中学編 第21話 俺の答えは⑥
「あーーーーーー。」
俺、土屋隆一郎は死人が元に戻って消えたのを見届けたのち、ボロボロになった廊下に仰向けでゴロンと寝転がった。
「土屋、ガラスの破片とか危ないよ。」
そう言いつつ秀も壁に背中をついて腰を下ろしていた。やれやれという顔をしながら。
「…やったね。」
「おー。」
戦いに勝った。それ以上に、死人を元に戻してやる事ができた。笑って消えていったあの子のおかげで、俺たちはやり切ったという気持ちが溢れていた。
しばし目を閉じて、ゆっくりと呼吸をする。ついさっきまであった、自然の独特な水の匂いと廊下を焼いた火の匂いが充満していた。
秀も目を閉じていた。戦いに必死になってつり上がっていた切れ長の目は、ゆっくりと元の姿を取り戻していく。
お互いの呼吸の音だけが、誰もいない廊下で聴こえる。同じリズムで、ゆっくりゆっくり、大きく息を吸って、はく。
長い長い沈黙の果て、俺はほとんど眠りそうになりながら口を開いた。
「秀。さっきの明治って…あの明治か…?」
「ん…そだよ…。明治時代。」
秀も眠そうな声で答える。お互い全力を出し切ったから、体が休めと言っているようだ。
「どうやっても【氷】と【明治】が俺には結びつかないんだけど…。」
ほぼ寝ている状態の頭はすぐにその答えを欲しがる。
秀は頭がいいから、色々知ってるんだろうなぐらいしか今の俺にはわからない。
「昔は今みたいに夏場に氷が簡単に手に入ることが無かったんだって。日本が夏場でも飲み水に使えるようになったのは、明治時代以降らしいんだ。…詳しくは知らないけどね。」
「あー…つまり、あれか。氷に関係する事象がある時代だから秀が干渉できるのか。」
「上手くいって良かったよ。下手すれば僕らまであの時代に取り込まれる可能性があったからね。」
「…露骨に怖いこと言うなよ…。」
秀が力のない声で笑う。
「土屋…ありがとね。僕の無茶な作戦のんでくれて。」
「全然。寧ろ、俺は作戦立てるとか苦手だから助かったよ。それに頑張ったのはお前だろ。先に体力削ってくれてたから上手くいったんだ。」
秀のストレリチアがしっかり効いていた。そうでなかったらきっと、あの時捕まえることすらできなかったと思う。
…息が乱れる死人なんて、初めて見たけど…。
「違うよ。土屋の馬鹿力のおかげ。僕はそれを利用しただけだから。」
「誰が馬鹿力だって?」
閉じていた目を開いて秀の方へ視線をやる。
笑って話していると思ったその顔は…真剣だった。
「土屋じゃなきゃ、できなかったよ。ありがとう。」
「……照れんだろ。」
なんだかムズムズする気持ちになって、眠気が少し飛んだ。疲れて重い体を起こしてあぐらをかいて座り直す。
「でも、今日のMVPはお前だぞ秀。もう''初心者''なんて言わせてやらないからな。」
「ワーヤメトケバヨカッター。」
カタコトで冗談っぽく言う秀が、少し笑った。笑いながら、噛まれた左の鎖骨付近を押さえる。
「痛むか?」
「ん、ちょっとね。いくら回復するって言っても、ちょっとやられすぎたみたいだね。体のあちこちが痛いよ。」
確かに、自分の体も動きにくいところが少しある。阿部の付加能力に頼りすぎたせいかもしれない。
…阿部。
「長谷川、痛くなかったかな。苦しくなかったかな。」
秀がボソッと言った。
長谷川。怖かっただろうか。痛かっただろうか。それとも、唐突すぎて、何もわからなかっただろうか。
自分が死ぬなんて予想していなかっただろう。
勝てると思っていただろう。
「守って、やりたかったな。」
「…うん。」
「ちょっと、勝手に殺さないでくれる?」
静かな会話の流れを暴力的に遮る声。
ツカツカと歩み寄ってくる黒髪の女。
「!?長谷川…ッお前生きて!?」
「勝手にアンタ達が死んだと思い込んでただけでしょう!?この通りピンピンよピ・ン・ピ・ン!!」
ふんっと鼻を鳴らす長谷川凛子は言葉の通り怪我ひとつない元気な姿で俺たちの前に立っていた。
「いや、普通はそう思うから仕方ないって。」
その後ろから宥めるように追いかけてくる斎。
「長谷川、大丈夫なの?」
秀もさすがに驚きを隠せない。
「もちろんよ。アタシが簡単に殺られるわけないでしょ!」
いやいや、人生何があるかわからねーから。
「全く、ちょーっと食べられたぐらいで死者扱いして。」
「いや、だってその後も姿出さなかっただろ!?」
「あのヘビ子ちゃんアタシと戦う気全く無かったもん。ならこっちから手ぇ出すの悪いじゃん!」
コイツ、人の気も知らないで…。
「まあ、ちゃんと良い形で終わったみたいだから、良かった。」
ひとつため息をついてそう言う長谷川に、まあなと相槌を打つ。
「しかし派手にやったね?今見て回ってきたけど本館ここだけボロボロだよ。」
「「うっ。」」
俺と秀の声が重なる。
そりゃボロボロにもなるだろう。水を蒸発させるにも、
「崩れてないのが不思議だよ。さすがマテリアル。」
「でも
「仕方ないよ。それ以上の強さで奴ら襲ってくるんだから。」
「…それに吹っ飛ばされて穴ぶち開けて生きてた俺、凄くね?」
ニンマリと笑う斎の顔を見て、改めてキューブの有能性を知る。
「…ん、待って。本館だけ?他の校舎は?」
秀が少し気になった様子で聞き直す。
確かに言われてみれば、死人はこの校舎だけじゃなくて他の校舎もボロボロにしてた。無事だったのは体育館だけだったはず。
「多分相沢さんだよ。中庭に今まで無かったデカい木が光って立ってる。」
どういう事だと俺と秀はまた顔を見合せた。
割れてしまっている廊下の窓から、中庭を見る。すると確かに光る木が立っている。その光は夕焼けの光を吸い込んでいるようなかたちで自らが光り、その光を周りに霧のようにふわふわとまいていた。
「……。」
「…神秘的だね…。」
「ね。ゆっくりだけどあれのおかげで、全部元の姿に戻ろうとしてるんだよ。」
俺は言葉が出なかった。その美しい光景に目を奪われていたから。
目を離さずに、俺はキューブを展開した状態から元に戻し、携帯を転送させる。
先に未来の状態が「戦闘中」から「平常」に変わっていることを確認して、通話履歴の一番上にある名前を押して電話をかける。
呼出音が5回ほど鳴ったときだった。
『はい…。』
少し、疲れてそうな未来の声。
「未来、大丈夫か。…そっちでも何かあったみたいだったから。」
『ん…大丈夫だよ。隆の方も大変だったみたいだね。応援行けなくて…ごめんね。』
若干声がかすれ気味だろうか。
「いや、こっちは何とかなったから大丈夫。お前本当に大丈夫か?怪我とか…。何があったんだ。」
『ちょっと大男二人相手しただけだよ…。こんな時間に死人。怪我は無い。そっちは?怪我無い?』
「そっちも死人か。こっちは…怪我はかなりしたけど阿部のおかげで治ってる。」
長谷川がジェスチャーで、今は疲れて寝てると表現してきた。
『そっか…。おつかれ。』
未来も、少し安心したような声で言った。
秀が隣に来て、外の木を指さして俺を見た。
「学校直してくれてんの、未来だよな。」
『…私じゃないよ。頑張ってくれてるのは、ユーカリの木。』
「ユーカリ…。」
それはあの神秘的な巨木の名前。
『花言葉は、【再生】。』
「…なるほどね。だから、元に戻っていってるんだ。凄い力だね。」
『秋月君?そっか、隆と一緒に戦ってくれてたんだね。』
未来の答えが聞こえるようにスピーカーにしておいた。
「おかげで秀と仲直りできたよ。」
「あと、チームとしても上手くやっていけそうになったよ。」
『…そっか。良かった。心配だったから。』
ホッとした様子の未来の声。…随分心配させちゃってたみたいだな。
「ごめん心配かけて。」
『んーん。いいよ。』
ほんの少しだけ沈黙、未来が、何か言いたげだね?と言葉を促す。
俺はこっちを見る秀に頷いた。
「…ねぇ相沢さん。''キクザトサワヘビ''。知ってる?」
『……。知ってるよ。』
少しの空白の後答える未来。
『あの子が、どうかしたの?』
「…死人化してたんだ。俺たちは、恐らく未来の知ってるそのヘビと戦った。」
『……そう。』
悲しそうな声。
横で空気になっている長谷川と斎は、邪魔をしないように気を使ってくれているのか外を眺めて無言でいた。
「お礼を伝えたかったって言ってた。看取ってくれたこと。家族を自然の中に帰すことができたって。」
『…そっか。なら、良かった。ありがと。伝えてくれて。』
返ってくる言葉がどんどん単調なものになってくる事に気がついた俺は、無理しなくていいと、電話を切ろうとした。
言葉では怪我をしていないなんていくらでも言えるから、もしかしたら話すのがしんどいぐらいの怪我でもしてるんじゃないかと思って。
未来はそれを素直に受け入れた。
また後で合流するねと。
それでも、俺が電話を切ろうとしたとき、未来が言った。
『吹っ切れたみたいだね、隆。』
「…ああ。」
その言葉に、俺は今の自分の思っていることをまっすぐ伝えた。
「俺はやっぱり、仲間も守りたい。友達も、家族も、愛した人も、全部守りたい。街を…国を、守るために目の前の大事な人を切り捨てることは、できない。」
『うん。それでいいと思うよ。私は隆に、隆なりの答えを出して欲しかっただけだから。』
優しい未来の声。
呆れているかもしれないけど、俺にはどうしても、守りたい人がいる。
それだけは絶対譲れないと、今は確信を持って言えた。
電話を切った俺に、秀が結局何を考え込んでたのさ。と聞く。
「…未来と俺の、力と精神の違い。」
「バカなのか。相沢さんと土屋が一緒なわけないだろ。何年マダーとしての差があると思ってるんだよ。」
「そ、そんなに空いてないから!!たかだか4年だから!!」
「4年も空いてたらそりゃまだ追いつけねーだろ…。」
「つっちー。意地はらないでゆっくり強くなんな。ね。」
「くっ…この…ッ!」
皆が慰めるように俺の頭を撫でた。
だから俺は、キレた。
「やめろクソがああああ!!」
割れた窓ガラスから、俺の声は遠くへと消えていく。
そこには笑い声が溢れていた。
碧眼の彼女 さんれんぼくろ @sanrenbokuro
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