も予算も倍増され、関連犯まで徹底的に捜査検挙された。


 県警本部のサイバー犯罪班が期待以上に優秀で、ネットで動画売買しているグループと削除を持ち掛けるグループがマッチポンプであること、反社会的集団暴力団のフロント企業との間に、金の流れがあることを掴んだのが決め手だったかもしれない。


 しかし、間接的だが、これも元野球少年が端緒になっている。

 彼が四人以外の臭いも残っていたので、二人か三人は判別できると言い、顔見知りの桜井係長に協力を申し出たのを、課長が真に受けて、加治と杉多まで駆り出された。

 ダメ元で犯人達の通う大学と立ち回り先を回ることになり、最初の聴き込みで担当したいかにもな刑事の風体の杉多と加治のコンビが、また聴き込みに来た風を装って注意を引き、オープンキャンパスに来た高校生の父兄か引率の教師にしか見えない桜井係長が、元野球少年に付いた。

 結果、接点が無さそうに見える他学部の学生が一人と大学近くの犯人の一人のバイト先のレンタルビデオ店の従業員の一人が見つかり、その大学生がワゴンのオーナーかつ集団の頭脳兼黒幕で、レンタルビデオ店員の方はフロント企業の構成員だったことが判明したことが糸口になったし、複数の他人名義の口座の金も、自分が目を付けられているとは欠片も思っていないから、名義を貸している大学生の動きをマークするだけで、造作もなく突き止められた。

 レンタルビデオ店員のアパートには、更に何人かの学生が出入りしており、レイプ集団の構成員であろうと、裏付けも進められている。

 証拠隠滅のために処分したと大学生が思っている、動画の編集機器やパソコンやハードディスクも、既にリサイクル業者から回収してある。知らぬは当の本人ばかりと言うことだ。

 証拠固めが終わって一斉検挙となれば、また新聞と雑誌の誌面をにぎわすのだろうが、その直前の今が、地道な仕事のピークであり、一番キツい時期であることは紛れもない。

 杉多の心情は理解できるが、愚痴や怨み言の矛先を被害者で協力者である高校生に向けるのは、大人気ないというものだろう。


 ただ、加治自身も全く疑念を抱かなかった訳ではない。

 普段ならありえないが、高校生の事情聴取と被疑者の大学生たちの取り調べが偶然重なった日があり、二人の大学生が別々の取り調べ室を使っていたのに、休憩のトイレや食事のために留置場へ戻されるタイミングまでわかっていたかのように、二人に出くわしている。

 花井という高校生は本当に臭いでわかったのか、大学生が出て来る部屋を向き、出て来た大学生は彼に気づくと、二人とも酷く怯えたのを、実際に目の当たりにしている。

 その後の取り調べでは、二人とも聞かれて無いことまで喋って、彼が帰ったことを確認するまで、取り調べ室から出たがらなかったそうだ。

 

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直観センチネル 大黒天半太 @count_otacken

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