男は止まる、少女は止まらない
狼二世
仮想に仮想を重ねて
彼に物語を作る才能は無かった。
けれど、彼には『存在』を生み出す才能はあった。
――後に、人々は彼に名を与える。『プロデューサー』と。
◆◆◆
彼は、世界でもっとも魅力的な存在を知っていた。
無機質な瞳に清潔すぎる肌、そしてフリルが満載の黒いドレス。それは、作り物の少女。アンドロイドの女の子。
だが、まだ彼の想像の中にしか存在しない。
時代はまだ二十一世紀。せいぜいお掃除用のロボットを作るくらいの技術しかない世界では、生み出すことも出来ない存在だった。
――どうすれば、この魅力的な少女を皆に知ってもらえるだろうか。
――どうすれば、この少女を『生み出す』ことが出来る?
実際に人造生命体を生み出せれば早いけれど、そんな技術は何世紀も経たなければ生み出せないし、錬金術は何世紀も前に廃れている。
物語にする? しっくりとこない。
目の前に生み出すことは出来なくても、仮想空間ではどうだろう。仮想空間で生きている存在を生み出せないだろうか。
ありったけの資料をかき集め、寝る間も惜しんで勉強をした。
そうして生み出したのは少女の3Dモデルと小さな仮想空間。
試しに、作り出した仮想の世界に彼だけが知る少女を走らせる。
まだ足りない。そこに存在するには、何かがまだ足りなかった。
ぼやけた答えは手のひらからすり抜けて、輪郭さえもつかめない。
答えを探して歩いても、確かなものは何も見つからない。
半ば自棄になって、パソコンを開く。ちょうど3Dモデル講座の動画を開いていた。
関連付けられたおススメ動画――そこには、名も知らない少女が笑っている。
3Dモデルの少女――それが、リアルタイムで話し続けている。
チャンネル名は少女の名前。『仮想』の少女が動画を投稿していると言う内容だった。
そう、『存在』して自分たちの世界にアクセスしていたのだ。
男は、頭から足先まで電流が走ったような衝撃を受けた。
――これなら、足りないものを補える。
その日から、走り続ける日がはじまった。
◆◆◆
アンドロイドの少女がデビューをする。
アンドロイドの少女、と言う『設定』の配信者が動画サイトでデビューをする。
そこに在るのは3Dモデルだけ。声は合成音声。動かしているのは一人の狂人。
それでも、少女は存在を主張する。
語るのは自分が存在する世界。
こことは少し違う未来の、自分たち人工の存在が生きている世界のこと。
自分がなんであるか――兵器として生み出されたアンドロイドであること。
自分はどこに生きているのか――月と地球とで戦争が起こった世界のこと。
自分たちは、どこに向かうのか――
リアルタイムで投稿されるメッセージに応えて、時には自分も発信する。
流行りの漫画やよもやよもやの小さな話題。日常を埋めていく。
最初は、ほんの数人しか話を聞いていなかった。
嘘っぱちだと言う人も居た。だけど、存在は存在を主張し続ける。
一人、また一人と話を聞いてくれる人が増えた。
百人を超える頃、同じように仮想世界で生きる仲間が増えた。
二十一世紀のゲームをやるために未来からやってきた未来人や、どう聞いても男の声で話す獣人――一緒に走る仲間は増えていった。
みんな、自分の中に理想の存在を持っていて、理想の世界を創り出すために足掻いている。
仲間が増えるたびに世界は重なって大きくなる。そして、また別の世界へ接触する。
その接触が、幸運であるとは限らない。
誰かが言った。『そのアンドロイドの少女は偽物だ』『なぜなら、裏で動かしている人間がいるじゃないか』
彼は答えた。
「自分は少女をこの場所に連れて来た『プロデューサー』で、少女は自分の隣に居ると」
否定する人も居れば、肯定する人も居た。
すべての人を巻き込んで、彼は走り続けた。
◆◆◆
世界が大きくなるにつれて、相対的に個人個人は小さくなっていった。
誰にも見つけられず、消えていく人も居た。
時間が流れるにつれて、存在を維持することも難しくなっていった。
お金、仕事、様々な理由で仲間たちが消えていく。
卒業、引退。いろんな言葉で表しても、聞いた時に胸に突き刺さる痛みは変わらない。
たとえ世界が仮想的な存在でも、肉体が3Dでも、その痛みは本物で――『存在』が確かにあった。
「いつまで、続けるんだい?」
誰かが言った。
この世界が、いつまでもつか分からない。
情熱だけ活動できる人はいない。お金が無くなる。仕事に生かせない。
だから、自分はもっと堅実な道を選ぶ、と。
プロデューサーは否定しない。だけど、止まることも選ばなかった。
世界で一番素敵な存在を知っているのは自分だから。
自分が止まってしまえば、少女も止まってしまう。
それが間違っていない。
気が付けば、自分の後ろには沢山の別れ道。その先で、仲間たちは歩いている。
前を振り返ると、また走っていく。
――立ち止まってしまえば、きっと全部終わってしまうから。
「辛くないかい?」
影法師は問いかける。
「辛いけど、まだ走れるから」
それでもまだ、止まらない。走って走って走り続けて――
プロデューサーが止まったのは、その心臓が動きを止めた時だった。
◆◆◆
日本の片隅。小さな墓地に、小さな墓がある。プロデューサーと呼ばれた男の墓が残っている。
だが、プロデューサーが生み出し、存在を主張し続けたアンドロイドに墓はない。
――まだ、生きているのだから。
都会の真ん中。ガラス張りのビルの大型ビジョンの中で、アンドロイドの少女――男が生み出し物よりもはるかに精巧なモデルが笑っていた。流行りの商品を手にもって、相変わらずの合成音声で紹介している。
まだ、プロデューサーが作り出したアンドロイドの少女は仮想世界で生きている。
プロデューサーの走る姿を見た人間が、彼とは別の形で少女と向き合っている。
プロデューサーと呼ばれた男は死によって歩みを止めた。
けれど、プロデューサーが生み出した存在はまだ走り続けている。
人は言う。
彼に物語を作る才能は無かった。
けれど、彼には『存在』を生み出す才能はあった。
彼が生み出した少女はいつか自分の足で走りだし、走った道が物語になった。
それは、まだ続いている。
《了》
男は止まる、少女は止まらない 狼二世 @ookaminisei
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