胡蝶の花かんむり
宮郷 雪亜
第1話
シロツメクサの香りがする。
どこまでも続く芝生の緑に純白を添えるように咲き誇っているシロツメクサの香りが風に運ばれてくる。
ぽかぽかとした春の陽気に照らされた白い花々を見ていると気分が高揚してくる。
シロツメクサはこの季節になるとはなちゃんが手ずから摘んでプレゼントしてくれるからこの世で1番好きな花になった。
芝生は歩を進める度ふかふかとした感触を足に与えてくれる。
お日様に向かって歩いていくと、段々と地面が緑色だけになっていく。
シロツメクサが無くなってつまらない景色になってしまった少し向こうに見慣れた後ろ姿があった。
はなちゃんだ。
白いワンピースの裾と黒いセミロングの髪を風に遊ばせて立っていた。
「はなちゃん!」
名前を呼びながら駆け寄っていくと彼女は驚いた顔をした。
「リコ?」
そうだよ!と返事をするといつもより何だか嬉しそうな顔をした。
嬉しくなって、もっと喜ばせたくなって立ち尽くしていた彼女の手を引いた。
「向こうにシロツメクサがあったんだ!一緒に行こ!」
はなちゃんの返事を聞かないままに、駆け出す。
途中、足がもつれそうになったけどそれでも走るのを止められなかった。
だって今すぐにでもあの景色を見て欲しいから!
夢中で走っていると先程の景色が帰ってきた。
「わぁぁ…!」
「綺麗でしょ!」
目を輝かせるはなちゃんについ得意になってしまう。
「うん!素敵ね!連れてきてくれてありがとう!」
そうだ!と言ってワンピースの裾が着くのも気にせずかがみ込んだはなちゃんはシロツメクサを摘みはじめた。
そしてそれを紡ぎ始めた。鼻歌交じりに。
「できた!リコ、目をつぶって!」
言われるままに目を閉じると頭になにかが乗っかる感覚と共にシロツメクサの優しい香りに包まれる。
「見て見て!」
言われるままに目を開ける。頭に手を伸ばそうとするとはなちゃんが1度被せたそれを手に取って見せてくれた。
「これはね、花かんむりって言うんだよ。お友達に作り方教えてもらったんだ!」
この景色のお礼と言ってもう一度被せてくれる。
「華!」
聞きなれた怒気を孕んだ大きな声が聞こえてくる。
「…ママだ。行かなくちゃ。またあとでね、リコ」
はなちゃんは立ち去ってしまった。
彼女が離れてしまうと、景色はいつものはなちゃんの部屋に切り替わる。
ドア越しでも分かるくらい大きな声で悲しい言葉が沢山聞こえてきた。
怒声に混じり、パチンッと何かを叩く音も聞こえてくる。
さっき花かんむりを被せてくれたはなちゃんの腕にはまた青い痣が増えていた気がする。
扉を強く開ける音と共にはなちゃんのママが入ってくる。
こちらを見ると真っ直ぐに進んできて、頭の花かんむりに手が伸びてくる。
嫌だ!やめて!そう言いたいけれど声も出ない。
「またこんなもの家に持ち込んで!もういい歳なのにいつまでもぬいぐるみ遊びばかり!」
花かんむりは易々と取られ、外に投げられてしまう。
何も出来ない、何も出来ない。
さっきのお花畑でできたみたいに、はなちゃんの手を取って走り出せたらいいのになぁ。
胡蝶の花かんむり 宮郷 雪亜 @yukia_11
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