遅いもん勝ち

糸井翼

遅いもん勝ち

さて、決勝のレースが始まります。解説は日本選手権元チャンピオン、遅村さんです。遅村さん、よろしくお願いします。


はい、よろしくお願いします。


このスローランニング、遅さを競う種目で、日本ではまだ新しい競技だと思いますが、スローランニングという種目の魅力を教えていただけますか。


はい、これまで足の遅さは才能として見られていなかった訳です。それがこの競技を通じて、一つの才能と見なされるようになった。その才能を掘り出したということ。そこですね。まさに才能の多様性ですよ。


あー、なるほど。他には?


はい、あと、人が一生懸命走る姿が美しい。そして可笑しい。それを実感できる競技ですね。早い方のレースではなかなか感じられませんよね、なかなか。


あー、確かに。お、選手たちがスタートラインに並びました。みんな集中していて、それでいて自信満々の表情ですね。日本代表の桐は第二レーンです。


はい、桐も良い表情です。


この競技の難しいところ、遅村さん、解説してください。


はい、ルールは簡単で、この競技は走って遅い方が勝ち、なんですけど、全力で走らないと失格になります。わざと遅く走ったり、ケガしていたりしたら失格。ここは審判との駆け引きがあります。年齢資格なども厳しいこともあります。また、運動神経が悪すぎると、これまた難しい。


あー、なぜですか。


はい、運動神経が悪すぎると、走る形が崩れすぎて、わざとらしく見えてしまいますから、失格になりかねないのです。走る形、フォームは重要です。


あー、確かに。深いスポーツですね。


はい、深いです。調整を上手くしないとケガに繋がりますし、でも、調整が良すぎても足が早くなっちゃいますから。


なるほどね…。さて、もうすぐスタートです。位置につきます。……スタート!ニッポン、遅い!遅れた、遅すぎる!


はい、このスタートの反応の遅さ、ニッポンの強みですね!


ニッポン、遅い!決勝選手たち、全員見事な鈍足だ、だが、ニッポン!あーっと、隣の選手も粘る!粘る!粘って、ニッポンも、ほぼ同時だ、ゴールはどっちだーっ!


はい、どっちでしょう。


……ビデオ判定ですか。そのようですね。


はい、ニッポンのが遅かったと思いますけど。


あー、ビデオ流れます。…どっちだ、ほぼ同時、…お、ギリギリ隣の選手の方、頭が早い!ニッポンの方が遅い!優勝はニッポーーーーン!


はい、素晴らしい!おめでとう!


ニッポン代表桐、自身の一位を確認して、ガッツポーズ!あー、ちょっと照れくさそうな表情ですね!


はい、これがニッポン選手の謙虚さ。控えめなのも素晴らしいですが、もっと喜んで良いと思います。


ええ、世界一ですからね。ニッポンの桐、ニッポンの誇り!世界最遅の称号を、今、ここに手にしました!


はい、私も誇らしい気持ちです。いやー、しかし、素晴らしい遅さだったな。桐、さすがです。


さて、コマーシャルを挟んで、表彰式を引き続き中継いたします。ニッポンの桐、スローランニング、金メダルです!



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