サイコ×メタル=ランナー
高梨蒼
プロローグ:闇を駆ける翠
月が、綺麗だ。雲もビルも数えるほどしかない夜空に、まんまるとした月が輝いている。
俺はその月をちらと見るだけに留めて、次の着地点に意識を向ける。さん、に、着地! 即、屋上の対角線へ!
加速度と不釣り合いなほど軽い、金属製の防具が擦れる微かな音と不自然なネオングリーンの閃光だけを残し、俺はすぐに駆けだす。立ち止まることはエネルギーのロスであり、時間のロスであり、そもそも命のロス――自殺行為である。脚を止めれば加速度がそのまま身体への負担に変換され、科学技術の極致たるアクションアーマーと思念技能の極致たる念動力で身を護っていたところで、無事では済まない。
それに、そもそも止まっていたくない。
前方に二人、後方に二人いる。そろそろ仕掛けでもしないといけない――が、どうしたって高揚が勝る。
春の夜だ。静かな夜だ。真っ暗な夜だ。そんな夜空を、俺は――もとい、同じレースに出ている五人が独占している。野良試合だからこそだ。専用のステージを用意されたり、市街戦でも観客が集う公式戦ではこうはいかない。
脚と腰を中心に設えたアクションアーマーは身体に馴染み、垂直なビルの壁を、アンテナの先端の数ミリを、過たず踏みしめて力を伝える。
熱を帯びる肉体、それをさらに深い層からじわじわと刺激してくるような精神の脈動は念動力の薄い膜になって、全身を護り、また強く動かす。
生身では扱えない力と速さが、今はただそういうもの、初めから備わっていたかのように感じられる。春風に逆らう爆発的な加速も、壁を踏みしめる足元の念動力も、一瞬の着地にふらつかない重量も、チェックポイントに触れる長い腕――もとい、腕型のテレキネシスも、全てが異質なのに、この一瞬だけは陶酔と狂乱と共に、奇妙な納得と安心がある。
「『流れ星』ってさ、そんなに好きじゃないんだ」
「はぁ?」
「あ、ううん。名前の話」
文字通りのランナーズハイ。渾然一体となった世界の遠くから声が聞こえる。いつかの会話が天啓めいて蘇る。
「『流れる』ってさ、なんだかフビンじゃない」
「不憫? って、どういう」
「うん。星そのものが、そうなりたいかどうか関係ないって感じ」
彼女以外の全てが欠落した記憶。彼女だけが確かな輪郭を持つ記憶。あいつは伸ばし始めた髪をくるりと弄りながら知った風な口を利いて、口調と真逆に寂しげな顔をしていた。流れ星に頼りたいのは自分だろうに、他人の心配をしていた。
「じゃあ、何ならいいんだよ」
「そうだねぇ……」
彼女は病院の窓から、空を見上げていた。俺が面会に行けたということは、恐らくは晴れた昼なのだけれど、俺は彼女の横顔だけを見ていた。
「走り星。星が、自分の意志でばーって光って走るの」
にまり、したり顔の彼女の横顔だけを、見ていた。
「いいんじゃねぇの」
かつて数拍遅れてそう言った俺は、今、文字通り夜空を駆けまわっている。念と装は相乗効果は翠の軌跡を描き、大きく跳ねればそれこそ流れ星に見えるだろう。
けれど、俺は流れ星ではない。無理、無謀、すべて踏み越えていく星。命を削るだけでは終わらない星。彼女を救い、俺を救う、ただ二人のための走り星。
前方に二人。後方に二人。レースは終盤。ばちり、心と脚に火花が散る。
サイコ×メタル=ランナー 高梨蒼 @A01_Takanash1
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