はしるの、すき
篠騎シオン
いっしょうけんめいおいかける
ぼくははしるのがだいすき
まいにち、まいにち、かいぬしさんにみまもられながらはしりこむ
ひろーいおにわを、いっしゅう、にしゅう、さんしゅう……
ほかのみんなは、そんなにはしってなんになるのとか
はしってるおまえなんてバカだっていってくるけど
ぼくはそうは思わない
だって、かいぬしさんはぼくがはしったらほめてくれる
それにぼくははしりこむだけじゃない
もっとすごいことだってできる
「とってこい」
かいぬしさんがしじをくれる
そうしてぼくはしじされたものをとってくる
これはぼくのおとくいの芸だ
ぼくがこのげいのなによりすきなのは、
はしりこみとちがって、とってきたあと、
「よくやったな、おまえはかしこい犬だ」
かいぬいしさんがそういってあたまをなでてくれるところ
あしもとにすわったぼくをわしゃわしゃとなでてくれる
これがきもちがよくて、自尊心がみたされる
ぼくってなんてできるいぬなんだろうって
ぼくはやればできるこだ
だからきょうも、かいぬしさんのしじにしたがってれんしゅうする
「いいこだ。こんどはあれをとってこい」
とおくになげられたやきゅうのボールをぼくはおいかけてはしる
そんな僕をみんながわらう
そんなことしても、しょうもなにももらえないのに
きんべんないぬだなぁ
もっとぶなんにいきていくすべをみつければいいのに
ばかいうな
くっちゃねくっちゃねだけして、どりょくしないおまえらになにがわかる
いぬにだってとれるしょうくらいあるやい
みんなしらないだけでばかにするなんてひどい
ぼくはそう思いながらボールをおいかける
そしてぼーるをくちでくわえると、よつんばいでかいぬしさんのところにもどる
くわえながらもどるのはすこしむずかしいけれど
れんしゅうしているうちに出来るようになったんだ
「よくできたな」
ぼーるをもってかえると、かいぬしさんがほめてくれる
ぼくはとってもみたされて、顔がだらりとしあわせでゆるむのがわかる
するとかいぬしさんはなんだかきゅうにふきげんになって、
じぶんのもっていたかばんをぶんなげた
そしてそのかばんは宙をとび、ぼくのがんめんにぶつかる
いたい
どうして
ぼくはちゃんとしじにしたがっていたのに
悲しみがからだをつきぬける
すこしおくれて、いたみがからだをおそう
もういたみなんて感じないとおもってた
おにわをよつんばいであるいて、たくさんの石や砂でてをきって、
だからいたみには慣れたとおもってた
でも違うみたい
かなしみで涙がぽろぽろこぼれる
ぱしゃり
そんなぼくを撮るスマホのおとがする
そしてとった張本人はにやにやしながらぼくにそのがぞうをみせようとしてきた
いや、やめて
ぼくはみたくない
それをみたらぼくは——
僕は、思い出さずにはいられなくなってしまう。
いやいやと頭をふる僕の首根っこを捕まえて、そいつは僕にその写真を見せる。
よつんばいで、顔を赤くはらし、目には涙をたくさん浮かべる
みじめないじめられっ子の姿。
人間ではなく、犬として扱われる哀れな生き物の姿。
「ほら、ポチ。いいもの見せてもらったんだから。喜べよ。感謝の言葉言えよ」
「ありがとう……ござ」
そこまで言って蹴られる。
「犬がっ、人間様の言葉を使うんじゃねぇ」
「ごめ」
ごんっ
またなぐられて、はっとする。
「……わん」
「そうだ、そうやってないてればいいんだよ」
ぼくは、ぼくは、
なんだかもうやるせない気持ちになって。
なんかもう、どうでもよくなって。
だから好きなことをすることにした。
すきなことははしること
ぼくははしるのだーいすき
「わんっ!」
そうないてぼくははしりだす
ぼくはいぬだもん
だからいつだってききわけがいいとはかぎらないんだ!
「おいポチ。どこ行くんだよ待てって」
かいぬしさんなんてもうきらい
ぼくはこれからすきなことするんだ!
ぼくはがっこうのおおきなおにわをぬけて
とにかく、はしってはしってはしって
でもだんだんとつかれてきて
よるになってきて
ぼくはみちばたのくさむらでまるくなる
さむいなぁとおもいながら、じぶんのからだをみると
きていたふくがぼろぼろになって
はだがみえていた
あれ、ぼくにはえていたはずのふさふさのけは?
いぬってけがはえてるものだよね
ふしぎにおもってぼくははだのでているところをしたでなめようとするけど
なんだかうまくとどかない
なんでだろう
ぼく、どうしてきゅうにうまくできなくなっちゃたんだろう
だからかいぬしさんもおこったのかな
だからなぐったのかな
そうおもいながらぼくはなく
ないてないて、ねむりにおちる
「おい、そこにだれかいるのか!」
びっくりしてめがさめる
だれかのこえがきこえる
そしておつきさまとおんなじくらい
いやそれいじょうにあかるいなにかをぼくはむけられた
みつかっちゃったか
「人……? 君、大丈夫かね!」
そういってちかづいてくるあたらしいにんげんさんにぼくはこたえる
「わんっ!」
ぼくはいぬだよって!
このあたらしいかいぬしさんはやさしいといいな、とおもいながら
はしるの、すき 篠騎シオン @sion
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