ストーカー女が陸上部エースのせいで逃げられない

しゃけ式

ストーカー女が陸上部エースのせいで逃げられない

 制服の俺は全力疾走していた。それはもうさながら化け物から逃げるがごとく。


 ……そして追いかけるのは、同じく制服だが明らかに走りにくそうなスカートの女子。


 だと言うのに。


 だと言うのに!!!


「お前マジ速すぎんだろ!? 初めは二十メートルはあったよな!?」

「残り五メートル……!」

「速い速い怖い速い!!!」


 バッと(俺にしては)華麗なコーナリングを決めるが、そんな俺よりも俊敏な動きでカーブをかましてブレザーを掴まれる。今日も俺の負けだ。


「はぁ、はぁ、陸上部が本気出すなよ……!」

「だってあなたが逃げるんだもん!」

「全力で追いかけられたら逃げるのは当然だろ!?」


 高校一年生から数えて都合二年。高三になっても放課後になったら爆速で俺を追いかけて来るのは、うちの高校の女子陸上部を支えるエース。ストーカーに一番与えたらダメなものは足の速さだと思う。


 ……そんなストーカーは、俺を捕まえた安心感からか気を抜いて伸びをしている。


 逃げるならここだ。


「じゃあなストーカー!」

「あっ逃げた!」


 再び逃走を図る俺をアイツは自慢の健脚で追いかけてくる。十メートルあった距離はぐんぐん縮まっていく。


「どうせ捕まるんだから観念して止まったらー! あ、もしかしてビーチで追いかけっこってシチュエーションに憧れてる? それならそうと言ってよ恥ずかしがり屋さん! おちゃめなんだからぁ!」

「てかお前っ、何で走りながらっ、はあっ、そんな饒舌に話せんだよっ!?」

「あたし中学まではカバディやってたの!」

「なるほどな!!!」


 だからコーナリングも上手いんだなコイツ! 最近カバディのマンガ読んだから知ってるぞ!


 それから一分後、二度目の逃走もあえなく捕まった俺は電柱にもたれた。何で毎日こんなことをしなきゃならないんだよ……。


「俺もう部活やめて速攻家に帰ろうかな……」

「料理部だっけ。あなたが主夫になるならあたし頑張って働くからね!」

「何で結婚する前提なんだよ……」


 ……本当、女子よりも足の遅い俺なんかのどこが良いんだか。好かれることなんてあったっけな。


「今あたしの愛を疑ったでしょ」

「何でわかるんだよ」

「あたしと初めて出会ったあの日、覚えてる?」

「はぁ? そりゃお前が帰り道に爆速で追いかけてきた時だろ?」

「ううん。もっと前。あれはあたし達が入学する三日前のこと……」

「何勝手に語り出そうとしてるんだ」

「桜がもうすぐ咲くねってその頃の彼氏と話してたの」

「え? 彼氏いたの?」


 べべ別に動揺なんかしてないけど? たかが中学生の頃の話だし? てか俺別にコイツのことなんか何とも思ってないけど?


「ベタな始まりだよね。あたしのカバンがひったくられてさ。ビビって逃げ出した元彼とは違って、あなたは真っ先に追いかけてくれたの」

「それはともかく彼氏いたの?」

「結局そのひったくり犯は勝手に転んで取り押さえられて、あなたの全力疾走は無駄になったんだけど、それでも嬉しかったんだ。あたしが走った方が速かったとしてもね」

「ちょくちょく俺を攻撃するのは何で?」

「……そのことを思い出しながら恥ずかしそうににんじんを買う姿、今でも思い出しちゃうよ」

「その頃からストーカーしてたのかよ!?」


 晩御飯のおつかいの話だろそれ!? 確かに周りに「あの子、頑張ってたけど足遅いのねぇ……」とか言われて恥ずかしがってたけどな!?


「ともかく、それがあなたを好きになったきっかけ。同じ高校だって知った時は嬉しかったなぁ」

「……まあ良いや。とりあえず理解はしたよ」


 黒歴史として記憶の闇に葬っていた出来事が元凶。だからコイツのことをすぐに思い出せなかったのも、それで納得は出来る。


 だけど、それだけで本当に好きになるのか。不安とも言い換えられそうなもやもやした感情が胸をよぎった。


「だったらもう気にしなくて良い。あの時の俺は何も出来なかったし、好きになってもらえるだけの理由はどこにも無い」

「あ、ちなみに彼氏の話は嘘だよ。嫉妬してくれるかなって思って」

「嘘かよ!? 今シリアスな感じになったのにツッコませんなよ!?」

「ねえねえ、嫉妬した? 嫉妬したよね?」

「したようるせえな!」

「もー、つれないんだから……。……って、あれ? 今嫉妬したって言った?」


 目をまんまるにして聞き返される。俺は照れ臭くなって目を逸らした。


 ……そりゃするんじゃねえの!? 今まで俺一筋みたいな行動ってか正真正銘ストーカーをしてるヤツに昔彼氏がいたとかさ! 俺のことだけが好きじゃなかったんだ的な!?


「にやり」

「口に出すなよ」

「だってそれってあたしのことが大大大好きってことでしょ! 何だもう言ってくれたら結婚するのに! ほら婚姻届け!」

「何でそんなん持ってるんだよ! ……って何で保証人に俺の母さんの名前があるんだ!?」

「うふ、嫁姑関係は良好です♡」


 コイツ怖いよ……てか母さんも勝手に証人になるなって……俺まだ十八だよ……?


「ということで、これからよろしくね? 旦那様!」

「お前それ絶対学校で言うなよ」

「えー、旦那様にまとわりつく女全員に知らしめたいー」

「ゾウより重い女だなお前……」

「ゾウって時速四十キロで走れるらしいよ」

「知らんわそんなん」


 こんなゾウ女でも学校では一目置かれる憧れの女子だ。訳の分からんことをされたら俺が男子に何されるかわからん。


「……俺とお前は恋人。まずはそれで良いよな」

「カバディカバディカバディ……」

「えぇなにこわい」

「あ、ご、ごめんね! あたし嬉しくなるとカバディカバディって言っちゃう癖があって! 初体験の時とかカバディカバディ言っちゃうかもだけど気にしないでね!」


 気にしないわけないだろ何言ってんだコイツ。めちゃくちゃ嫌だわそんなん。


 ……まあ、だからと言って嫌いにはならないんだけど。


「あ、そう言えば何であたしと付き合ってくれるの? ストックホルム症候群?」

「自分で言うなよストーカー加害者。……まあその、何だ」


 何となく頬が熱くなる。鼓動が早くなったのがわかった。


 ……コイツはよく自分から好き好き言えたな。今にも心臓が口から飛び出そうだ。


「……足が速かったから」

「へ?」

「だから、足が速かったから! 俺が足遅いのは知ってるだろ!? その分人一倍足が速いヤツに憧れんの! 小学生の頃好きな子より足が遅いせいで振られて、それでも忘れられなかったのが気付いたら俺の好みになってたってだけ! はい終わり!」

「そ、そんな理由……そっか……うん……」

「な、何か俺変なこと言ったか!? 足の速いヤツがモテるのは鉄板だろ!?」

「……うん。そうだね。そのおかげで付き合えるんだもんね」

「何なんだよ!?」


 足速いとか超カッコイイだろ! だって足速いんだぜ!? 速いって凄ぇじゃん!


「これからもっと好きになってもらうからね。絶対」

「ボ、ボルトより速くなるってことか……?」

「違うもん! バカ!」


 頬を膨らませながらふんと顔を背けられる。本当によく分からないヤツだな、コイツは……。


「……今から役所にコレ届けてくる。ハンコももう押してもらってるから」

「待て待て落ち着け何言ってるのかわかってんのかお前!?」

「これからよろしくね! バカ旦那様!!!」

「待てって言ってんだろ!?」


 爆速で走り出した嫁(仮)を俺は全力疾走で追いかける。


 いつもとは構図が逆。ストーキングされてる俺が追いかけ、してる方が逃げる。


 ……まあ、たまにはこういう日があっても良いか。


 俺は精一杯アスファルトを蹴りながら、そんなことを思ったのだった。

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