第9話 ハナちゃんがやって来た
桜の木が満開の花を咲かせました。桜の木のある空き地は、桜の木のあるカフェに生まれ変わりました。キッチンカーの前には大工の吾郎さんと息子さんの信介さんが屋根のある素敵なテラスを作ってくれたので、みんなは大喜びでした。
でも、カフェがオープンをしてもお客様はそれほど多くは来ませんでした。それは最初からわかっていたことです。だって、宣伝をしていませんからね。みんなの知り合いの人たちが来てくれるだけでよかったのです。何よりみんなで集まってワイワイガヤガヤしていることが楽しいのですから。それでも時々、子どもたちが遊びに来てくれます。今日は三智子さんの娘さんが保育園に通う日葵ちゃんとそのお友だちを連れてやってきました。
日葵ちゃんは少しだけお友だちとは違った行動にでてしまうことがあります。そのせいかなかなかお友だちができませんでした。それが、新しい保育園に通うようになってからは、お友だちと一緒に遊べるようになりました。それが嬉しくて、嬉しくて今日はそのお友だちを連れて、カフェに遊びに来たのです。
「お祖母ちゃん、ルルンおばさん、こんにちは」
「日葵ちゃん、こんにちは。挨拶ができて偉いわね」
ルルンおばさんはにこやかに言いました。お友だちは日葵ちゃんの後ろでモジモジしています。
「あのね、お友だちのハナちゃん」
日葵ちゃんは元気にお友だちを紹介しました。
「ハナちゃん、こんにちは」
ハナちゃんはまだモジモジしていましたが一転、棚の上のこざるのぬいぐるみのミミを見つけてとっても驚いています。
「ハナちゃん、どうしたの?」
ルルンおばさんが聞いても何も答えてはくれませんでした。それから日葵ちゃんたちは、カフェでフルーツジュースを飲んで帰っていきました。
「ハナちゃんって子、ミミを見て驚いていたわね。ねえ、ミミ、ハナちゃんのことを知っているの?」
ルルンおばさんはミミに話しかけました。ミミはお客様がいる時はお話ができません。ただのこざるのぬいぐるみになってしまうのです。
「うん、よくわからないの。私、この棚が大切なことはわかるのだけれど、それがどうしてなのか、覚えていないの。あの女の子のことも大切な人のはずなのに、覚えていなくて・・・」
ミミは今にも泣きだしそうでした。
次の日のことです。女の人が一人でカフェを訪れました。その人は入って来るなりミミのいる棚をジッと見つめています。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
ルルンおばさんが声をかけました。それでもその女の人には聞こえていないようです。しばらくの間じっとその棚を見つめていました。
「あっ、すみません。私・・・」
「この棚は、もしかしたらあなたの家にあったのではないですか?」
「はい」
小さな声でした。
「ハナちゃんのお母さん?」
「えっ、どうして?」
「昨日、ハナちゃんがミミを見てびっくりしていたから」
「どうしてミミの名前が・・・」
「棚に書いてありますよ」
それは本当でした。棚に描いてある絵には小さく薄い字で、ハナとミミって書いてあったのです。
それから、ハナちゃんのお母さんはルルンおばさんに話をしてくれました。
一年前のことです。ハナちゃんとお母さんは着の身着のままでハナちゃんのお父さんと三人で暮らしていたアパートを出ました。それはハナちゃんのお父さんがお酒を飲んで暴れるようになったからだそうです。夫の暴力から娘を守るために、ハナちゃんのお母さんは逃げ出したのです。
「この棚も、ハナが可愛がっていたぬいぐるみのミミも持ち出すことができませんでした。ハナのお迎えに保育園に行ったとき、今しかないと思って逃げてきました」
「それは、大変だったわね」
ルルンおばさんの優しい声に、ハナちゃんのお母さんは涙を流しました。
「でも、それがどうしてここにあるのでしょうか。夫はこの近くにいるのだとしたら、私たちはまた、逃げないと・・・」
「この棚や電化製品は、ここが空き地だった時に捨てられていたのよ。どういう経緯でそうなったのか、調べたほうが良さそうね」
ルルンおばさんは大工の吾郎さんにカフェに来てもらいました。ハナちゃんのお母さんから前に住んでいたアパートの住所を聞いて、お父さんがどうしているのか調べてもらうことになりました。
「知り合いの不動産会社に聞いてみるけれど、ちょっと遠いところだから難しいかもしれないな」
吾郎さんはそう言いながらも、張り切ってくれました。
ハナちゃんのお父さんのことはすぐにわかりました。ハナちゃんとお母さんが家を出て半年後にお父さんも引っ越しをしたそうです。家賃を滞納していて追い出されたというのが本当のことでした。荷物は全て業者に廃棄を依頼したそうです。その業者が悪徳業者で、三智子さんの土地に不法投棄をしたようだと、そこまでわかってきました。
「ただ、ハナちゃんのお父さんがどこに行ったのかは、誰も知らないようなのだ」
吾郎さんは言いました。
「この近くに住んでいたらどうしましょう」
ハナちゃんのお母さんは吾郎さんから話を聞いて、心配になりました。
「大丈夫よ。もし、そうだとしたら私たちで守ってあげるから」
その場には、ルルンおばさんと吾郎さんの他に、一子さんも次郎さんも志郎さんも三智子さんもいました。
「皆さん、ありがとうございます」
ハナちゃんのお母さんは深々と頭を下げました。
ルルンおばさんの日常 たかしま りえ @reafmoon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ルルンおばさんの日常の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます