応急処置の日常
結論から言うと手当はほとんど必要なかった。
今回のように綺麗に切断された場合は切断面をくっつけていればそのうち自然治癒でくっつき直して元通りになるらしい。吸血鬼というのは凄まじい生き物だ。
それでも傷口が不衛生だとそこから雑菌が入り込んで膿んだりすることはあるらしいのでくっつける前に洗浄と消毒はした。相当に痛いらしく、その作業の時だけは涙目だった。涙目の全というのは初めて見たかもしれない。
当て木をして固定させる形で切断面をくっつけ続けて、ひとまずの手当はひと段落した。作戦は無事成功したと言っていいだろう。それならまずはこの姿を元に戻してもらうべきか。
「名前、呼ぶ度に火傷してたの」
「たいした傷じゃない。すぐ治る」
「でも今までは煙なんて出てなかった。怪我すると煙出るんでしょ」
「弱ってると煙がよく出る。さっきは先に腕を飛ばされてたせいだな。今まではせいぜい口の中が煙だらけになる程度で、飲み込んでた」
そんな裏事情があったとは全く気が付かなかった。知らなかったとはいえ、自分のせいで何度も怪我をしていたのだ。申し訳ないと思う。だがそれで謝るのはどうだろう。頑なに呼ばないという選択肢だって全にはあったはずだ。そうせずに普通に呼ぶことを選んだのは全で、そこに罪悪感を抱くべきではないように思う。きっと全は今後も同じようにこの前を呼ぶのだろう。それを制限することはできない。
「そんなことよりも、良かったのか」
「……なにが?」
「俺が人間じゃないのははっきりしただろ。お前を食うために飼ってるって指摘は誇張があるが、根本的には間違ちゃいない。殺したりはしないが、血は欲しい。お前の意思は尊重するが」
じっと、首筋あたりを見つめられる。吸血鬼が吸血する時には首筋に噛み付くイメージがある。全もそうするんだろうか。
「血を吸われるのなんて嫌だって言ったらここにはいられない?」
「まあ、そうなる。俺に騙されてたってことにして今から退友会に転がり込んでもいいし、社会福祉で保護してもらうってのもいいんじゃないか」
「それは、そうしてほしがってるように聞こえる」
「そういうわけじゃない。ただ、お前の意思を確認する時間をあまり取ってなかった」
全が吸血鬼だとわかった時にも同じようなことを言われた。あの時はあまりに突飛な現実に混乱していたし、ここを離れるビジョンが全く浮かばなかった。それは今もたいして変わりはしないけれど、あの時よりはいくらか考えられるようになったと思う。
「どこにも行かない。血を吸うっていうのは……うん、ちょっと覚悟したいからもう少し待ってほしいけど、何か見返りをあげられるならそっちのほうが安心するし」
親族でもないのに俺を助けてくれて、育ててくれていることを感謝している。同時に申し訳なくもあったし、不安もあった。無償の愛なんて肉親であってもまやかしだ。それなのに他人にそんなものを見い出せなかった。だから見返りがあるからそうしているのだという方が納得できるし安心する。だから見返りを払うことに関しては異はなかった。
「どんな理由があったとしても、あの時助けてくれたのは貴方だからその恩を返すまでは近くにいたいよ」
ちょっとやそっとではこの恩は返せないだろう。だから許される限り長く、一緒にいたいと思う。
「そうか。それならいい」
薄く笑みを浮かべる。それきり全がこの話題を続ける様子はなかった。
「じゃ、戻すから着替えて来い」
今の服は女の身体でならぴったりだが男の身体では少しきついだろう。このまま戻せば服を駄目にしてしまうかもしれない。たしかに着替えてきた方がいいだろう。
踵を返して自室へと向かう。さっさと行って来いとばかりに手を振って送り出される。
方向を変える寸前に見えた口元は楽しげに弧を描いているように見えた。
叔父が養父で吸血鬼 朝倉歩夢 @asakurasiori
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