第17話 エピローグ
……このような数々の山や谷を越え、どうにかこうにか制限時間内にゴールをすることができた。
四年に一度のマラソン大会で社内が盛り上がる理由もわかったし、スポーツ用品メーカーに勤務しながら、「スポーツ」というものに触れて来なかった自分が、行う側として参加できたことはとてもよい機会を得たといってもよいと思う。
最後に運動素人の私が最後まで走り切ることができたのはひとえに、走ったこともない僕にマラソン大会の出場の機会をくださった東堂課長をはじめ、この大会の日まで私を指導してくれた小林さん、来賓として盛り上げてくださったMinoriさん、そして大会の運営者の皆さんのおかげにほかなりません。どうもありがとうございました。 了
「ふぅ、書き終わった!」
僕は朝からそろそろ終業という頃までたっぷり時間をかけてWEBの社内報に掲載するレポートを書いていた。題して「運動シロートの広報部員のマラソン大会出場記」だ。
アップロード前に紙にプリントアウトしたものを課長に最終チェックをしてもらおう。
僕は席から立ち上がろうとして「あいててっっ」と声を上げる。
こんな筋肉痛今までなったことがないというくらいの全身筋肉痛。二日たってもいまだにこのありさまだ。
どこもかしこも痛すぎて、何をするにもゆっくりゆっくりのスローペース。下手したら生まれたての仔馬のようにプルプルしかねないこの姿ははたから見たら笑いを誘うらしい。
「あはははは。山本君見てたら笑いすぎてもう産まれそう……」
明日から産休にはいる花田さんが縁起でもないことを言いながら大きなお腹をさすってケタケタ笑っている。
「花田さぁん、そんなにおかしいですかね? 僕」
花田さんは笑いながらコクコク頷いている。
「みなさん、想像以上に山本君はつらいはずだからいたわってあげましょうね」
「小林さん、優しい!」
プリントアウトした原稿をヨタヨタと取りに行き、そのままヨタヨタと課長のもとへ行く。
「あ、あのぅ……」
「ん? なんだ、山本」
手元の資料から顔を上げ課長は僕の顔を見る。
「マラソン大会の参加手記を書き上げましたので一度目を通していただきたいのですが」
「なんだ早いじゃないか。身体の痛みがリアルなうちに、とでも思ったんだろう」
ニヤリと課長が笑う。
「当たり前です!身体を張っての手記なんですから。鉄は熱いうちに打てっていうじゃないですか!」
課長はぷっと噴き出すと
「お前からそんな言葉を聞くなんてな」
と言ってほんの少しだけ、目の錯覚かと思うくらい一瞬笑ったのだった。
「まぁ、いい。これはあずかろう」
書類を受け取りながら、
「今週末あたり山本のマラソン完走慰労会やろうと思うんだがどうだ?」
「あ、すみません!」
僕は即座に口を開く
「なんだ、山本都合悪いのか? まさかMinori絡みじゃないだろうな?」
さすが、課長。先手を打ってジャブを打ってきたか。よしプランBに作戦変更だ。
「そっちは見逃し配信でもいいんですけど……。花田さんの産休が明日からなので、明日の方がいいのかなって」
「あ、正直、私、そっちの方が助かりますぅ」
花田さんが手をヒラヒラして挙げている。
もちろん、今の理由は嘘じゃない。花田さん、お腹大きいのに会場まで来て、周りの観客が「……産まれちゃうんじゃ?」って心配するくらい力いっぱい応援してくれたらしい。めちゃめちゃ感謝してる。
せっかくだからサプライズで産休だけに、Thank youプレゼント! なんて渡したりできないかなかと考えているのだ。
慰労会が明日になることで週末の逆さま坂15のプチライブがリアルタイムで見られるっていうラッキーは僕から僕への小さなご褒美として許してもらえるだろう。
それにしてもMinoriちゃんは本当にいい娘だった! 僕は思い返してひとりにやつく。僕はあの日、競技場でゴールの向こうで手を振っていMinoriちゃんに向かってその時残ったすべての力を出し切って走った。
やっとの思いでゴールして半分朦朧としながら「時間、時間は……」と制限時間内でのゴールかどうかを気にする僕に
「間に合ってる! 大丈夫だよ! 山本くん、すごい! 感動した!」
そういって手を握ってくれたのだった。
階段の踊り場で出会った時の「応援するね」の約束をこんな形で守ってもらえるなんて……もう、マジ天使、いや女神だな。僕は涙ぐみながら
「僕も、感動しました……Minoriちゃんを一生応援し続けますっ!!」
って、言ったのだ。
その言葉を嘘にしてはいけないと思うよね。
だからできれば応援はリアルタイムで!
というわけで、ほぼほぼ事実を伝えるのみで僕の要求を100パーセント勝ち取って万事オーケーだ。
「ヤーマーモートー、お前心の声がだだ漏れてるぞ」
課長に釘を刺された。しまった、長居は無用ということだ。
「あ、じゃぁそういうことで……」
僕は自席に戻ろうとする。
「山本!」
「は、はいっ!」
「……身体大丈夫なのか」
「満身創痍ですけど、なんとか……」
「そうか」
「課長の膝はの方は?」
「あぁ、大したことがない。瞬間的に力が入らなくなることがあってな、すまなかったな」
すまない?
僕は一瞬考えた。
最後まで一緒に走れなくて済まないっていうのと心配かけてすまないってことだろうか。
「いえ、あの時は心強かったです。ありがとうございました」
「その……お前も、よく頑張ったと……思う」
「ありがとうございます!」
課長は黙って頷くとそのまま課長の席の前に立ち続けるている僕を見て
「……何をしている、話は終わりだ。早く席に戻れ。」
と変な照れ方を見せるをのこしつつ僕は席に戻り、お互い変な照れを残しながらその日の業務を終えたのだった。
帰宅後は何もない夜。急にトレーニングを辞めるつもりはないけれど、とにかくこの筋肉痛が収まらないうちはなにもできない。
これ幸いと僕はのんびりしながらご飯を食べて音楽を聴いていた。絵にかいたような穏やかさだ。至福の時を堪能していいるとマラソン大会の日に連絡先を交換した村山君がお疲れ!とメッセージを送ってきてくれた。
「僕が超えた、というか超えさせられたマラソンという大きな山は初めてだらけ&大変なことだらけで業務命令じゃなきゃ絶対にやらなかったと思うけど、終わってみたらなんとなくやって良かったな、みたいな気持ちになっている」
そう正直に、返信してみたら
「あっぶね! 山本君それ、術中にはまってるよ」
っていうひと言と青くなったウサギのスタンプが返ってきた。
村山君と仕事以外でやり取りするなんてなんか新鮮だ。今度ほかの同期の人とみんなで集まろうって言ってたな。
なんだか楽しみだな。と意外にもそう思う自分がいることが意外だ。
僕はこれからも変わらず逆さま坂15とMinoriちゃんを推す活動は続けるし、友達だって多分そんなに増えたりしないはずだ。けれど人とのやり取りや会社のあれこれ、いままではただめんどくさいだけだったことが少し違って見えてきた気がするなぁ。
そう思いながら僕はいつの間にか眠ってしまったようだ。
翌朝、出勤してフロアの入り口に立つ。大丈夫、始業まで時間はある。そう確認すると
「おはようございます!」
僕は大きな声で挨拶をしてフロアに入ってゆく。みんなが目をぱちくりしながら見ている中、僕は自分の席へ向かうのだった。
了
走れ!ヤマモト!宅オタの僕がマラソン大会に強制参加?僕はゴールに辿り着けるのか 四葉ゆい @yotsuhayui
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