テンポキープの苦手なベーシストとドラムの物語

秋山機竜

走るは走るでも、人生で走るってなーんだ?

 現代において、音楽といえば、DTMとダンスミュージックが浮かんでくるだろう。


 DTMは、デスクトップミュージックの略称だ。パソコン上で作曲して、そのままオンラインにアップロードできる。


 ダンスミュージックは、ダンスで音楽性を表現する。ストリートのパフォーマンスや、クラブハウスのイベントで有名だ。


 この二種類が有名であって、かつての時代を席捲した『バンド形式のロック音楽』なんて、もはや斜陽産業と化していた。


 だが、ここにいる二人の少年は、あえてバンドでロックをやっていた。


 今日だって絶賛練習中だった。


「おい丹野、なんでお前はいつも走るんだよ!」


 ベース担当の少年、間山が怒った。


「こんなの走ったうちに入らねーんだよ。むしろ、間山がモタってるんじゃねーのか?」


 ドラム担当の少年、丹野は怒鳴り返した。


 ちなみに音楽において【走る】とは、テンポキープに失敗して、ひたすら演奏が早くなってしまうことだ。


 それの正反対が【モタる】である。


 なんで二人が、こんなに白熱しているかといえば、来週に本番があるからだった。

 

 ちなみに、他のバンドメンバーは、疲れて先に帰った。だがしかし、間山と丹野は、最後の最後まで気を抜くつもりがなかった。


「いいからテンポキープしてくれよ。お前ドラムだろうが」


 ベースの間山は、やっぱり怒っていた。


「ドラムである前に、ひとりのバンドマンだっつーの」


 ドラムの丹野は、あっかんべーっと断った。


「意味わかんねーよ」


「いやわかれよ。その場のテンションで、ここのフレーズは早い方が、マジでかっこいいってことあるだろ?」


「もうお前ドラムやめろや」


「なんだとこのヤロー!」


 こんな調子で、彼らの所属するバンドは、本番を迎えることになった。


 ● ● ● ● ● ●


 ベースの間山は、かなり気合が入っていた。


「お客さん、ちょっと少ないけど、でも俺たちの勢いは止まらないから」


 ドラムの丹野も、やはり気合が入っていた。


「やってやろうじゃねぇか。なにがDTMだ。なにがダンスミュージックだ。ライブの生演奏のほうが、スゲーに決まってんだろうが」


 こうして彼らのバンドの演奏が始まった。


 激しい演奏だった。若さが爆発して、青さが炸裂して、勢いがあった。


 だが、お客さんたちは、あんまり盛り上がっていなかった。


 なぜならば、間山のベースも、丹野ドラムも、バカみたいに走りまくっていて、縦のリズムがまったく合っていなかったからだ。


 こうして彼らのバンドは、完全なる失敗により、めでたくライブハウスを出禁となった。


 演奏終了後。バンドリーダーであるボーカルが、間山と丹野に告げた。


「おまえらクビ」


 ● ● ● ● ● ●


 ここだけの話、間山と丹野は、いくつものバンドをクビになってきた問題児であった。


 二人とも、ついテンションが上がりすぎてしまって、テンポキープを放棄。そのままひたすら走り続けて、バンドとしての演奏を壊してしまう。


 悪気はないのだ。ただ気合が入りすぎているだけで。


「なぁ丹野。なんで俺たち、テンポキープできないんだろ……」


 間山は、ベースを抱きしめながら、るるるーっと嘆いた。


「テンションあげすぎなんだろうさ……」


 丹野は、ドラムスティックをお手玉みたいに扱いながら、ぷへーっと落ち込んだ。


「はぁ……なんでライブってのは、あんなに気持ちよくなるのかなぁ。セックスもさぁ、あれぐらい気持ちいいのかなぁ。俺童貞だからわかんないや」


「バカなこといってる場合かよ。オレたちこのままだと、全部のバンドをクビになったバカとして、伝説になっちまうよ」


「その伝説はイヤだ。もっとかっこいい伝説を残したい」


「いっそ逆の発想って勝負するってどうだ? オレたちがメンバーを募集して、とんでもねー曲つくって、勝負するんだよ」


「よし、それでいこう!」


 ● ● ● ● ● ●


 間山と丹野は、バンドメンバーを探した。


 だが、かなり難航した。間山と丹野は、悪い意味で有名人なので、あらゆるバンドマンに無視されたのだ。


 それでも二人は、めげなかった。えり好みをせずに、仲間になってくれそうなメンバーを探した。


 そしてついに見つかった。


 DTMマニアの真面目くんと、ダンサー志望のちゃらい女子だった。


 あれだけDTMとダンスミュージックに対抗意識を持っていたのに、仲間になってくれたのは、彼らだけだったのだ。


 間山と丹野は、ちょっとだけ落ち込んだ。でも、発想の転換が生まれた。


「……いや、待てよ、むしろライバルが仲間になる展開と考えたら、熱いのかもしれない!」


 こうして二人は元気を取り戻して、ふたたび活動を開始した。この四人で天下を取るために。


 とんでもない熱を込めて曲を作り、とんでもない勢いで練習して、ついにライブ当日を迎えた。


 だが本番直前、いろいろな意味で異変が起きた。


 真面目くんと、ちゃらい女子が、薬指を見せながら、こういったのだ。


「来月結婚するんだ。ありがとう、間山くんと丹野くん。君たちのおかげで、僕たちは出会えたんだよ」


 間山と丹野は、目をぱちくりした。


「お前らの人生、走りすぎじゃね?」

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テンポキープの苦手なベーシストとドラムの物語 秋山機竜 @akiryu

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