運命の輪は回り始める

一花カナウ・ただふみ

走って、逃げて。

 世界はままならないものであると認めているはずだが、理不尽にもほどがあると思う。


「なんで追いかけて来るのぉぉぉぉっ‼︎」


 砂で作られた触手が迫ってくるので、俺たちは全力で駆けていた。魔法で加速して逃げているわけだが、振り切ることもまくこともできずにいた。


「水系も風系も効かないなんて厄介ですね」


 補助系の魔法をルーンに任せて、俺は考えうる限りの魔法で触手に対抗してみたがどれも効いているようには見えなかった。


「精神系も効かないもんねぇ! なんなの、これっ‼︎」

「なんなのー?」


 リリィに抱きかかえられた俺にそっくりのチビがリリィの言葉を繰り返した。俺たちが焦っているのに、チビはとても楽しそうにしている。緊迫した状況が伝わっていないようだ。


 しかし、参ったな……。


 いつまで追いかけっこをするのだろう。こちらの体力はまだ余裕があるが、打開策を練らないと疲弊するばかりだ。

 石畳を突き破って大きな土塊を生み出して壁にするが、触手は回避するなり突き破るなりして追いかけてきた。時間稼ぎにもなりゃしない。

 俺は次の魔法を練り始める。





 国全体を奇病が蔓延するようになり、人々は家の中に閉じ込められてしまった。解決法はなく、一度罹れば肉体が崩れて砂にかえる。

 魔力のないものたちは抵抗することができず、魔力で強化された家屋の中であれば発症を抑えられることはすぐにわかったため、人々は家にこもるようになった。

 調査を依頼された俺たちは解決のためにさまざまなアプローチを試したがどれも実を結ばず、苦戦を強いられた。

 そうして過ごすうちにあることに気づき、俺は相棒のリリィ、ルーンの二人とともに、元凶の疑いのあるチビを連れて外に出た――ところから、砂の触手との追いかけっこが始まっている。


 王都を出てからも追いかけてくるからな……なんなんだ、これは。


 賢者と呼ばれる程度には魔法に精通し、国家規模の危機を何度も退けてきた俺たちだというのに、情けない話である。


「くっそ。仕方がねえな!」


 地面、空中のあらゆるところに浮かぶ多重の魔法陣。この方法を使うのは最終手段だと決めていたが、渋っている場合じゃないと判断した。


「アウル⁇」

「振り落とされるなよ!」


 リリィとルーンが俺のローブに触れたとわかると、パチンと指を鳴らす。瞬時に景色が変わった。





「……はぁ……さすがにここには入れないだろ」


 魔力で満たされた薄暗い空間。ジメッとしているのはここが洞窟の中だからだ。

 俺は荒く息を吐いて、額に浮かぶ汗を手の甲で拭った。


「リリィ、ルーン、いるか?」

「ええ、いますよ。無茶をしますね……」

「いるよー」

「あいっ‼︎」


 ルーンもリリィもチビもいるようだ。元気そうな声に安堵する。


「転移魔法、あの状況でよく使えるねぇ。さすがは大賢者候補」

「ルーンとリリィの支援があってこそだ。俺一人じゃこの人数を一瞬でなんてムリムリ」


 リリィがおだててくるので、二人の功績を褒めて濁す。俺は大賢者の器じゃない。

 リリィの腕の中のチビが俺の真似をして手を横に振っている。呑気なものだ。


「一時休戦として、これからどうします?」

「追いかけっこはもう嫌」


 適当に腰を下ろしたリリィが大きく伸びをした。


「そうだな。俺も正直勘弁して欲しいと思っている」

「じゃあ、何か策が?」

「ないわけじゃない。だが、魔法でここまでショートカットしては来たが、目的地が、ちょっと、な」


 自分の考えが概ね当たりである感触はあった。答え合わせまでもう少しである。


「目的地、ですか。場所の移動は大変そうですよね」

「転移魔法は使いたくないから、空から行こうと思う」

「あー、うん、いいと思う」


 思案するルーンに提案すると、リリィが先に頷いた。


「ですが、そのあとは?」

「そのあとの話は移動しながら説明する」


 告げて、俺は杖をチビに向けて振った。不意打ちの魔法はチビにすぐ作用して、穏やかな寝息を立て始めた。


「チビには聞かせられない話?」

「ああ、そういうことだ」


 問いに迷わず答えれば、リリィの表情があからさまに曇った。察するものがあったのだと思う。


「……嫌だ」

「嫌とかどうとか、そういう問題じゃねえんだよ。消えてしまった生命と、俺たちのわがままのどっちがこの世界にとって有用かっていう話で」

「……アウルのばか」

「お前な……そんなに子どもが欲しいなら、作ればいいだろ。それがこの世界がお前に望むことなら――」

「わかんないよ」

「……まだ時間はある。よく考えろ、リリィ」


 この世界の意志に振り回されることを是とせずとも無視しては生きられないリリィという人の形をしたナニカに、俺はどう接したらいいのかわからない。俺もまた、人ではないナニカであるとわかっているからなのか、人でありたいと思うゆえの拒絶なのか。


「……二人とも、無理しないでいいですからね」


 重い空気を察して、ルーンが口を挟む。

 無理をするなと言われても、走り始めてしまった運命の輪から逃れることは、おそらく、できない。


「――行くぞ」


 俺の号令に、リリィとルーンは従った。

 これから俺がすることを、どうか、咎めないで。


《終わり》

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