第11話 お判りのくせに
「さて」
店主は続きを語らなかった。
「ブロウ氏の決意のおかげで、期せずして五千クーランが手に入る。会計に余裕ができるよ、トール」
ぱしんと店主はひざを叩いた。
「棚上げにしていた、君のメンテにかかろうか?」
問われてトールは片眉を上げた。
「僕のヴァージョンアップは、していただけるんですか?」
「もちろん」
にっこりとマスターは笑んだ。
「しないとも」
その返答に彼は息を吐いた。
「そうだと思いました。マスターは、旧式の僕がオプションの改造だけでどれだけやれるか、実験してらっしゃるんですものね」
「実験だなんて。マッドサイエンティストじゃあるまいし」
「似たようなものじゃありませんか。この工房に、不法なリンツェロイドが何体あるとお思いなんです?」
トールは爪のある手を振った。
「手続きをしていないだけで、違法じゃないよ」
マスターは主張した。
「そういうのは違法と言うんです。お判りのくせに」
厳しくトールは指摘した。
「君もリズのデータを見るかい。とても面白いものが見られると思うけれど」
「妹の日記を盗み見るみたいで、好きじゃありません」
「エミーのときは、見たのに?」
「あれは、お手伝いのために見たんじゃありませんか」
むっつりとトールは言った。
「マスターが無茶苦茶なプログラム作るから、いけないのに」
「機能しているプログラムは、無茶苦茶とは言わないよ」
「そういうことを言っているんじゃなくて」
トールは反論しかけたが、息を吐いて諦めた。
「また、エミーを販売に出すんですか?」
「もちろん。彼女が歌いたがっているからね」
「うちで歌わせておけばいいのに」
「それじゃエミーが不満なんだよ」
「機械に心はないんじゃなかったんですか」
「ないとも」
マスターはきっぱりと言った。
「もちろん、プログラムさ。ただの」
「――そうですね」
トールはそっと呟いた。
「僕はマスターが判りません」
「そう?」
彼は肩をすくめた。
「さあ、それを片づけたらアカシのところに。リズのリストアはすぐに終わるだろうから、そのあとは君のメンテを。それから一緒に、アカシのチェックをしよう」
『ちょっと、マスター。何か設定、いじらなかったっすか。一部ファイルが開かないんすけど』
スピーカーから声がした。店主は首を振る。
「いや、私じゃないよ、アカシ。君の記憶回路に狂いが生じたのでなければライオットだろう」
『ライオットお? あれに端末いじらせるなと言いましたよね、マスター。あいつ、天然のクラッシャーなんだから』
不満そうな声に、店主は少し笑った。
「トール。ライオットを起こして尋ねてきて。それからアカシの作業を手伝ってくれるかな」
『データさえありゃ、リストアなんてコマンドひとつですよ。かまわんからトール、あんたは休んでな』
「それじゃアカシにもコーヒーを」
マスターはトールを見た。それは頼む、とアカシも言った。
「はい、マスター、アカシ」
助手は素直にうなずいた。
「……マスター」
「何だい?」
「もし……いえ」
少年の形をした機械は首を振った。
「何でもありません」
カップとソーサーが載ったトレイを持ち直すと、〈トール〉は踵を返した。〈クレイフィザ〉の店主は笑みを浮かべ、黙ってそれを見送った。
―Next Linze-roid is "Sandy".―
クレイフィザ・スタイル ―リズ― 一枝 唯 @y_ichieda
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