骨噛み

紅野 小桜

 


 ねぇ、どうでもいい話、してもいい?

 私にとってはこれっぽっちもどうでもよくないけれど、あなたにとってはきっとどうでもいい話。

 うん……ありがとう。

 あのね、あなたは知っていると思うんだけど。私がいつも希死念慮に苛まれていること。…うん。えっとね、今日はそのことじゃなくて。いつもいつもそうだとね、考えるんだ。自分が死んだ後のこと。…うん、そう。お葬式のこととか、周りの反応とか、そういうのも。それでね、こんなことお母さんなんかに言うと怒られちゃうからきっと叶わないんだけど。私ね、自分の骨は粉々にして海に撒いて欲しいんだ。そうしたら、なんだか私がこの世に存在したって証拠がなくなるような気がするの。だって私、ほんとは死にたいんじゃなくて消えたいんだもの。この世から、ふって跡形もなく消えてしまいたいの。…できれば、皆の記憶からも一緒に消えたいんだけれどね。そんなの無理じゃない。神隠しなんかがほんとにあるってんなら話は別だけれど。…それでね、えっと。うん?……いや、そうじゃないの。骨を撒いてもらえるように家族を説得したいとか、そういう話じゃなくて。相談とか、そういうことじゃないんだ。ただ…お願いに近い、のかな。うん、あなたに。もちろんこんなお願いきかなくたっていいんだよ。言ったでしょ、どうでもいい話をするだけだって。えっと…こんなこと言うと、あなたに気味悪がられそうで……だからちょっと言い難いんだけどさ。あのね、私、あなたに私の遺骨を食べて欲しいの。…ほら、そんな変な顔するでしょ。そんなことできるわけないって思った?…そっか、そうだよね。でもさ、ほんとにあるんだよ。死んだ人の骨を噛んだり、粉にして飲んだり…そういう風習がね、今でも残ってる地域があるんだって。あ、日本にだよ。別の国の話じゃなくってさ。なんだっけなぁ、死んだ人に、愛惜の意を示すためとかなんかそんな感じだったと思うけど。あ、別にね、私があなたに私の骨を食べて欲しいってだけで、私が死んであなたが悲しむかどうかとかは全然関係ないんだ。…え?そっか、悲しんでくれるんだね…ふぅん。ありがとう、でいいのかな。

 えっとね、骨を食べてもらうことにあなたの気持ちは何も関係なくて…無理に食べろとかそういうことじゃなくて、なんて言うのかな、私のことを想って食べて欲しいとかなんかそういうのじゃないの。ただ、私があなたに、食べて欲しいの。そうしたらね、私はあなたの中だけに存在できるなって。だってほら、私の他の部分は全部燃えるか海の底じゃない。……撒いてもらえてたら、だけど。別にあなたの中で生きていきたいとかでもないんだ。だって私は生きていたくないんだもの。ただ…うーん、なんなんだろうね。私にもよくわからないんだ。私はあなたになりたいのかなぁ…あぁ、うん、そうだ。私はあなたの一部になりたいんだ。あなたが私の骨を食べれば、あなたの細胞のいくつかは私の骨をつかって作ったものになるでしょう?だから……え?…そりゃ細胞がどんどん死んでくことくらい知ってるよ。何年も経てば全部の細胞が綺麗に別の細胞になってるってやつでしょ。だから仮に骨を食べてもらって私があなたの一部になっても、そんなの一時的なものだって言いたいのね?でもさ、その新しい細胞ってのも今ある細胞が細胞分裂してできるやつでしょう?もともとそこに細胞があるから新しい細胞ができるんじゃない。それなら私の骨で作られた細胞があるから、次の細胞に繋がるってことでしょう。つまりね、あなたが私の遺骨を食べてくれたら、私、あなたの未来の一部になれるの。わ、口にすると一層素敵に聞こえるのね。びっくりしちゃった。

 ね、私あなたの未来の一部になりたい。だからお願い、私が死んだら、私の遺骨を食べて。少しでいいの。きっと美味しくなんかないもの。…え?本当?本当にいいの?…嬉しい。こんなに嬉しいことってないんじゃないかな。約束よ、私が死んだら、絶対私の骨を食べてね。あなたじゃなきゃ嫌よ。あなた以外の誰にも食べさせたりしないでね。私のこと、あなただけで、あなただけが食べて。絶対、絶対よ。約束だからね。…えへへ、嬉しい、ありがとう。こうなったら絶対に残りの骨は海に撒いてもらわなくっちゃ。あなたの未来以外のところにも死んだ後の私が存在してるなんて嫌だもの。海に撒いてくれなかったら、その時は家族と言えど祟ってやるわ。撒いてくれるまで化けて出てやる。だからあなたは、海を見る度に私のこと思い出してね。魚を食べる度に私の骨の味を思い返して。

 今日からお母さんを説得しなきゃ。うん、今から行ってくる。善は急げって言うしね。うん、うん。じゃあ、またね。…ね、本当にありがとう。大好きよ。

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