雷光 サンダー・ライト

白川津 中々

 ランニング禁止法が施行され一年が過ぎた。


「おいお前! 今走っただろ! 逮捕だ!」


「すみません! 許してください! 妻が今病院で出産を控えてるんです!」


「犯罪者に人権はない! 貴様の家族諸共裁判なしで禁固20年だ! せいぜい償うのだな!」



 連行される男。ご覧の通り日本は警察権力の暴走により全土強権が敷かれていた。嘆かわしや法曹界隈。テミスも星屑の影から泣いていよう。


 しかし善良なる市民は公僕の邪智暴虐に虐げられているばかりではなかった。世紀稀に見る悪法に対して組織されたレジスタンス『ランナーズハイ』は、国立競技場地下本部においていよいよ最終兵器を生み出すに至る。


「極致電流オン! 培養液内ミトコンドリア活性化! 血色良好! 脳波あり!」


「筋繊維の様子は?」


「まったくもって健康健全! すこぶるマッシブです!」


 培養液が満ちたカプセルに入っている男を我らは知っている。いや、忘れるはずもない。2400年名古屋オリンピックのヒーロー。サンダー・ライト。その人である。


「サンダー! 意識があります! 培養液を排出しますか!?」


「培養液排出!」


「了解! 培養液排出!」


 カプセルから培養液が勢いよく飛び出すと、サンダーの、その逞しく屈強な肉体が露わとなった。はち切れんばかりの筋肉はまさに現役そのものの輝き。芸術的運動器官である。

 しかしサンダーが何故ここにいるのか。名古屋オリンピック閉幕直後、サンダーは確かに事故死した。不運にも東⛰動物園から脱走したシベリアタイガーに致命傷を負わされ息絶えたのだ。東京にいる事も生きている事も全てが不可解。合点のいかぬでき事。だが、聡明な諸兄らにおいては既にお察しであろう。このサンダー。実はランナーズハイの作り出したクローンである。ランナーズハイに所属するシャバーニ博士は生命科学の第一人者にしてマッドサイエンティスト。彼の力により、髪の毛からサンダークローンが生成されたのだ。



「どうもはじめまして。サンダー君。記憶の移行は問題ないかね?」


 サンダーの脳メモリは死後即座にバックアップが取られていたのだが、ランナーズハイはそのコピーを秘密裏に入手し、既にクローンの脳にアップロードをしていた。


「……あぁ。タイガーに喰われた痛みも、はっきりと残っている」


「結構。では、それ以降、世界に何が起こったかを話そう。立ち話もなんだ。私の研究室へ行こうか」


 シャバーニ博士はサンダーに歴史を語った。オリンピック後、かの国々党が政権を握り、鳳無法が総理大臣に就任した事。警察に特権を与え司法が崩壊した事。そして、ランニング禁止法が施行された事を。


「君を復活させたのは他でもない。今一度走る事に対して、夢と希望を人類に与えて欲しい」


 シャバーニ博士は目頭を熱くさせて頭を下げた。彼もまた、革命戦士の一人なのだ。


「いいだろう。俺が風となり、邪悪を払う」


 二つ返事で快諾。戦士であるサンダーが弱者を捨て置くなどできるはずもない。

 そうと決まれば行動も早かった。サンダーは全裸のまま疾走。非常階段から地上に出ると、煌めく汗と疾風を後に残し目的地のないエンドレスマラソンを駆け抜ける。


「おい貴様! こうも堂々と走るとは何事だ! 死刑にしてやる!」


「やってみるといい。ただし、追いつけたらな」


 サンダーは100mを7秒台。10000mを22分台で駆ける人類の奇跡である。捉える事などできはしない。警官との一方的な追い駆けっこが市街にまで続くと、その様子を見た人間は皆驚きの声を上げる。



「あいつ走ってるぞ!」


「こんな時代になんで奴だ!」


「おい! あいつサンダー・ライトじゃないか!?」


「そんな馬鹿な……本当だ! 雷光だ! 雷光が復活したんだ!」


 人々は英雄の再誕に狂喜し、彼に倣って服を脱ぎ駆け回った。その規模は10人、100人、10000人と累乗式に増えていき、ついには日本全土へ広がり国会議事堂は怒涛のランナーが進撃して瓦解。鳳無法は捕らえられ死刑となり国々党は解体。新たにサンダーを党首とした早駆け党が第一党となり日本初のクーデターが成功したのだった。


 こうして日本には再びランニングの自由が訪れ巷には走り喜ぶ者が溢れたのだが、一つ以前とは異なる点が見受けられた。誰もが服を着用せず走っているのだ。何故かといえば全裸のランナー達が悪との戦いに勝利を収めたのを記念し、その姿が走る際の正装として定着したからである。






 これぞまさしく、裸んにんぐ……

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