走れT-72!少女達の戦車バイアスロン!!
冬和
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ラッパが高らかに鳴り響く。
軍装をした3人の少女達は、背後にあった戦車へと急いで乗り込んだ。
まるでシンバルのような砲塔を備えたその戦車の名は、T-72B3。
その車体は戦車らしからぬ青一色に塗られ、その主砲には上から紫・白・黒に塗られた三色旗が誇らしげに描かれている。
その隣には3台のT-72が並んでおり、それぞれ赤、黄、緑という派手なカラーで塗られている。
ここは、世界から集った戦車兵達が己の腕を競い合う世界競技、戦車バイアスロンの会場。
脇にある観客席は、間もなく始まる試合を前に、盛り上がりを見せていた。
エンジンが一斉にかかり、排気口から白い煙が出る。
砲塔右側の車長席に着く少女サラは、ハッチを閉めつつメンバーを確認する。
「みんな、準備いい?」
「行けるぜ、サラ!」
答えたのは、ちょうど左隣に座るボーイッシュな少女。砲手担当のレア。
にかっと笑いながら、サムズアップをして見せている。
「エンジン快調、行けるよ」
姿こそ見えないが冷静な声で答えたのは、クールな運転手ベッカ。
戦車の運転席は砲塔の中からは見えないが、戦車では普通の事。
「さあ、頼むわよT-72。今日はあなたが、私達スルーズ王国代表の戦車よ」
この試合のために、T-72は万全の状態に調整してある。
ならば、恐れるものは何もない。
故に、車内の雰囲気は良好だった。
「ベッカ。スタートダッシュ、しっかり決めてね」
「了解」
「大事な初戦だからな。しくじるなよ」
サラは視野が狭いキューポラから正面を見つつ、スタートの合図を待つ。
担当の係員が、白旗を上げている。
それが、勢いよく振られた。
スタート!
「全速前進!」
ベッカが声を上げた。
直後、エンジンをうならせながら、4台のT-72が一斉に駆け出した。
凄まじい土煙を上げながら、乗用車に負けない速度にまで加速していく。
T-72B3の最大速度は、時速70km。乗用車の法定速度とほとんど変わらない速さを叩き出せるのだ。
「行っけー行け行け行け行けベッカ! 追い付け追い越せベーッカ! あいてっ!」
右腕を上げてハイテンションに声援を送っていたレアが、激しい揺れで右手をぶつけた。
早くも差し掛かった小さな坂を勢いよく上がり、小さくジャンプしたのだ。
46tもの戦車が小さくジャンプする様は、迫力満点だ。もっとも、車内にいる少女達には、そんなものを楽しむ余裕などないのだが。
「あんまり喋ってると舌噛むわよ!」
「へーい。っつー、この戦車ほんと狭すぎだよな……!」
サラに注意されて、独りごちるレア。
その間も、T-72達はデッドヒートを展開しつつ、さまざまな道を通り抜けていく。
急カーブ。
狭く蛇行した道。
そして大きな段差は、速度を落としてゆっくりと乗り越える。
サラ達の青い車両は2位につけている。しかしトップの赤い車両がどうしても抜けない。
開催国たるロシア代表の車両。
さすがT-72の母国、とサラは感心する。T-72の扱いに関しては向こうの方が遥かに上だ。
「ベッカ、先頭について行ける?」
「……何とか」
「今はこのペースを維持しましょう。抜けるチャンスは必ず来るわ」
「了解」
とりあえずはついて行けている。
後ろを見ても、今の所抜かれる心配はなさそうだ。
この位置を保っていれば、勝機は必ずある。
しかし、これだけで終わらないのが戦車バイアスロン。
いよいよ、戦車だからこその関門が立ちはだかってきた。
射撃エリアだ。
あらかじめ指定されていた駐車場所に入ると、大きく前のめりになりながら急停車。
「降りて!」
ハッチを開けたサラは、他の2人共々一斉に飛び出す。
サラは早速、脇に置かれていた箱から、機関銃弾のベルトを取り出して引き返す。
そして、砲塔の上に設置されたNSVT機関銃に素早くセットした。
「がんばれサラ! 特訓の成果を見せてやれ!」
全員が車両に戻ると、サラはスライドを引いて機関銃を構える。
狙うは、ヘリコプターをイメージした、塔の上にあるターゲットだ。
このターゲットを撃てるのは1回だけ。無駄弾は打てない。
余計な事を考えず、静かに狙いを定める事に集中する。
だだん、と機関銃が火を噴く。
すると、ターゲットから白い煙が噴き出した。
命中!
次は、その脇にある別の低いターゲットを狙う。ジープをイメージしたものだ。
それもサラは冷静に狙い、命中させた。
「やったぜ!」
「さあ、行くわよ! もう先頭は先に行ってる!」
歓喜するレアをよそに、サラは砲塔内に戻りながら指示を出す。
青いT-72は、スイッチバックして再びレースに戻る。
時速65km越えの速度で、コースを駆けていく。
戦車らしからぬドリフトで急カーブを抜けると、正面に水辺エリアが見えた。
先頭の赤いT-72は、慎重にゆっくりと進んで水辺を抜けていく。
「ベッカ、一気に突っ込んで!」
「了解」
サラは好機と見た。
ここを一気に切り抜ければ、先頭との差を詰められる。
ベッカは指示通りに、時速65km越えの速度を保ったまま、T-72を水辺に突っ込ませた。
茶色い水しぶきが、激しく舞い上がる。
「うひょーっ! すっげえウォータースライダーだ!」
レアが叫んだ直後、問題が起きた。
水辺を抜けた直後、急にエンジンの音が鈍り、停車してしまったのだ。
「どうしたの!?」
「エンストした……! 水を吸っちゃったみたい……!」
ベッカの報告を聞いて、サラはハッチを開けて後ろを確認した。
排気口から、水が吹きこぼれている。
先程勢いよく水辺に飛び込んだせいで、思いきり水を被ってしまったらしい。
「ベッカ、落ち着いてエンジンをかけて」
「了解」
まずい。
最悪の場合、エンジンが壊れた可能性がある。そうなればリタイアだ。
エンジン再始動。
1回目。失敗。
2回目。失敗。
3回目。かかった。
青いT-72は再び動き出す。
「かかった」
「お、おいおい、抜かれちまったぞ! 後になってまたエンストとかやめろよ?」
「信じるしかないわ」
不安材料ができてしまった。
レースが終わるまで、エンジンが持つか。
しかも、手間取っている間に他の2両に抜かれ、あっという間に最下位に。
急がなくてはならない。
遂にコースを一周し、二周目に突入。
最下位から抜け出せないまま、今度は別の射撃エリアに入った。
指定の場所に車両を横付けすると、レアとベッカが降りて、置いてあった箱を開ける。
入っているのは主砲たる125mm砲の砲弾だ。
ベッカが手に取ると、それを砲塔脇に立つレアに渡し、さらに車内のサラへ渡すというリレーを展開。
アンカーたるサラの役目は、砲弾を自動装填装置にセットする事だ。
まず砲弾の本体、次に砲弾を飛ばすための装薬の順に装填装置のカルーセルにセット。
そしてスイッチを押すと、セットされた砲弾が床下に格納され、空いた別のカルーセルが顔を出す。
これを3回繰り返して、準備完了。
全員が車内に戻る。
「微速前進! レア、お願い!」
「おう、射撃なら任せろ!」
T-72はゆっくりと走り出す。
この射撃は、動きながらしなければならないのだ。もたもたしている時間はない。
砲塔がゆっくりと左へ動く。
自動装填装置が動き、砲弾と装薬を順番に主砲へ装填。
サラは正面にあるモニターで、戦車をイメージした大きなターゲットを捉えた。
スコープを覗き込むレアも、捉えているはずだ。
「最初のターゲット! 距離1790! よーく狙って! 撃てっ!」
どん、と車内が大きく揺れた。
125mm砲が火を噴いたのだ。
数秒後、砲弾がターゲットに風穴を開けたのが見えた。
「命中! 次!」
サラは次の砲撃を急かす。
自動装填装置が次の砲弾を主砲に込め、空薬莢を砲塔の後ろからぽん、と捨てる。
「撃てっ!」
二射目。
これもターゲットを貫いた。
この調子で三射目、と行きたい所だったが。
「あれ? あれ? 自動装填装置が動かねえ! 故障か!?」
またトラブル発生だ。
次の砲弾が、床下から出てきた所で止まってしまった。
こんな時に自動装填装置が故障。
「手動装填! 落ち着いて!」
サラはそう言い聞かせつつ、緊急用の手動ハンドルを回し、砲弾を持ってくる。
「大丈夫? 止まる?」
「速度はそのままよ、ベッカ!」
運転するベッカも不安がっている。
この間も戦車は動いているのだ。急がなくてはならない。
何とか位置に付け、砲弾を急いで手で込める。
準備よし。
「よし。レア、落ち着いて狙って──」
ようやく三射。
ターゲットに命中させる事はできたが、大分時間をロスしてしまった。
「全速前進!」
「了解! 飛ばすよ!」
不安を抱えたまま、T-72が加速する。
「ああああ終わったくせー!」
「まだあきらめちゃダメよ! 二周目なんだから!」
頭を抱えるレアの言い分ももっともだ。
大分3位との距離が開いてしまった。
ここから先、追い付けるビジョンが見えない。
だが、ここであきらめてはいけない。勝負は最後まで何が起こるかわからないのだ。
T-72は更に速度を増していき、最大速度の時速70kmに達する。
「飛ばせ飛ばせ飛ばせベッカー!」
レアが焦り出している。
急げ急げと願うのは、サラも同じ。
だが。
「減速して!」
目の前に急カーブ。
速度をつけたまま曲がるのは危険だ。
だが、その指示は少し遅かった。
十分な減速が間に合わず、T-72は勢いを保ったままドリフトターン。
遠心力で車体が左に傾く。
そして、車体が何かに引っかかった。
結果、天と地がひっくり返る。
「うわああああああああああ!」
「……みんな、大丈夫?」
「……何とか」
「生きてるぜ……」
車内で逆さ釣りとなってしまった3人。
T-72は、完全にひっくり返ってしまっていた。
これでは、助けが来るまで出る事もできない。
「ごめん、運転ミスった……」
「ああくそーっ! やっぱ即興でT-72乗るよりいつものメルカバの方がよかったーっ!」
謝るベッカに、負け惜しみを叫ぶレア。
「負け惜しみはみっともないわよ」
しかし、何を言おうと負けは負けだ。
はあ、とため息をつくサラ。
こうして、3人の戦車バイアスロンは終わったのだった。
走れT-72!少女達の戦車バイアスロン!! 冬和 @flicker
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