中学編 第18話 俺の答えは③-俯瞰-

 校舎の本館がミシミシ音を立てて崩れ始めていた。全容が見えなくなるほどの砂埃と、それを運ぶ強い風が鳴り響く。


「どうやら一筋縄ではいかなさそうだね。」

「大丈夫、しっかり補助する!」


 いつものお調子者口調ではなく真剣な声で死人のいる方へ視線を向ける凛子と彼女を見る加奈子。

 それに呼応して体をゆっくりと起こす隆一郎。


「とにかく速さが尋常じゃない。そのせいで攻撃にも重みが乗ってくる。」


 瞼のあたりにある閉じた傷口の周りの血を拭う。


「マトモに喰らえば即終了…ね。」

「…そういう事だ。」

「あっちには秋月君と谷川君がいるんだよね。なら早く助けに行かなきゃ。」


 加奈子の援護【プロテクション】を隆一郎、凛子二人にかける。


「後は、奴の速さについていけるように頼む。」

「それと早めに決着をつけたいね。」


 二人の要望に加奈子は笑顔で応えた。


「おっけー!【クイック】【アビリティ】アップ!」


 防御、速さ、力の底上げ。展開しているキューブの模様が濃く深くなる。


「注意して。身体能力極限まで上げてるから無理しすぎると元の体にダメージが残るからね!」

「「了解。」」


 短く返事をして、ドッ!と音を立て死人の方へ跳ぶ。

 20メートルは離れた本館の、隆一郎が開けた穴から死人に向かって手を広げる。


「「【炎風えんぷう】!」」


 こちらに気付く死人。

 炎を纏う風が奴の体へと放たれる。

 ボンッと炎が破裂する音がして、目の前が赤く染まる。


「土屋…!」


 着地したすぐ傍にいた秀と斎。無傷のようだ。


「無事か二人とも。」

「僕らは大丈夫。斎のメカが守ってくれてる。」


 そう言う二人の周りには、いつだったか斎が自慢していた最新の小型防御兵器の丸い球体があった。

 もうそろそろ限界だったと弱音を吐く斎に、隆一郎は礼を言った。


「ありがとな。後は、俺らがどうにかするから。」


 力が漲っているその体は、先程までの隆一郎の恐怖も焦りも吹き飛ばすには十分だった。笑っているようにも見えるその顔は、自信に満ち溢れていた。


「秋月君も身体能力解放するね!」


 追いついてきた加奈子が秀にもサポートを付ける。


「助かる。二人は隠れてて、できるだけ安全な所に。」


 立ち上がる秀。崩れそうな校舎から立ち去る加奈子と斎。斎の顔はまだ恐れと、怒りで溢れていた。



 立ち上る炎の奥から、叫ぶような金切り声が聞こえ、炎を突き抜けて『ヘビ』がガパッと大きな口を開け飛びかかる。


「「「盾!」」」


 全員が自身の体に守りを張る。

 隆一郎の頭目掛けて噛み付いてきたヘビが回禄でジュッと音を立てて燃えた。


『へぇ。強化してきたんですね。なるほど…。』


 不気味な女の声が何人もいるように重なって聞こえる。目の前に広がる炎を制し見えたその死人は、頭に何体ものヘビを持った裸足の小さな少女だった。ただその身なりにそぐわない大きく見開かれた青い目が、人間でない事を物語っている。


「…メデューサ…?」


 凛子の声に死人は答える。


『いいえ。ワタシはそんな怪物とは違います。ワタシは、アナタガタの呼び方で言うと…キクザトサワヘビという種類のヘビの塊。』


 キクザトサワヘビ。

 絶滅危惧種にされていた希少なヘビ。

 少し前に絶滅した可能性があると報道されていた。


『ワタシたちはなにもしていませんでした。無駄に人間を襲うなんて野蛮なことは一度だってしませんでした。だけどワタシたち種族は全員滅んでしまいました。悪いことはしていませんでした。なぜ家族は皆死んでしまったのでしょう?どうして生きることができなかったのでしょう?それはアナタガタのせいなのですよ人間の皆さん。アナタガタがワタシたちの家を奪うから。水を汚すから。こんな変な建物の為にワタシたちの憩いの場を壊したからですよ。』


 見開かれた哀しそうな青い目から、赤い涙の様なものが溢れる。


『ワタシたちはただ生きることができればそれで良かったんです。住処が例え小さくなったって、皆で一緒に居られればそれで良かったんです。だから今までだってアナタガタに反逆するような事は何もしなかった。だけど死んでいく家族が増えて、どこに行ってしまったのか分からない家族が増えました。アナタガタに見つかったら帰って来れない。だって変なゲコゲコ言うやつに殺されてしまうから。それに帰って来れたとしてももう居場所が無いんですよ。だからワタシたちは諦めました。自然の中で生きることを。家族で過ごすことを。』


 死人の背中側で、天井が崩れてきていた。


『だからワタシは母と約束したんです。もしワタシが最後に死んでしまったら、皆の魂を集めて逆襲しますって…!皆で元の世界を取り戻そうって…!ワタシたちは死ぬべきじゃなかっタ!死ぬベキはオマエタチ人間の方だっタ!!ワタシたちをコロシタ罪は、自分達がシヌ事で償エ!!!』



「…いくよ。」


 凛子の掛け声に、全員が頷く。





『トモダチをッカゾクをッオウチをッシゼンをッかえせ、カエセえええええええ!!!』


 泣きわめく少女は、死んでしまった仲間の恨みを晴らそうとしているのだ。


 頭にいるヘビ全てがこちらへと飛びかかる。体に纏う盾はその大きなヘビの口を弾いて吹き飛ばしていく。


 大きな目を更に見開いた少女はそのスピードでこちらへと一直線に跳ぶ。


『ワタシタチノウラミ!!!』


 少女の手が変形する。

 その鋭利な爪が隆一郎を横殴りに襲う。

「【吹雪】!」

 秀の吹雪がその爪の軌道を逸らす。

 空を切った少女の手を爆破ボムで返り討ちに、さらに凛子の鎌鼬が炸裂。少し怯む少女から外へと跳んで三人は距離を保つ。


「援護は僕がする。二人とも頼むよ!」

「「了解!」」


 同じように外に出てきた少女の方へ秀の氷河リンクが道を作る。氷河を走って更に増すスピードで、二人の力も倍増する。


「【竜巻】」


 少女の足元から竜巻を起こす。

 しかしヘビが邪魔をして不発。


「この!」

「ならこれでどうだ!」


 消えかけた竜巻に隆一郎が火種を飛ばす。着火、バンッと爆発音に乗ってヘビが吹き飛ぶ。

 爆煙で悪くなった視界を秀の可視化アイスコンタクトが透過して見えるようにしてくれている。


「ぅあッ…!」


 見えたその先から、今までと比にならない速さで少女が隆一郎に襲いかかってきた。彼女の大きな口が歯が牙が、隆一郎の僧帽筋の辺りを捕らえる。ミシッと食い込む音が鳴って隆一郎の顔を歪ませた。


(速すぎる…!!)

「【鉄扇】!」


 驚いた凛子が扇子からの想像で鉄扇を手に掴み噛み付いた死人を切るように払う。スパッと死人の服になっている葉っぱのような生地が切れるも、避けられ傷は付けられない。


「【氷柱】!」

 二人の後ろから秀の細く攻撃力のある氷柱が死人へと撃たれる。しかし全て器用に跳ねて躱される。


『小癪ナコトヲ!!』


 死人の目が一瞬赤くなった。

 突如、着地した死人の足元から水が湧く。津波のような大きな波が三人を襲った。

 屋上のある高さまで上る水。

 凛子の風から作る空気で息はできるものの全員の力は水中では劣る。


 隆一郎の怪我は加奈子の【ノーペインし】ですぐに修復された。更に【スイマー】を三人にかけ水中での動きの制限をできる限り無くす。


『サポート役ガ優秀ナヨウダナ?デモソレジャア勝テナイゾ!!』


 そう言った瞬間隆一郎の周りの水が赤く変わった。


「土屋…ッ!」


 秀が悲鳴に似た声を上げる。凛子も何が起きたかわからないまま隆一郎を囲むように風の防壁を作る。


「【鎌鼬】オール!!」


 奴の姿が速すぎて見えず、水の中全体に鎌鼬を起こす。手応えは無いがこれですぐに第二波の攻撃はできないはずだ。


「つっちー大丈夫!?」


 スイマーのおかげで遠くに流されてしまっていた隆一郎のところへすぐに追い付く。

 秀が大きな氷を作って隆一郎と凛子を水上へと引き上げ、そこへ飛び乗った。


「だい、じょぶ。水中は動きが鈍って嫌になるな。」


 そう険しい顔をする隆一郎の体は、すぐに修復されていたが浅くはない切り傷が無数にあった。


「奴、水の中だと余計に速くなってる気がする。」

「確か、キクザトサワヘビって普段水の中に居るはずだよ。」

「そのせいね。水中戦は奴の十八番ってわけだ。」


 水中にある鎌鼬がまだ舞う中、三人は頭をフル回転させる。


「奴はなんでかアタシは狙ってこない。逆につっちーの方は本気で斬りかかってるように見えたよ。」

「土屋あの死人の生前に何かしたんじゃないの。」

「それ言うならお前もだろ。最初に死にかけたの秀なんだから。」


 冗談のように話すもそれは皆が懸念していたことだった。あまりにも狙いの的が限定されていて、それは奴の弱点になりうるかもしれなかったから。


「サポートがやられればアタシらもしんどくなるのはわかってるだろうに、今は秋月も加奈っちも狙ってこない。何か理由があるんだと思うよ。」

「…その理由がわかれば、あるいはそれを逆手に取るか、だな。」

「単純に土屋をエサにしてこっちでやるとかね。」

「性格悪いぞ秀。」

「ッ!来るよ!!」


 凛子の声の直後、波が大きく揺れて三人の乗る氷から少し離れたところに死人が飛び出してきた。水の上に立つ死人は、先程までの哀しい目とは打って変わって怒りで溢れていた。


『ワタシノ水ヲ穢シタナ!!赦サンゾ!!』


 鎌鼬がまだ残る水をパンッと音を鳴らして消失させる死人。それに伴って三人の乗る氷も地表へと落下する。三人はすぐ側にある校舎の1番上、屋上へと急ぎ飛び移った。


「ひあぁ…。」


 突然聞こえた男の声に凛子が絶句する。


「ッ!アンタ何でこんなとこにいるの!?すぐに逃げなって誘導したよね!?」


 それは同じクラスの男子で、凛子が応援に来る前に避難誘導していた中にいた一人だった。


「ご、ごめんなさ。お、おれ、マダーの勇姿を写真に収めるのがしゅ、趣味で…。」


 パニックになり、有り得ないという顔をする凛子に、男子は自分勝手な理由を述べる。ヘラヘラ笑うその顔は、命懸けで戦っている彼らにとって悪魔のように見えた。


『ナンダ、トモダチカ?』


 全員がハッとする。大きなヘビに乗った死人は顔を見比べそう聞いた。


「あ、あ…。」

『フン。非戦闘員カ。』


「…ッ!やめ…!」


 守ろうとしたが遅かった。

 ヘビが屋上を勢いを付けて叩き、校舎が大きく揺れ、ひび割れて断層ができた。その断層に男子が巻き込まれたのだ。


「クソっ!【ファイア】!!」


 濁りのない炎が死人へと放たれる。

 秀の氷の盾も死人の周りに付け少しだけでも動けないようにした。


「ちょっと!ちょっと大丈夫!?」


 断層にころがっている男子は腹の辺りの服が広く赤く染まっていた。


「ダメだ、二人ともすぐ戻る!耐えて!」

「わかってる!」


 焦りを隠せない凛子は男子を担ぎ校舎から飛び斎の方へと向かった。完治薬を渡して頼むねと声をかける。

 その瞬間秀の盾が、氷の割れる高い音と共に破られた。少し炙られたように黒くなった死人は体を翻して凛子の方へとヘビを放とうとする。


(長谷川を狙い始めた!?)

「させねーぞ!」


 回禄を死人へと巻き付けヘビを遮断。そこへ炎の龍、炎神を貫かせる。

 死人が悲鳴を上げる。


「隙あり!!」


 秀の幾多の【氷剣アイスソード】もそこへ狙い撃つ。

 だが刹那死人はこちらへと向き直り、一回転して躱し下から通してきたらしいヘビを断層から飛ばしてきた。


「盾!」


 回禄を二人に覆わせるがそのヘビはどちらにも噛み付いてこなかった。


「嘘だろ!?」


 その大きなヘビの体は水を帯びていて、あの超スピードで向かい食らいついた。

 こちらへ戻ろうとしている凛子の体へと。

 彼女がその存在に気付いていたかはわからない。ただほとんどそのヘビの動きが見えない中、彼女が喰われ、その場から消えてしまった事実だけが残っていた。

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