「後輩と両思いだよ! ハッピーエンド大勝利確定!」と直感が言うが、その他の感情が「はやまるな! お前の勘違いだ!」とうるさい。

kattern

第1話

 三嶋羽菜は陸上部の後輩だ。

 女子長距離走のエース。一年生にして女子駅伝のレギュラーに選ばれる実力者。


 そんな彼女の伴走にと選ばれたのが男子長距離おちこぼれの僕。


 おちこぼれとエース。

 男と女。

 先輩後輩の凸凹コンビ。


 けど、まぁそこそこ仲良くさせて貰っていた。

 住んでいる地域も近いのでよく一緒に帰ったりもする。


 今もまさに僕と彼女は部活帰りのただ中であった。


 部活ではツンツンしてる三嶋だが、プライベートでは年相応な女の子。

 最近は僕にも笑顔を見せてくれるようになった。

 あと、実はけっこう悪戯好き。


 ショートカットの上に猫耳が生えてるように見えたり、その小さな唇の中から犬歯が見えたりする猫系後輩女子だ。


 ぶっちゃけかわいい。


「ちょっと先輩! 私の話聞いてます?」


「あ、ごめんごめん」


 とまぁ、目の前の後輩と一緒に帰れる幸せを噛みしめていたら、つい自分の世界にトリップしていた。


 拗ねたように鼻を僕から背ける三嶋。

 こういう所も猫っぽくて可愛い。

 そして、謝るとすぐに許してくれるのも。


「ほんとしっかりしてくださいよ! 長距離のタイム、もうちょっと上げてくれないと、部活クビになっちゃいますよ!」


「部活にクビはないから心配しなくていいよ」


「……私の伴走外されるかもしれないでしょ」


 私、先輩じゃないと嫌ですよ、なんて可愛いことを言ってくれる三嶋。

 割と本気で拗ねてる顔だこれ。


 じゃぁ、ちょっと頑張るよと慌てて言うと、にんまりと三嶋はいつもの小悪魔っぽい笑みを向けてきた。


 この笑顔をして「なんかサドっ気が強そうで怖い」とか、学年上の男子に恐れられてるけど、そんなことないんだよな。

 この笑い方がデフォルトなだけで。

 普通にいい子なんだよな。


 その証拠にほら、親愛の証の――ボディタッチという名の弱ローキック。


「さーっすが先輩! そう言ってくれると思いましたよ!」


「……わはは、そうだろう」


「最初からその調子でやってくださいよもぉー!」


「……すみません」


 というまぁ、なんかこうゆるい青春を僕はやっているのだった。

 こういう恋人なのか両片思いなのか、はっきりしないけど仲良い男女の関係って、ちょっと心地いいよね。


 彼氏とか彼女とか別にこだわる必要ないよねってなっちゃう。


 えへへ。


「あ、そうだ!」


「どうした? もしかして、部室に忘れ物でもしたか?」


「ふっふー、先輩、今日が何の日か知らないんですか?」


 なんかあったっけ。

 ナチュラルにそう思う僕の前で、ごそごそと鞄を漁る三嶋。


 彼女が取り出したのはピンク色の可愛らしい包装に入れられた何か。

 茶色い帯には「Happy Valentine」と金色の文字が書かれていた。


 これは――。


「今日は二月十四日。バレンタインデーっすよ」


「そうだった。なじみがなさ過ぎてその存在を抹消していた」


「よかったですね! 今年は私という後輩がいて!」


 はいと渡されるチョコレート。

 生まれてはじめて女の子から貰ったバレンタインチョコは、ちょっと感動が強すぎて現実感がない。


 なので気がつくまで少し時間がかかった。


 これ――もしかしなくてもハート型してない?

 包装の中のチョコレート、ハートの形してない?


「心配しなくても、義理チョコっすよ。恥ずかしいから家で食べてくださいね」


「……え?」


 そう言って、僕から顔を背けてもじもじとした表情をする三嶋。

 そんな反応をする彼女を、ここ一年ほど一緒にいるけれど僕は初めて見た。


 これは。

 まさか。

 もしかして。


 義理って言っているけれど本命の奴では。

 雑な流れで出してきたけど本命の奴なのでは。

 いろいろと義理にしては気を遣いすぎだし本命なのでは。


 本命なのでは。


 三嶋ってば、もしかして僕のこと好きなの――。


『そうですよ! 後輩は君にベタ惚れ告白待ち! これはフラグです!』


 直感さん!


 その時、僕の頭の上に天使姿の直感さんが現われた。

 きらきらとした目で彼女は僕にサムズアップする。


『頑張りましたね直人! 羽菜ちゃんに対する献身が、ついに実を結んだのです! 先輩に対する信頼と憧憬は、今や恋心となっています!』


「そ、そうだったのか!」


『さぁ彼女の勇気に応えてあげて! 大丈夫、私を信じて――』


『おっと、そいつの言うことを迂闊に信じていいのかな?』


 頭の裏でまた別の声がする。

 そこには悪魔の衣装を着た僕の感情――。


『お前はこれまで、どれだけ直感を信じて恥をかいた?』


 後悔さん!


 彼女は腕を組みニヒルな笑顔を浮かべている。

 なぜだろう、少しだけその姿に哀愁を感じるのは。


『ちょっと失礼ですよ、後悔さん! そんな人を恥知らずみたいに!』


『あれは幼稚園の頃。幼馴染のちーちゃんがお花をくれたのを勘違いした直感は』


『その件については申し訳ないと思っております』


 謝るのか直感さん。

 それは自分に非があったと認めるのか直感さん。


 確かにそうだけど。

 あれは僕の勘違いで、ちーちゃん泣かしちゃったけど。

 おかげで家がお隣なのに今はまったく交流ないけど。

 時々、顔を合わせると「あっ……」ってなり、告白したのを後悔しているけど。


『過去の告白の戦績から言って、現時点での告白の成功確率は0.001%ですね』


 冷静さん!


 迷っていると、さらに別の感情が表れた。

 白衣に眼鏡、手になんかタブレット端末を持った彼女は冷静さん。


 彼女はタブレット端末をさっと指先でなぞると眼鏡をクイってする。


『むむむっ! 冷静さんまで! 恋愛はデータじゃありませんよ!』


『いいえデータです。現にこれは小学三年生の頃の成瀬さんとのやりとりに酷似しています。あの日、調理実習で余ったクッキーを配っていた彼女にガチ恋した……』


『0.001%でも確率があるなら挑むのが男の子でしょ!』


 いいこと言った風だけれどそれは認めてるようなものだよ直感さん。


 なに君、煽っておいて僕に危ない橋渡らせようとしてたの?

 綱渡りさせる気だったの?

 やめてよほんと。


『義理チョコって言うあたりに、三嶋ちゃんの微妙な乙女心を感じるわね』


 僕の中の乙女心さん!


 開いた胸元にスリットの入ったスカート。

 場末のバーのチーママみたいな格好で出てきたのは僕の中の乙女心。


 男なりに乙女心を理解しようという感情は、僕に女目線のアドバイスをくれた。


『けどけど! 照れ隠しって可能性もあるじゃないですか!』


『なら余計に優しくしなくっちゃ。無理に迫っちゃダメ。中学生の頃、委員会活動でいい感じになった早川ちゃんに、焦って告白して台無しになったの忘れたの?』


『アレはだって! 何度もいい感じになったのに、もたもたするから!』


 何度も直感さんは囁いたよね。

 イケるイケるって囁いたよね。


 結局イケなかったけれど。


 あれこれ、直感さん、もしかして信用ならない奴では――。


 その時、僕の感情の中でひときわクソデカイ奴が満を持して姿を現した。


 そいつの名は――。


『……勇気と無謀をはき違えるな!』


 勇気さん!


『時に、退くのも、また、勇気……グハッ!』


 勇気さん(満身創痍)!


 思わず二回名前を呼んじゃうくらい、存在感のある満身創痍の彼女。

 もう、息をするのもやっとって感じだ。


『勇気さんがそんなことでどうするんですか! シャキッとしてください!』


『牧野千夏、成瀬小春、早川秋、冬野琴子、万願寺幸、秋田由里、田中久美、田中由美、鹿原鈴、天ヶ瀬美月、九条宮子、坂本美海、漆原玲奈、さか』


『歴代振られた女を全員背負わないで! 重すぎますよ!』


 既に僕の中の勇気さんは悲しみを背負いすぎていた。

 失恋の悲しみを背負いすぎて絶命寸前だった。


 これ以上、彼女に背負わせることはできない――。


 やはり直感さんに従っちゃダメなんだろうか。

 他の感情の言うとおり勘違いなんだろうか。

 そっと胸に秘めておいた方が幸せなんだろうか。


 いや、けど。


「みんなありがとう。そして、ごめんね」


『『『『『ご主人!』』』』』


「多数決的には僕の勘違いかもしれない。これまで、色恋沙汰でやけどしかしてこなかった経験からいうと間違いなのかもしれない。それは分かるんだ」


 けれども、もし三嶋が本気だったなら。

 僕のことを本当に好いていてくれたら。


 それを無視することの方がよっぽど失礼じゃないか。


 自分が傷つくことを恐れ、過去の経験に振り回され、目の前の女の子から逃げることの方が、よっぽど愚かなんじゃないのか。


 傷ついたっていいだろ。

 勘違いだっていいだろ。


 三嶋にちゃんと向き合わないことの方が、よっぽど男としてダメだよ。


「けど今回だけは、僕は三嶋に向き合いたい。悲しい経験から来る直観じゃなくて、明るい直感を信じたいんだ」


 僕を心配な目で見つめる感情たち。

 みんな、僕がこれ以上傷つかないように出てきてくれたのだ。究極的には、みんなは僕の幸せを願ってくれている。


 僕がどうしたいのか、どうすれば幸せなのか、それを察してくれたのだろう。

 やがて感情たちは納得したように微笑んでくれた。


 ありがとう。

 そして、覚悟はできたよ。


「羽菜ちゃん!」


「ひゃいっ⁉」


 現実に戻った僕はすぐに三嶋の名前を呼んだ。


 手には彼女から貰ったチョコレート。

 それを胸の前で持って僕は正面から彼女に向きあう。


 こっちを向いてくれた三嶋の頬は赤い。

 それはきっと二月の寒さのせいじゃない。


「チョコレート、すごく嬉しい。ホワイトデーまで待てないから言うね」


「な、な、何をそんないきなり」


「僕も羽菜ちゃんが好きです! 先輩後輩じゃなくて彼氏彼女としてお付き合いしたいです! 羽菜ちゃんもそう思っているなら、僕と付き合ってください!」


 はたして、僕の告白に対する三嶋の答えは――。


 ボディタッチという名の強ローキック!

 いままでで一番重たいものだった!


「気づくの遅いんですよ! 直人さん!」


『やったー! 直感さん、大勝利!』


 僕の頭の上で天使が初めてWピースをキメた。


【了】

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