中学編 第20話 俺の答えは⑤-俯瞰-

『 おのれ人間共ガアアア!!』


 狙うべきは頭のヘビだとわかってから、執拗にそこだけに的を絞る二人に少女は怒りを顕にしていた。それもそのはず。頭にいるそのヘビ達は彼女の仲間で、友達で、家族なのだから。


「ダメだ、速すぎて全部避けられる。」


「あのどこから出してるのか分からないただのヘビも厄介だね。」


 隣り合って遠距離攻撃を続ける隆一郎と秀は、盾で彼女からの攻撃を牽制しながら作戦を練っていた。


「ねえ土屋。何で本部は僕らをチームにしたんだと思う。」

「あ?仲良いから上手くやれそうとかそんなんじゃねーの?」

「バカなのか。例えどれだけ仲が良くたって能力の相性ってモノがあるでしょ。だからきっと、二人でする攻撃の方が強いものがあるんじゃないかって…思わない?」


 炎と氷。これはゼロ距離だと両方が残ることは無い。炎が氷を溶かす。氷が溶けてできた水で炎を消す。二人で同時に攻撃をするとお互いの力で消し合ってしまう。だから違う場所を狙うか片方が防御にはいるか、こういう戦法になるわけだ。


「【吹雪】!」


 近くなってきた少女を遠くへ押しやるように秀の吹雪が彼女の体に放たれた。

 避けるべく後ろへバク転をして距離を取った少女は、こちらをじっと見ていた。出方を疑っているようだ。


「なるほどね。それで?何か思いついたんだろ?」


 何か言いたげな秀に隆一郎はその先を笑って促した。

 その顔に秀が不敵な笑みを浮かべる。


「…僕の言う通りに動いてくれる?」







 15メートル程離れた場所にいる少女は二人から目を離さない。

 ただ、秀にあけられた腹の穴が水の中にいる事で修復しても乱れた息は整っていなかった。それは体力を大幅に削ることができたという証拠。


 数分の睨み合いの末、隆一郎の足が水を蹴った。


「【蒸発】オール【回禄かいろく・連】!」

『!?』


 隆一郎の拳が上へと押し出された。その拳の先からブクブクと泡が出る。泡が、出る。泡が、大きくなっていく。


『ッ!消すナアアアア!!!』


 少女が気付いた瞬間。校内を浸食していた水がパンッと風船が割れるような音がして蒸発し消えた。代わりに三人がいる廊下を囲むように、天井から壁から地面まで五重になった回禄が張り巡らされる。


『小癪な。水がそんなものにかき消サレルはずナイダロウ!』


「来るよ!」


 秀の声。少女の目が再度赤く光る。回禄で守られているこの空間の中に、無理矢理水を起こそうとしているのだ。


「く…ッ!こんの馬鹿力のガキ…!」


 五重に重ねた回禄が外側から水に、火が消える音と共に消されていく。

 だけど負けられない。何せこの作戦は、水があるとそもそもできないのだから。


「秀!!!」


「【氷像ひょうぞう】、純氷じゅんぴょう!!」


 張られた校内の回禄の近くに、秀の透明な若干平たい丸い氷が大量に作り出される。


「しくじんなよ!!」

「わかってる!」


(こんな大掛かりな事させておいて、僕が失敗するわけにいかない!)


『ハッ!タダの氷か!はったりもイイトコロダ!!』


 少女が超スピードで秀の左の鎖骨に食らいつく。

 痛みに耐える秀は、攻撃の為に防御を捨てたのだ。


「…その言葉、後悔させてあげる。」


 秀が声を低くして言った。


「【氷剣アイスソード】!」


 噛み付かれた体から直接氷を出して攻撃。

 だが身を翻して躱される。


「【プラズマ】!!」


 力で押し負けそうになって顔に汗が滲むも、隆一郎も少女の頭から雷を落とす。それすらも彼女は身をねじって躱す。


「【吹雪】!」

『…あっ!』


 回禄を消すことに力を注いでいる彼女は、攻撃を躱して着いた足元に意識が向いていなかった。吹雪で足を取られた少女は尻もちをつくように倒れた。


(ここ…!!!)

「【凍結】!!」


 地面に倒れた少女を秀が下半身だけを凍らせる。集中の切れた少女はその瞬間回禄に迫っていた水を保つことが出来なかった。

 秀も隆一郎もそれを見逃さない。


「【回禄・連】!!」


 水の影響を受けなくなった回禄がまた五重へと復活。その時最初に張られた純氷が火で光を浴びる。


「【氷像】…ファイア!!」


『ッ!?』


 ボンッ!と大きな音が鳴る。身の危険を感じた少女は大量のヘビを作って体を覆った。でもそれはほとんど関係がない。

 純氷が光を通して発火させたのだ。それは小学生が理科の実験でやる虫眼鏡で行う発火現象と同じもの。

 火をのでは無く、そこに火をのだから。

 隆一郎の回禄が続く限り、秀の純氷が消えない限り、狙った彼女に直接火が上がる。


 凄まじい火力。


 あがけばあがくほど火が上がる範囲が広がる。

 ボンボンと火が出て、焼けていくその音は、思ったよりも惨いものだった。


『ああ…待って…まってかあさま…まってとうさま…。』


 作ったヘビが遂に尽きた。続く火の手は彼女の頭のヘビ達も焼き尽くしていく。小さくなっていく家族の魂に少女はか細い声で呼びかける。


『まってにいさま…まってねえさま…まって…まって…おいていかないで……。』


 少女は、泣いているようだった。


「土屋…もういい。」

「…おう。」


 隆一郎が回禄を消す。

 それに伴い彼女の周りの火が消え、虚ろな青い瞳が見えた。


『…ワタシの家族を、殺しましたね。』


 そう小さな声で言う彼女には、小さくなった家族の魂を抱きかかえている。もう戦う気力は無いようだ。


「…わかってたんだろ?自分で言ってたもんな。最後に生き残ったら、皆のを集めて逆襲するって。」


『…そうですよ。わかっていました。魂を集めたところで家族は帰ってこない。誰も生き返るわけじゃない。今アナタガタが殺したのは、ワタシが呼び戻した家族の心だってこと。…本当に殺したのはアナタガタじゃないってことも、ちゃんとわかってました。でも、同じことですよ。家族は今、二度殺されたようなものです。』


 虚ろな瞳からまた、涙のような赤い液体が流れる。


「その家族の魂なんだけど…良ければ埋葬させてくれないかな。」


『…え?』


「君たちの家を壊しちゃったのは…うん、人間のせいなんだけど。せめて、君の家族の魂だけでも。」


 そう秀が言って手のひらを上に向けて腕を広げた。


「【明治】」


 そう言うと廊下の三人がいる場所を除いて亜空間が創り出される。その空間は緑豊かで、水が豊富で、明るくて、小さな建物しかない昔の日本の光景だった。


『これ、はワタシのおじいちゃんが生きていた頃の風景です。』


 少し目に光が灯る少女。そこに入ると周りの景色が動き始めた。

 さわさわと風に揺られる木々の音。川のせせらぎ。人が少しいるけれど彼らは決してカエルなど持っていなかった。


 少女が呆然と見ていると、腕の中にいた魂がふよふよとその手を離れ浮いていく。くるくると踊るように舞い、自然を堪能し、木や草や花に、川に、挨拶をしている。


『…家族が、もう、これでいいと、言っています。』


 少女がぽつんと言った。


『もう、許してやってくれと、言っています。』


 少女が木に手をついて、二人の方へ振り返る。


『ワタシは、人間がきらいです。ワタシたちの家を奪うから。水を汚すから。あんな変な建物の為にワタシたちの憩いの場を壊すから。』


 二人も少女を見つめる。


『…でも、知ってました。人間が、ワタシたちが、全員いなくなってしまうかもしれないと気付いて、保護してくれていたこと。どうにかして、ワタシたちの種族が絶滅しないように自然を守ろうとしてくれていたこと。…遅かったですけど。』


 少女の体に光が帯び始める。


『ワタシが最後のひとりになってしまって、住むところもご飯もなくて弱ってた時に、女の子がワタシを拾ってくれたんです。でもその時には既に、ワタシは弱りすぎて、もう生きていけない体でした。ワタシはそれから少しして死んでしまった。でも女の子はワタシを丁寧に埋葬してくれたんです。沢山の木と、草と、お花と、お水を作って。』


 隆一郎と秀が顔を見合せた。


『でもそれでも家族が死んでしまったのは人間のせい。それだけが許せなくて、悲しくて、こうして舞い戻ってきました。…でも、やっぱり逆襲なんてできませんでしたね。失敗です。』


 少女の光がいっそう強くなり、体の形が変わっていく。


『できれば、あの子にお礼を伝えたかった…。ワタシを看取ってくれたあの子に。…家族を自然の中に帰す事ができましたって、伝えたかったです…。』


「伝えとく!」


 隆一郎が口早に言った。


「そいつ、多分俺らのよく知ってる奴だから。」


『……。』


 変わりゆく少女は目を大きく開いて、その後優しく笑った。


 ありがとう。


 そう、最後に聞こえた気がした。


 光の形は元のキクザトサワヘビの形に変わって、家族の魂と共に自然の中へ消えていったのだった。

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