スタートライン

南木

スタートライン

 ねぇ、覚えてる?

 あなたがまだ小さかった時のこと――――



 小学校に入学する前から

 あなたはいつも私の後ろを追いかけてきたよね


 私もあなたも同い年なのに

 あなたは私のことを

 「おねえちゃん、おねえちゃん」

 って呼びながらついてきたよね

 きっと、それくらい私が頼りになる女の子に見えたってことかしら


 …………なんてね



 小学生になっても、あなたはずっと私の後を追いかけてきたよね


 なんせ家がすぐ近くだったから

 帰る方向も一緒

 クラスが違う学年だった時も

 何かと一緒に帰ろうとしてきたよね

 私はそれがちょっと嫌で

 逃げるように駆け足で家に帰った


 あなたは私を追いかけるけど

 私の方がずっと足が速くて

 結局追いつけなかった


 そのおかげか分らないけど

 私は50m走や100m走でいつも学年一番の記録で

 陸上競技会でも県内優勝を勝ち取った


 あなたの成績は平凡で

 会場の応援席で見てることしかできなくて

 1番にゴールテープを切る私を複雑そうな目で見ていたのを

 今でもよく覚えてるわ



 中学生になって

 私は真っ先に陸上部に入部した


 あなたも当然のように同じ中学に入って

 私を追いかけるように陸上部に入部したよね


 私が短距離走のエースとして1年からずっと活躍していたけど

 あなたは中学でもやっぱり成績が平凡で

 大会に一度も出ることができなかったね


 それでもあなたは

 私を追いかけることだけはやめてくれなかった


 私が部活で夜遅くまで残っていれば

 あなたも練習やら雑用やら理由をつけて残ってたし

 休み時間でもなれなれしく話しかけようとして

 私はいつも逃げてた


 あの頃だけかな…………

 私が心の底からあなたが嫌いだと思っていたのは

 いくら幼馴染でもいい加減しつこいって思って

 一時期は顔も見たくなかったわ



 高校生になっても結局あなたは私を追いかけてきて

 同じ学校に入った


 この頃になってあなたもやっと落ち着いたのか

 休み時間も、放課後も、追いかけてこなくなった

 

 けど

 私が陸上部に入ると

 あなたも陸上部に入った。

 あなたはただ純粋に走ることが好きだからって言ってたけど

 私はそれを信じなかった


 さすがに高校の部活になると

 レベルが高い同級生が何人もいて

 私もエースの座をつかむのに精いっぱいだった


 それでも私は毎日走って

 走って

 走って

 短距離の代表選手の座をつかみ取った




 ところがあなたは

 私が練習に没頭している間に

 長距離走の選手に転向してた


 それも、部活の監督から「数十年に一度の逸材だ」なんて言われていたのを

 私はよく覚えてる


 あなたも私を追いかけているうちに

 走るための持久力と

 諦めない精神を身に着けていたんだね


 中学の時は私と同じでずっと短距離を走っていたから気が付かなかったけれど

 あなたは長距離に転向してから

 今まで使っていなかった才能が一気に開花していた


 3000m走と5000m走で高校生の日本記録を塗り替えて

 1年生のうち駅伝に出場して

 テレビに映る中でとても楽しそうに先頭を走っていたよね



 私はずっと追いかけられると思っていたのに

 気が付けば

 君は私を追い越していた


 君はすっかり人気者になって

 女の子にもモテモテになっていた


 校舎裏でラブレターを受け取っていた時の

 鼻の下を伸ばしたあなたの顔は

 今思い出すだけでも殴りたくなるわ


 それ以外でも

 あなたは勉強もできたし

 友達も私より多かったし

 賞状もたくさんもらっていたし


 私がいくら頑張っても追いつけないことが

 たくさん たくさんあった


 今度は私が追いかける番…………


 なのに

 私はとても追いつける気がしなかった


 走っても

 走っても

 あなたはもっと早く

 もっと遠くに行ってしまう気がして


 あなたが私に感じていたのは

 こんな悔しさだったのかと思うと

 胸がすごく痛くなった



 大学受験――――

 あなたはさらなる高みを目指すために

 名門大学の試験を受けた


 私もやけくそになって

 体を壊すくらい猛勉強して

 時にはあなたの家に押し掛けて

 無理やり勉強を教えてもらった




 私は第一志望……

 あなたが行こうとした大学の試験に私は落ちた


 それを知ったとき

 私はどうしたらいいかわからなくて

 家に帰る方向とは反対の方向に歩いて

 どこに向かうでもなく

 当てもなくさまよった


 第二志望には受かったけれど

 あなたと同じ大学に行けないってわかって

 とてもショックだった


 夜になって

 私が隣町の更に隣町まできたとき

 後ろからあなたが追いかけてきた


 私は反射的に逃げた

 短距離走エースの脚力を全力で使って

 私はどんどん逃げた


 けれども

 いくら逃げても

 あなたは追いかけてきて

 最後は息が切れた私に

 あなたはとうとう追いついてきた


 その時あなたは

 笑顔でこう言ったよね


「やった! やっと追いついた!」


 その言葉を聞いて

 私はいろいろと馬鹿らしくなって

 思わず笑ってその場にへたり込んじゃった


 でも

 あなたが私を探して

 夕方からいろいろな場所で聞き込みをしながら

 追いかけてきたって聞いて


 とてもうれしかった

 あなたの胸で泣いちゃうくらい

 すごくうれしかった



 そしてあなたは

 第一志望の大学を蹴って私と同じ大学に進んだ


 私があなたのチャンスをつぶしたと思うと申し訳なかったけれど

 あなたはこう言ってくれた


 「せっかく追いついたのに、離れ離れになるなんてまっぴらだ」


 まったく

 甘えん坊なのは昔から変わらないんだから



 ううん

 本当に甘えん坊だったのは私の方


 あなたにずっとずっと追いかけてきてほしかった

 追いかけてもらうために

 ずっとずっとあなたの先を走ってた


 子供みたいな競争はもうおしまい

 今日からあなたと私は二人三脚

 お互いに追うことも逃げることもしないで

 二人横に並んでスタートラインを切るの



 あなたのことを愛してる

 こんな私をあきらめないで追いかけてきてくれたあなたを――

 私はこれからもずっと愛し続けるから



 これからもずっと、覚えていてね

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