中学編 第19話 俺の答えは④-俯瞰-

 その場にいる全員が息を飲んでいた。

 誰もが予想していなかった。

 だって長谷川凛子はマダーの大会での不動の優勝者なのだから。

 努力の塊だから。

 誰よりも強くなろうとし、自信に溢れた強き戦士だったのだから。


「長谷川が…死んだ…。」


 秀がぽつんと言う。

 それを境に甲高い笑い声が響いた。


『ヒャーッハハハアアアアッ!!シンダ!ヒトリ、ヒトリシンダ!!

 アハハハハ──────────!!』


 悪魔のような顔で笑う死人。

 絶望する秀。

 怯えて声ひとつ出ない斎と加奈子。

 その中でたった一人隆一郎だけが、死人を真っ直ぐ見ていた。


「お前…あいつを今まで狙わなかったのは…ッ!」


『フェイクダヨ?フェ・イ・ク♡ふふふふふ』


 青い目がぐわっと見開かれ、口角を極限まで上げて意地悪そうに笑う死人に隆一郎は激怒していた。

 いや、単純な罠に引っかかって仲間を死なせてしまったと、自分に怒っていたのだ。


『サア続ケヨウヨ、オ兄チャンタチ。ワタシヲ殺シテゴラン!全員返リ打チニシテアゲル!!』


 挑発に乗るわけにはいかない。ここで言葉通りにするのは奴の思うツボ。先にするべきは。


「【花火】!」

『!』


 隆一郎の使う移動手段、花火。6時間かかった本部までの道のりを5分で帰って来れるほぼ瞬間移動のようなもの。

 ムチを打つようなスパッと言う音と同時に死人の元から凛子がいた場所、斎と加奈子の元へと移る。


「わぁッ!」

「すぐに逃げろ。」


 唐突に現れた顔に斎が声を上げる。それに構わず隆一郎は乱暴に二人を担ぎ花火でその場から消えた。

 まだ凛子を喰ったヘビがそこに居たからだ。


『フン、保身ニハイッタカ。』






 校舎から少し遠いところにある体育館に三人の姿が見えた。ここは皆が避難している場所。校内の中で一番安全な場所で、超強化マテリアルでできている。本館はボロボロだがここだけは傷一つ付いていないのだ。


「ここから出るな。いいな。」


 二人に口速にそう言い、すぐに戻ろうとする隆一郎を加奈子が必死に止めた。


「待って土屋君!私が近くにいなかったら付加能力が不安定になる!」

「わかってる。」

「わかってない!防御プロテクションノーペインしも効果が消えちゃった状態でもし致命傷を負ったら…死ぬよ。絶対死んじゃうよ!!」


 無謀な隆一郎に加奈子は顔にそぐわない声で激しく諭した。


「わかってる。でも阿部が殺されたら、不安定どころか全部消えちまう。」

「っ!」

「…大丈夫。力が保てなくなる前に、絶対倒す。」


 無理だよ、無謀だよ…。

 泣きそうな顔になる加奈子に、冷静で無いながらも頭をフル回転させる斎がピンと閃いた。


「とにかく阿部がここにいても土屋と秀がパワーアップした状態でいられたらいいんだな?」






 一方外では激しい戦闘が繰り広げられていた。


『ドウシタ、一人ニナッタ途端ヘッピリ腰ジャナイカ?』

「くっ!そんなわけ…ないでしょ!」


 死人の変形した大きな爪が秀に縦横無尽に襲いかかる。それを二つの氷剣アイスソードで捌きながら隙を伺う秀。

 四方八方から飛んでくる鋭利な爪は、まともにくらえばいくら回復力が爆上がりしている体でも無事では済まないだろう。


「そっちこそ、ちょっと疲れてきてるんじゃないのッ!さっきから動きが同じだよ!!」


 連続で来る爪の動きを体を大きく捻って躱し、二度目三度目に見えた爪をアイスソードで受けきった。


『ナ…!?』

「【氷像ひょうぞう】ストレリチア!」


 若干避けられるもドシュッと肉の裂ける音がして、死人の右の腹に穴があく。鳥のクチバシに似た花の像による攻撃、相沢未来の戦いを見て得たインスピレーションによるものだ。


『うぁっ!!』

「!?」


 そこで追い打ちをかければ勝てたかもしれなかった。だが秀は次に繋げることは出来なかった。

 死人には無い物、それがその傷口から吹き出したからだ。


(……血…?)


 動揺したその瞬間を死人は見逃さなかった。その青い目が一瞬赤く変わり、すぐそばにいた秀は強い滝のような水に呑まれ屋上から地面へと勢いよく落下する。高所から叩き落とされた体は幾らか骨が折れてしまっていた。


「はぁ…はぁ…痛い、なんてものじゃないね…。」


 折れた肋の代わりに腕で全体重を支え立ち上がろうとするも上手く動かない体から、秀は気づく。加奈子の付けてくれているノーペインは今作動していない。

 ズキンズキンと脈打つ痛み。朦朧とする視界。乱れた呼吸。

 彼は『死』を覚悟した。

 一度死にかけたのだから、元より敵う相手ではなかったのかもしれないと。


(血…に見えたけど、そんなわけないな。人型だから液体が赤いんだ。)


 やってしまったと、反省し奴が来るのを恐れた。

 だがどれだけ経っても死人からの追撃は無かった。

 姿が見える位置にいない秀は気付いていなかったが、その間彼女はあいた腹の穴を押さえながら、肩で息をしていたのだ。


「まだ、生かすのッ…神様、がいるなら、残酷な人なんだねぇ…。」






 重い重い体をすぐ横にある瓦礫を支えにして立ち上がらせる。






「【氷像】…骨…!!」






 体の中に冷たい感覚。ピキンピキンと高い音が鳴る。折れた骨の代わりに、氷を繋げ体を作ったのだ。


「ああああああああッ!!!」


 覚悟の絶叫。


 顔をバッと上げ、彫りの深い切れ長の目が真っ直ぐに死人のいる屋上へと向けられた。


 駆けて、大きく踏み込む。崩れかけた校舎の断面から断面へと足をかけ上へ上へと跳ぶ。

 真っ赤になり始めた陽の光を背中に浴びて飛び上がり、上から死人を見下ろした。

 彼女はまだ、腹を押さえていた。


「【氷剣アイスソード】!」


 幾多の氷の剣が死人の周りを囲む。

 遅れて気付く死人は後ろへと半ば転がるようにして躱し、反撃に出る。


『往生際ノ悪イ奴メ…!!!』


死人の右腕に巻き付いていた物体が蠢いた。

 秀がハッとした直後、彼の体はまた外へと投げ出される。その物体から木の根っこが飛び出して殴られたのだ。

 間一髪変形しているフェンスに右手が届き、落下は免れた。


『ジットシテイレバひとえニ殺シテヤルノニ!!』

「がッ…!」


 秀の顔が痛みで歪む。

 フェンスを掴む手に死人は足を器用に乗せ、ギリギリと下へ下へと押し込んでいく。

 崩れて鋭利なマテリアルの断面が手首を、腕を、ゆっくりと肉を断裂させてくるのだ。


『手ヲ離スガイイ!サスレバスグニ楽ニナル!!』

「…ッ、まるで、人間みたいな口ぶりだねぇ!」


 死人の体の周りに吹雪を起こす。風で、凍てつく氷で離れてくれればと思ったが、死人はそれでは動かなかった。


(このままだと右腕がもたない…!)

「人間を恨んでる割には君が人間に近すぎるように思うけど…!?人間風の見た目に人間みたいな物言い!本当はよく人間の事を知ってるんじゃないの!?」


『……!黙レ若造ガ!!』


 怒りに叫ぶ死人。その足元から、ドンッ!!と大きな音が突然鳴って炎が上がった。悲鳴を上げその場から逃げるように水を張って逃げる死人。


「うわっ…!」


 水の勢いで秀の手がフェンスから離れた。激しい水流の中、傷だらけになった右腕は瞬時に修復され体は校舎内へと誘導された。

 水の影響がない校舎内はしんと静まり返っている。


「遅くなって悪い。帰ってくる最中にヘビの大軍が来て…時間かかっちまった。」

「はぁっ、はぁっ、息、しんど!!」


 水に煽られ全身で息をする秀に隆一郎が笑った。


「わ、笑い事じゃないから…。」

「ごめんごめん、普段見ないお前の顔がなんか新鮮で。」

「…性格悪いの君でしょ…。って、何それ?」


 隆一郎が手に何か小さいキューブを持っているのが見える。普段使っているキューブの半分ぐらいで、色は真っ赤だ。


「斎のずっと研究してた新しいキューブ。試作段階で色々問題はあるらしいんだけど、とりあえずは問題無いからって。」


 二人の後ろから水の音が聞こえ始めた。


「半径500mの範囲なら、これの対を持ってるマダーの力の恩恵を受けることが出来る。もう一つのキューブは阿部に持たせて来た。」


 水が教室を荒らしていく。窓が割れて椅子も机も投げ出される。


「つまり…阿部さんがいなくても僕らの能力値は上がったまま。」

「ご名答。そういう事だ。」


 水はもう目の前だ。


「暴れようぜ。」

「…楽しそうだね。」


 ニヤリと笑う二人。

 襲い来る大きな波に、体を預けるよう自ら巻き込まれる。


『何カ作戦デモ立テテイタカ?デモモウ遅イ!ココハワタシノ場所。水ノ中デハ勝テンゾ!!』


 笑う。笑う。水の中で反響する笑い声は頭に響くようにぐわんぐわん聞こえてくる。


「土屋。あの子はもしかしたら、人間に育てられていたのかもしれない。」

「ペットだったってことか?」


 死人の姿が、超スピードで見えなくなる。


「わからない。でもきっと憎みきっていないんだよ。だからさ。」


 盾!秀の氷盾ひだてが二人を死人から守る。少し見えたその目が、青い目がより一層見開かれていた。


戻してあげたい。」

「…りょーかい。音を上げるなよ?」


 秀の願いは、とても純粋な気持ちだった。

 元に戻す。それは言葉で言うほど簡単なことではなく、死人の命を奪わず恨み悲しみ怒りの魂だけを浄化するという事。


『余裕ダナ小僧ドモ!!』


 死人はこちらへと大量の大きなヘビを飛ばす。大きな口が秀の盾を何度も噛む、噛む、噛む。

 ピシッと音とともに亀裂が入る。


「さんにーいちで解除するよ。さん。」


 亀裂の範囲が広がる。


「すぐにカウンター頼む。」

「に。」


 小さな穴があく。


「いち。」


『サア小童タチヨ、尽キルガイイ!!』

 バキッ!


「【氷像】、キクザトサワヘビ!」

『…!?』


 死人と同じ、同じ生命体の氷がオリジナルをぶち破る。オリジナルの頭を貫き長いシッポが全てを蹴散らす。


「【回禄かいろく・連】!」


 一瞬の焦りに隙が生まれた死人の周りに回禄を三重に張る。


「【プラズマ】!」


 回禄の中に雷を起こす。張られた三つの炎は雷を跳ね返して跳ね返して何度も何度も死人へと放たれる。


『あああああっ』


 悲痛な少女の声。

 体がまた一段と黒く焦げていく。


『…ッ!ワタシは…!!』

「!」


 刹那超スピードの少女が目の前に現れる。

 その大きな牙が隆一郎の肩を掠めた。数ミリの差しか無いが、その牙は傷を付けられなかった。


 何度も連続で狙われた故に得られたもの。




 隆一郎は、速さに『慣れた』のだ。




「アハハ!凄いネお兄チャン!!」



 その言葉に隆一郎はハッとした。

 目の前にいる少女に【スパークス】を起こし距離をとる。


「秀、頭だ!あのヘビだ!!」

「え!?」


 聞き直す秀を置いて隆一郎は続ける。


「【弓火ゆみのひ】」


 炎を纏う矢が少女の頭にあるヘビへと放たれる。


『ヤメるのだ!!!』


 少女は手をカッと開いて新たにヘビを作り防壁にした。防壁になったヘビ達は吹き飛んでいく。


「あの頭にいるヘビだけがキクザトサワヘビの魂なんだ!他に出してくるやつは全部虚像だ!」

「!なるほど、じゃあ頭にいるヘビ達を倒せば。」


 気になったのだ。一人称はずっと『ワタシ』なのにこちら側の呼び方が変わるのが。年代が変わるのが。声が何重にも聞こえるのが。


 お兄ちゃん

 若造

 小僧

 小童


 それらはこの死人が一人でないことを表していたのだ。


「そう、そしたらあの子は戻れるはずだ!」


 見えない先に小さく光が点った瞬間だった。

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