螺子食い魚の冒険

安良巻祐介


 右の眼の奥に古くから棲むあかがね色のうをの餌を得るために、私はこれまで幾つもの図書館や文庫を渡り歩いてきたが、魚の言う「命題螺旋」、最も深遠な螺旋構造を有する蔵書にはいまだ出会えていない。それどころか、その場しのぎの渦巻きすら滅多に見つからないのだから、畢竟、魚はいつも飢えている。私の右目も、歯車のように疼く。

 図書館以外の場所、古い書店などをも気紛れに巡ってみて判ったのは、矢張り、売り物の文字では駄目だということ。貨幣や紙幣の影からすっかり解放され、秘密の符丁の元で棚に収められ、ある種のワインのように──これは魚の言い回しだが──熟成した文字列でなければならぬらしい。……

 あてどない道行きの中、これはという書の幾つかを紐解いた時、稀に、連ねられた文字が簡単な渦を巻くのを見つけることもあった。そんな時は、瞳の奥であかがねの魚が、瞼のない目を光らせるのだが、結局、いずれもひどく儚い渦巻きばかりで、ほんのつかの間、魚の舌を湿す程度に終わる。……

 そろそろ何十年歩いたかわからなくなってきたこの頃、時折考えることもある。或いは、私と魚とは、永遠の空腹を抱えて歩き続けるよう定められたのかもしれぬと。そして、その堂々巡りな彷徨の軌跡──私が死ぬ時に初めて完成するであろう、この懐の何でもない記録などが、私という棚の中で、目指す命題螺旋に最も近い形を描くのかもしれぬと。

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螺子食い魚の冒険 安良巻祐介 @aramaki88

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