あーあ、見ちゃった。

秋空 脱兎

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 病院からの帰り道、ボクは医者との会話を思い出していた。




「先生、タカシはまだ目を覚まさないんですか……」


 ボクの問いに、医者は残念そうに首を振った。


 タカシとは、ボクの友人の事だ。

 原因不明の昏睡状態に陥って、かれこれ二週間が経とうとしている。


「もし、このまま眠り続けた場合、衰弱の末に亡くなる可能性も──」

「そんな、何とかならないんですか!?」

「本人が目覚めたいと思わない限りは……」

「……そんな……」




「何でだよ……」


 行き場のない憤りを、喉から僅かに溢した。


 そもそも何だよ原因不明の昏睡状態って。病気でも何でもないのに?

 ボクは勿論、医者にもタカシの親にも心当たりがないというのだ。意味が解らない。


「……そういえば」


 最近、タカシが『いい本を見つけた』とか言ってた。

 何だ『いい本』って。エロ本?

 でも、アイツはボクにそういう話題を持ちかけるようなヤツじゃないし……。


「……それが原因とか? まさか」


 でも、探して読んでみる価値はありそうだ。

 タカシの部屋にあればいいんだけど。


 藁にも縋るとでも表現出来るのだろう。

 けれど、思いつく事は全て試したいと思ったのだ。



§




 という事で、タカシの部屋に来た。

 家にいたタカシのお母さんには、『忘れ物を取りに来た』と適当な嘘を吐いた。案外簡単に誤魔化せた。


「何だよ『いい本』ってさあ……」


 どこから探そうか。机の引き出しの真ん中から行くか。


「あ」


 あった。本だ。

 文庫本くらいのサイズで、ハードカバーだ。しかもスピン(しおりに使える紐)まで付いてる。


「これは『いい本』ですわ」


 何ですぐ判ったかって?


 だって、タイトルが『いい本』なんだもの。


「…………」


 読んでみるか。


「…………。…………? ……………………」


 …………。


「何だこの本は、ふざけてるのか」


 全ページ白紙だ。

 いや正確に言おう。『目次』とページの左上に頁数は印刷されている。それ以外は何も書かれていないのだ。


 これのどこが『いい本』なんだ?


「えぇ……?」


 分からん。さっぱり判らん。全然解らん。


「まあいいや。とりあえず、見つけた事だし、お暇しよう」


 そうして、あっさりと見つけた『いい本』をカバンに仕舞い込み、タカシの家を後にしたのだった。



 帰宅して落ち着いてからもう一度通しで『いい本』を読んだが、やっぱりほぼ白紙だった。なんのこっちゃ。


 分かった事といえば、この本が原因ではなかったという事だろうか。


 ……眠くなってきた。

 もう午前零時三十二分だ。

 寝よう……。




§




 次に意識を取り戻した時、ボクは外にいた。


 何かの草花で覆われた平原、いやお花畑が、地平線まで広がっている。


 地面が揺れ始めた。

 地鳴りが近付いてきている。


 軍鶏だ。四足歩行の軍鶏が闊歩している。


 身長七十メートル、体重は六万五千トンくらいだろうか。

 トサカの代わりにドレッドヘアーでドレッドヘアーを編んでいる。

 あいつは、田中=ドンドコ・トロオドンだ。メスだ。


「はんぺーんん! がんもーー!! São Pauloサンパウロォーーー!!!」


 絶叫が聞こえた。


 見れば、板が外れたカマボコを天に掲げた画鋲が爆走してるではないか。地面がバンバカ切り裂かれていく。


「タピオカパン! タピオカパン!」


 ドイツ語だ! ドイツ語で叫びながらタピオカがぎっしり詰まったパンを思う存分全身全霊引っぱたいている!!


「あんンにゃァああああアーーーーーーーーーーーーーーー」


 田中=ドンドコ・トロオドンが叫びながら口からストーンヘンジを連射した。


 あっちではタコ頭のドラゴンみたいな悪魔みたいなサムシングが夜空を羽織っておいでおいでしてるし、足元ではイトウがマイムマイムしてる。


 いつしか勝手に生えているフジヤマを背景に怪獣大戦争が始まっている。氷が燃えてるし弾けてる。


 サムシングが全身から全方位へ向けて液体めいたビームを放った。何か増えた。


『この文書いつまでやるんだって? もうちょっと付き合ってくれ』


 洋画の吹き替えで聞くような渋い声が世界に響いた。

 いやあもう楽しい、『いい』からいつまでも続いて欲しい。


 『いい』、とても『いい』。




§




「──はい、朝になっても全然目を覚まさないんです、はい……」

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あーあ、見ちゃった。 秋空 脱兎 @ameh

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