〜終〜


「じゃあコトハはちゃんと出頭したんですね?」




 朔夜を取り戻したその日のうちに、私達はマンションに戻った。


 マンションではツクヨミがゴハンを漁っていたのか、台所付近を中心に散らかしていた。



 ベッドルームは立ち入り禁止にしておいたので無事だったから、まずはそのまま睡眠をとる。


 そして翌日、仕方なく一日がかりでそれを片付け夕方にやっと報告と確認のため協会に出向いたのだ。




「ああ」


 私の確認の質問に佐久間さんが答えた。


「協力者として弟のクレハも一緒にね」


「そうですか」

 


「それより……望くん」


「はい? 何ですか?」


「そいつ、邪魔じゃないのかい?」



 と佐久間さんが指差したのは、私をしがみつくように抱きしめている朔夜だった。



「あ、あははは……」


 私は何と答えるべきか分からなくて誤魔化すように笑う。



 そんな私の頬や耳に、朔夜はキスをした。


 佐久間さんに見せ付けるかのようにチュッと音まで立てて。



 佐久間さんの頬がヒクリと引きつるのが見えた。


「朔夜……それは明らかにあてつけだな? 彼女もいない私に対するあてつけだな!?」


 声が震えてる。


 年甲斐もなく佐久間さんはちょっと泣きそうな顔をしていた。




「だったら?」


 と言った朔夜は、私の顎を掴み今度は唇にキスをする。



「んっさく……」


 口付けは、徐々に深まっていった。



 もー!

 朔夜、佐久間さんからかって遊ばないでよぉ!



 その道具として使われる私はたまったもんじゃない。


「んっ……んぅふ……」


 それでも深まるキスに私は逆らえなくて……。


 いつの間にか朔夜の首に腕を巻きつけ私からも求めていた。





「っ! ……二人とも、用が済んだなら帰ってくれ!!」


 佐久間さんの悔しげな叫びが部屋中に響き渡った。




「もう、いい加減佐久間さんからかうの止めたら?」


「さあ、どうするかな?」



 沙里さんにも報告するために、いつもの喫茶店へ向かいながら先程のことを話していた。


 朔夜の表情を見る限り、しばらく止めるつもりはなさそうだ。



 私はやはり――。



 佐久間さん、ごめんなさい。



 と心の中で謝るだけだった……。





「望、先に沙里の所へ行っていろ」


 途中で朔夜が突然そんなことを言い出した。



「え? 朔夜は?」


「少し用事があってな。大丈夫だ、すぐ行く」


 その言葉に、朔夜が帰ってこなかったあの日を思い出し私は朔夜の腕にしがみついた。



 きっと、捨てられた子犬のような弱々しい顔をしていたと思う。


 そんな私に朔夜は優しく微笑んだ。



「心配するな。用事といっても目と鼻の先の場所だ。何かあればすぐ分かるさ」


「……うん」


 そうして私はためらいながらも朔夜の腕を離す。



「沙里の所で待っていろ。すぐに行く」


 と最後に言って朔夜は別の方へ歩いていった。



「は? それで朔夜がいないの?」



 既に喫茶店にいた沙里さんが見当たらない朔夜に気付き、私がその説明をするとそんな質問が返って来た。



「はい……」


「全く、あんなことがあった後だって言うのに。望さんを一人にするなんて」


 と沙里さんは呆れのため息をついた。



 そして私を元気付けるように微笑む。


「大丈夫よ。そんなに離れた所に行ったわけじゃないんでしょう? だったら何かあってもすぐ分かるわ」



 朔夜が言った言葉と同じように励まされたけど、私の不安は消えなかった。


「ほら、元気出して。朔夜が戻ってくる前に報告終わらせちゃいましょ?」


「……はい」


 そして私は昨日の事をかいつまんで話した。



「そっか、コトハは協会に自分から出頭したのね」


「はい」


「賢明な判断ね」


 目を細め、不満そうにそう言った沙里さんに私は「え?」と返す。



「純血種の朔夜に手を出したんだもの、同胞からの報復はまぬがれないわ。でも、協会に出頭したならその罰は協会が決める。私達が手を出せない所でね」


 そこで一度言葉を切った沙里さんは、憎々し気に言い捨てる。


「本当に懸命な判断よ。私達の報復より、協会の罰の方がかなりマシだもの……」


 その言葉に私はゾクリとした。



 協会が犯罪吸血鬼に与える罰を全部知っているわけじゃないけど、そんなに甘くはなかったはずだ。


 なのにそれすらも“かなりマシ”と言える吸血鬼の報復とはどれほどのものなんだろう……。



 私はその考えを頭を振って文字通り振り払った。



 知りたくない……。

 知らなくていいことだと、思う。




 そんな事を考え黙っていると、沙里さんが軽くため息をつき私に笑みを向けた。




「まあ、仕方ないわ。それにまだ貴方には聞きたいことがあるもの」


「聞きたいこと?」


「ええ、貴方のことよ。望さん」


「へ? 私ですか!?」


 いきなり話の筋を私に集められ、驚きの声を上げた。



「そうよ。純血種と同等の力を持つなんて……朔夜も凄いことしちゃってくれるわね」


 と沙里さんは苦笑気味に言う。




「はあ……。まあ……」


 その通りだとしか返せない。



「そうなった以上、貴方も私達にとって特別な存在よ。私達吸血鬼は、朔夜や貴方のような純血種のために在るようなものだから……」


 そうしてニッコリと微笑まれる。


 私はどんな顔をすればいいのか分からない。



 特別な存在とか言われても、実感も湧かないし……。


 何より、私は朔夜と一緒にいたいだけだから……。



 そんな風に戸惑っていると、私達が座っているテーブルに近付いてくる足音が聞こえてきた。




「待たせたな」


 朔夜が私の右肩に手を置いてそう言った。




「朔夜!」


 私は思わずその体に抱きついた。


 公衆の面前で恥ずかしいとか、そんなこと思いもせずに。




 良かった……ちゃんと、戻ってきた。





 ホッと息をつくと、朔夜は私の腰に腕を回し抱き返してくれた。



 そんな私達を見て沙里さんが呆れたように言う。


「バカね、朔夜。望さん一人にしちゃ駄目じゃない」


「……」


 朔夜は何も答えなかった。



「もう私の用は終わったから一緒に帰りなさいよ。しばらく貴方達、ずっと引っ付いてた方が良さそうだし」


 少し冗談交じりの沙里さんの言葉に、朔夜は今度は「ああ」と一言だけ答える。



 


 そうして私達はマンションに帰った。



 ドアを開けると、ツクヨミのニャーという鳴き声が出迎えてくれる。


 私は「ただいま」とツクヨミの喉を撫でた。

 その横を朔夜は通り過ぎて先にリビングに行く。



 そのとき、朔夜の背中を見て何だか堪らなく不安になって……。


 思わずその背を追いかけて抱きついた。



「望?」


 呼ばれた声に応えるように、抱きしめた腕にギュッと力を込める。



「不安、なの……」


 目を閉じて、朔夜の体温をしっかりと感じる。



「朔夜が一時でも側にいないと、朔夜がいなかったあの日々を思い出して……もう、あんな辛い思いは嫌!」


 そう叫んで私はさらにギュッと朔夜の体を抱きしめる。



 しばらくそのまま沈黙が続いた後、朔夜はポツリと言った。


「男と女という繋がりは、薄く儚いものだからな……」


「え?」



 朔夜の言葉に不安を覚え、どういうことか聞こうとした。



 でもその前に左手を朔夜に掴まれる。


 そしてその薬指に冷たくて固い感触を覚えた。



 何かと思い、朔夜が手を離したと同時に私は左手を自分の目の前に持ってくる。



「これは……」





 シルバーの指輪。



 その中央に埋め込まれている小さな石は細かくカットされた透明な石だった。



 それが、私の左手の薬指に収まっている。



「朔夜これって!?」


 そう聞くと同時に朔夜は私の方を振り返り告げた。





「望。俺と結婚してくれ」





 その言葉は突然で、私は嬉しさとかを覚えるよりもただただ驚く。



「な、んで? ……こんな突然……」


 驚きすぎて、信じられなくて、私はそう呟いた。




「子供が欲しくなったからだ」


 その答えに、私はさらに驚く。



 朔夜は子供なんか要らないと言うタイプだと思っていたから……。


 もちろんそうだとしても、いずれ子供は欲しいからおいおい交渉しようと思っていた。



 なのに、それを朔夜に言われるなんて……。




「男と女の絆は時には強くもなるが、何かのきっかけですぐにもろくもなる」


 朔夜は驚く私を見下ろして、さっきの話の続きを始めた。



「だがな、子供が生まれるとその子供が男と女を繋ぎ、家族という絆を作る。それは、ただの男と女の絆よりはるかに強く壊れにくい絆なんだ……」


 そして朔夜の手が私の頬を包む。



 


「望、俺と家族になろう」




 ぶわっと涙が溢れた。


 その言葉は、どんな愛の言葉より……どんなプロポーズの言葉より私の心に響いた。




 ――家族になろう――。




 ただの男と女の絆より、さらに強い絆をもとう。


 朔夜はそう言っている。




 家族……私にはとうに亡くしたもの……。


 その家族をまた私に与えてくれると朔夜は言っているんだ……。



 

 嬉しくて、幸せで……涙が止まらない。


 何か言いたいのに、言葉が出ない……。



「望、返事は?」


 そう聞かれて、私はやっとの事で口を開いた。




「朔夜……私をッヒク……貴方の家族にッフゥ……してください……」



 言い終わると、どちらともなく抱き合った。



「ああ……もう、離さないからな」


 そう囁いた朔夜は私の唇を奪い、私の服の中に手を入れ後ろに回しブラのホックを外した。


 私はさして抵抗もせず受け入れる。




 私は朔夜の熱に浮かされながら、さっき朔夜が別行動を取ったことを思い出した。


 


 朔夜、この指輪買いに行ってたんだね……。



 だから一人で行っちゃったんだ。


 と納得した。



 でもその考えも、さらに私を熱くする朔夜の手によって、記憶の海に沈んでいく。



「さくやぁ……! もう、朔夜のことしか考えられない!」


「俺は、もうずっと前から……お前のことしか考えられなくなってる」



 そんな会話を続けながら、私達は一つになる。




 そう、何度でも……。


 



 


 二人で一つ、比翼の鳥――。



 二人で飛んでいった先に在るのは、子供という宝。




 二つの月は、まだ見ぬ未来に永久とわの幸せを見続ける。






 家族という名の幸せを――。









 ≪月を狩る者狩られる者~比翼の鳥~【完】≫

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月を狩る者狩られる者 緋村燐 @hirin

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