短編49話  数ある俺らの情熱のために駆け抜けろ

帝王Tsuyamasama

短編49話  数ある俺らの情熱のために駆け抜けろ

「おや、まいったなぁ」

「あら~どうしたのあなた」

「ビデオデッキの調子が悪いんだ」

 父さんのその言葉を聞いた瞬間、俺、左壁さかべ 忠雪ただゆきに電撃が直撃し、右手に持っていたはしは落ちた。


 俺は走った。一応ビデオデッキを触ってみたが父さんの言うとおりだめだった。だから俺は走った。

 朝の登校時間。男子は学ラン・女子はセーラー装備の学生たちが歩いて登校していく中、俺はそれを次々に抜き去った。こんな日に限って国語がある。学校指定セカバンセカンドバッグが重めの日だ。

 だがそんなこと言ってられない。今日は……今日はなぜなら…………

(『盤賽ばんさい戦記 ギャモティックギャラクシアー』最終回の日なんだよぉぉぉ!!)

 おまけに今日は夜の特別番組のせいで十五分早い午後四時四十五分スタート! こっちは部活終わるの四時半だぞ!? 急いで片づけて走ってぎりぎりだ!!

(くぅー……ビデオ……)

 頼むっ……だれかタイマー予約しててくれぇ……!


 右隣の席の佐々牧ささまき 愛乃あいのはどうだっ!

「私の家にはビデオデッキないんだー」

 なんてこったー! まぁ愛乃はアニメ観るイメージあんまないけど……。


 アニメをよく観てる十村とむら 省吾しょうごならっ!

「あぁ今日は最終回だったなぁー。再放送待てば?」

 だめだ。お前はなにもわかっちゃいない。帰れ。


 ビデオの話をしたことがある西関にしぜき 園周郎えんしゅうろうならばっ!

「ビデオは父さんが使ってるんだ。ちょうどその時間は地元のニュースの時間で、平日は毎日それを録画しているみたいだね」

 俺にとっちゃギャモティックギャラクシアー最終回の方がよっぽどニュースじゃい!


 この前芝川しばかわ 遊藍ゆらんと一緒にギャモティックギャラクシアーの熱き想いを聴かせてやった高代たかしろ 芽依子めいこはっ!

「あぁー遊藍と言ってたやつ? てかビデオデッキってあれっしょ? こーんなおっきな黒い円盤を入れたらテレビに映るやつ! うちにはないと思うけどなー」

 …………それはレーザーディスクだ。お前も帰れ。

(のぉーーー!! ダビング絶望的じゃねぇか……そんなっ……)

 これまで毎週欠かさず録画してきたギャモティックギャラクシアー。今日みたいに時間がずれてもしっかりタイマー調整して失敗しないままパーフェクトでり続けてきたんだぞ! ビデオテープにおこづかい使ったんだぞ!!

 それなのに……それなのに最終回だけ抜けてるとかそんなこと許されるわけなーーーい!!

「ってか遊藍はしてないの? それ」

(そうだ遊藍がいるじゃないか!!)

 灯台下暗し! 最後の頼みの綱神様仏様遊藍様っ!

 と、その時! ガラガラッと扉が開き、遊藍の姿が! セーラー服もトレードマークのポニーテールも、もちろん名札と校章も今日は一段と神々しく見える!!

「遊藍! おは」

「忠雪ー!!」

 おお遊藍がこっちに向かってきてくれている! そうだそうだよお前だけだよバックギャモンのよさをわかってくれるのは! さあ! 僕の胸に飛び込んでおいでっ!

「ぁ?」

 遊藍はちょっと息を切らしていたが、俺の前へやってくるなり背負っていたピンク色のナップザック(家庭の授業で作ったやつだなそれ)を床に下ろした。なんか硬い音がした。

「今日最終回でしょ! 『ダビング』させて!」

「……ん? えっ?」

 今なんつった??


 ※説明しよう! 『ダビング』とは、録画したビデオテープをさらに別のテープへ録画する作業のことである!


 教室に人生最大音量とも思われる忠雪ぃーが響き渡ったところで、銀色の遊藍ビデオデッキを囲んで俺たちは作戦会議に入った。

「なんでこんな大事な日に限って録ってないのよ!」

「録ってねぇんじゃねぇ! 録れねぇんだよ! そっちこそタイマー予約しとけよ!」

「電気の点検は全部の電気を落とすのよ! すぐ電気戻るって聞いたけど何分電源落ちるかわからないしそもそもまた録画続けてくれるかもわかんないのよ!?」

 電気会社買収してやろうかコンニャロッ!

「まーまー落ち着きなって」

 なぜか芽依子もいる。

「これが落ち着いてられっかっ!」

「あの~」

 右隣の愛乃がそーっと右手を挙げた。

「忠雪くんの家で、その遊藍ちゃんのビデオデッキを使って録画するのは……?」

(はっ!!)

「それだっ!! 遊藍部活終わったらうちに来い!」

「……それしかないわね。忠雪、正門で集合! 即ダッシュよ!」

「本気で走れよ!」

「あたしはいつでも本気よ!」

 俺と遊藍の後ろには炎がメラメラ燃えている。

「愛乃ちゃんはそのー、ばっくくらいみんぐはっくしょん? っての知ってるの?」

「うん。弟が観てるよ」

「あ、弟いたんだ。何年?」

「小学二年生」



 部活終了である四時半のチャイムが鳴った。

 俺はまだ中学二年生っていうこともあって部活人生は一年間ちょっとだ。でもその部活人生の中で最も早く片づけを済ませたと言い切れる。

 廊下は走るな? 人生には走らなきゃいけねぇときが、一分一秒の遅れも許されねぇ瞬間ってのがあんだよ!!

 F-1フォーミュラ・ワンのピットクルーもびっくりの完璧な靴履き替えをこなし、あまりに早すぎてまだ下校する生徒もほとんどいない正門までのストレートに出た。

(こっから見える限りでは、遊藍はまだいねぇな)

 遊藍のことを信頼していないわけではない。遊藍が遅いと思って片づけをなまけてこっちが遅れることの方が大問題だ。ベストを尽くすことに悪いことなんてない。

「忠雪ぃーっ!!」

「遊藍っ!」

 俺は振り返った。遊藍だ! やはり遊藍もベストを尽くしてくれていたんだな!

「今来たとこ?」

 走りながら遊藍と横に並んだ。

「ああっ! いくぞ遊藍! それ持ってやるよ!」

「いいの?」

「いいから寄越せ! 俺を信じろ!」

「う、うんっ。任せたよ!」

 俺はビデオデッキ情熱を焼き付ける装置が入ったナップザックを受け取り、両肩にひもを通し背負った。遊藍はセカバンのひもをリュック式にして背負っていた。俺もそれすりゃよかったかな……俺は左肩からひもを掛けて右手で取っ手を持って走るスタイルだ。

 そして俺たちは、正門を一緒に駆け抜けた。


 ポイントはあの信号だ。今は赤……ってことは俺たちが交差点に入るころには青になってそうだ。車はそんなに通っていない。

「忠雪疲れてない? 代わる?」

「漢にはな、疲れを通り越した先の勝利を手にする義務があんだよ!」

「忠雪はいろんなものを背負っているのね……疲れたら言いなさいよ!」

「そのセリフを吐くのは録画ボタンを押した後だぜ!」

 左見て右見て左斜め前を見て……車も止まり……

(青っ!)

 俺たちは横断歩道、いや横断走道に侵入した。


(あとは直線!)

 最後のホームストレートを爆走! さすがに肩や脚や腕やら痛くなってきたが、最終回は待っちゃくれない!

 遊藍もポニーテールをこれでもかってくらい揺らしながら顔を赤くして一生懸命走っている。

「いくぞ遊藍! ラストスパートっ!」

「おっけーっ!」


 そしてついに!

「おっし着いたぁー!」

「はあっ、はぁっ、や、やったわねっ……」

 ポストの中異常なし! こげ茶色のドア開ける!

「ただいま!」

「おじゃまします!」

「おかえりなさ~」

 そんなちんたらしたセリフ全部聞いてられっか! 俺たちは靴を乱暴に脱ぎ捨てて荷物をドカドカ置いた。その勢いのまま洗面台へ。

 蛇口ひねりせっけん召喚。

「あ、ちょっ」

「急げ! あーもうこうなりゃっ!」

「わ! ただっ、ちょっとおっ」

 遊藍ごとせっけんで手を洗った。腕もばんばん当たってる。さっと泡を流してそのまま歯磨きに使ってるコップを手に取り水を入れ口に含み

「わちょっ、も、もぅっ」

 半分水が残ってるコップを遊藍に押し付けながらぐちゅぐちゅぺーっ。すぐ右の壁に掛かっているタオルで手と口ふきふき。

「何分だ!? くそっ、ここに時計はねぇ! 先にデッキセットすんぞ!」

「ひゅはふあんぐっ、あ飲んじゃった!」

 俺が一足先に洗面台から離れた。


(四十二分! いけるっ!!)

「あらあら~今日はずいぶん騒がしいわねぇ~」

 惑わされるな! 落ち着け! 入力と出力の場所を間違えるな!

(ついてくれよぉ~……?)

 出力コンポジット端子にオーディオヴィジュアルケーブルおっけ! 電源ケーブルをコンセントに……おし! ウィウィーンガッシャン、遊藍デッキが動いた!!

「こんにちは! おじゃまします!」

「あらいらっしゃい遊藍ちゃん。今日も元気ねぇ」

 トタトタ遊藍がやってきて、俺の左に座った。肩が軽く当たった。

「おかげさまで! どう忠雪っ」

「デッキのチャンネル合わせてくれ! 俺は後ろの線をつなぐ! あとテレビテレビジョンもビデオ3な!」

「おっけー! 52、2、54、4…………」

 アンテナ線よし! テレビビデオ切り替えよし! もちろん電源よし! テープは最初から入ったまま!

「映った!」

 お馴染みのとうもろこしのコマーシャルメッセージだ。

「テープ一応確認するぞ!」

「うんっ。はいリモコンリモートコントローラー

 遊藍の手に触れながらリモコンを受け取り再生。こういうときのウィーンウィンウィンはもうちょっと速く動いてほしい!

 青い画面が映されて、デッキも経過時間がくるくる回ってるだけ。つまり何も入っていない!

 頭出し巻戻しボタンを押してテープを最初に巻き戻す。

「標準でいいのか?」

「うん! 遠慮なく標準で!」

 ぱかっとリモコンを右側から開けて標準・3倍モード切り替えボタンを押して標準モード確認!

 残り時間表示ボタンもあったから確認! 大丈夫だ、120分テープ余裕だぜ!

「録画ぁーーー!!」

 ちょっとへこんでるまるで日の丸なボタンをぽちっ。

『録画 56CHチャンネル 標準 00:00:01』

(くぅ~~~っ……!!)

「いぃーーーよっしゃあああああーーーーーっ!!」

「やったあ~! ってあ、たっ、ちょっ、ただゆっ」

「やったぜ遊藍ー! さんきゅーなー! これ今度ダビングさせてくれよな!」

「あ、う、うんっ、わかったからっ、こ、こらあっ……」

 俺は遊藍と抱き合って勝利の喜びを分ち合った!! 頭もぺんぺんした!

「りんごジュースよ~」

「よし遊藍ソファーに座れ!」

「う、うんっ」

 時刻は四時四十五分。テレビを観るときは部屋を明るくして離れて観ましょう!

「こ、この手は……?」

 俺は右手にりんごジュース、左手に盟友遊藍の手を強く強く握り、目を輝かせた。

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短編49話  数ある俺らの情熱のために駆け抜けろ 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

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