後編
「アオヤ、お前強いじゃねえか。よくやったな」
「まぁ、命懸けてたんで。最後のヤツも、なんか出来ました」
この人たち、「なんか出来た」とか、「ちょっと頼む」とか。アバウトな事ばっかり言うな。まぁ、それでもやっぱり勇者だし、ここまで戦ってきた実績があるし、あまり気にはならないか。
何より、シロウさんのオーダーは恐ろしいくらいに的確で、彼の言う通りに戦っていれば結構勝てたりするのが、俺が彼を信頼している所以だ。
「これあれだな。クロウのアクセサリーの分ちょっと忙しくなるけど、カバー出来なくはなさそうだな」
「アオヤ君はかなりやれますしね。問題は、こっちかと」
「殺す殺す」
モモコちゃんの治癒はとっくに完了していたのだが、また暴走して二人の邪魔をしてはまずいと思ったから、シビレアという麻痺を与えるレベル3のスキルで動きを止めていたのだ。
「言う事聞いてくれりゃいい戦力になるだろうし、まぁ大丈夫だろ。最悪、クビにして別のメンツ揃えようぜ」
「……そうですね」
シロウさんは、恐ろしいほどに現実主義者だ。今あるモノ、それぞれがやれる事だけを重視し、奇跡や神を一切信じていない。アオヤ君の最後の攻撃だって、一発目を見ての判断なのだろう。
ただ、やるべきことをやるだけ。彼は俺の知る限り、歴代で最もクレバーな勇者なのだ。
× × ×
そんな調子で旅を続け、俺たちは『デビルジチョー』と『デビルブチョー』を撃破した。これで残る悪魔幹部は二人。旅もそろそろ終盤へ差し掛かるところで、今はデビルジョームとの戦闘中だ。
「モモコ、殺意は抑えられてるか?」
デビルジョームの攻撃をいなしながら、シロウさんはモモコちゃんに問う。
「はい、大丈夫です。コロス……」
あれから、俺たちも随分と強くなった。
モモコちゃんは、殺害衝動を抑える為のオリエンテーションを何度か行い、遂には戦闘で理性を保つことが出来るようになった。
元々素直な子で、おまけに適合者らしい天才肌を見せつけた為、唯一のレベル5のスキル持ちの、パーティ屈指のアタッカーとして活躍するようになったのだ。
「やべっす、シロウさん。僕、多分そろそろ死ぬかも」
「じゃあスイッチ、キータんとこまで下がれ。前は俺とモモコで何とかする」
言って、シロウさんはデビルジョームの雷をホーリーセイバーで受けると、帯電した状態で斬りつけて撤退までの時間を稼いだ。
アオヤ君の結構何でも出来る、と言った言葉は嘘ではなくて、攻撃を受け流して翻弄し、ヘイトを稼ぎ視線逸らすタイプの優秀なタンクとなった。スキルの伸び率も高く、既にレベル4のスキルを四つも獲得している。
「モモコ、ヘルフレア。その影から心臓ぶっ刺して来る」
「分かりました。……コロス」
シロウさんのオーダーを受けて、モモコちゃんがスキル、ヘルフレアを唱えた。ヘルフレアは、レベル5のスキルだ。リキャストタイムが長い代わりに、絶大なダメージを与えることが出来る。
「グルォォォォオオ!!」
アオヤ君にヘイトを向けていたせいでヘルフレアの直撃を受け、デビルジョームは咆哮を上げた。瞬間、囮としてシロウさんがスケアクと言う分身のスキルを発動し、ジョームの意識を惑わせた。二者択一、外せば負けると言った状況に陥った奴は、右側の分身に拳を見舞った。しかし、それは幻影で左からもう一つの影が斬りかかる。
「……!?」
ジョームが驚いたのも無理はない。何故なら、左から現れたシロウさんも幻影だったからだ。
「悪いな」
声の後、背中から突き刺さったホーリーセイバーの切っ先が、俺たちの方へ血の飛沫を飛ばす。心臓を一突きにされたジョームは口から血を吐き出すと、そのまま前に倒れて動かなくなった。
「首落としとくか。よいしょ」
言って、シロウさんはジョームの首を切り落として細切れに刻んだ。
「モモコ、これ焼いといて」
「ウキャアアアアアアアアアアア!」
シロウさんに言われて、戦闘中に抑えていた衝動が抑えきれなくなったモモコちゃんは、ホーリーロッドの尖ったところで死体をボッコボコにぶん殴った後、リキャストタイムのたまったヘルフレアで跡形もなく消し飛ばしたのだった。
……その後、近くの町まで戻って来た俺たちは夕飯を食べながら次の作戦を立てていた。
「あとはデビルセンムと魔王だけか。何とかなりそうだな」
「なりそうだな」
「そうですね。二人もこの三ヶ月でかなり強くなりましたし、つーか気が付いたらまた俺が一番弱いんですけど」
「ヒーラーだし、別にいいだろ。ライケアもレベル4になってヘビケアになったじゃねえか」
「そうですよ。気にしなくていいと思いますよ」
「本当は、ホーリーロッド持ってる君のスキルが一番効率いいはずなんだけどね」
「……は?別にいいじゃないですか。何ですか?なんか文句あるんですか?」
言って、モモコちゃんは食事用のナイフを構えると立ち上がったが、シロウさんがそれを抑えた。
「落ち着け、モモコ。キータ、戦闘後のモモコは丁寧に扱えって言っただろ。興奮して沸点低くなってんだよ」
「そ、そうでしたね。モモコちゃんごめんね?」
「コロスコロス」
そんな話をしていると、僕らの隣を通りかかったパーティの男が、何を勘違いしたのかシロウさんに殴りかかった。
「いってぇ、何すんだよ」
「おい、お前女の子に何してるんだよ?」
「何って、キータが殺されないように止めてただけだけど」
言われて、シロウさんを殴った男は顔をしかめた。
「……お前、シロウか」
「そうだけど、あんた知り合いだっけ?」
言われ、彼はプライドを傷つけられたらしく、ヒクヒクと瞼を動かしている。
「あ、シロウさん。クロウじゃないですか?あの回復術師の」
「あ~、前にウチに居た奴ね。久しぶり」
「忘れてたのか?……まぁいい。シロウ、お前女の子を傷つけるなんてどういう神経してるんだ。勇者なら何してもいいと思ってるのか?そこまで落ちるとは、ざまぁないな」
「別に思ってないし、傷つけられそうだったのはキータなんだけど」
言い返すも、クロウの周りには女冒険者が四人いて、彼女たちがやいやいとシロウさんに突っかかった。
「女に手を上げるなんて最低です、あなた勇者なんですよね?」
「そうだけど、と言うか俺の話聞いてた?」
「聞く価値なんてありません。クロウさんが正しいですから」
そう言う彼女は、まるでクロウ以外の何も信じていないと言った様子でシロウさんに食って掛かる。ついでに、アカネを除いた有象無象までもが口を挟んできて、中々にカオスな状況となってしまった。
「まぁ、みんな落ち着いて。これじゃ話も出来ない」
「いや、お前が先に突っかかって来たんだろ」
「キータさん、こいつなんなんすか?」
アオヤが俺に訊く。
「前にウチのパーティに居た回復術師のクロウ。モモコちゃんより強いよ」
「マジすか?デビルセンム倒せるくらいですか?」
「デビルセンムならもう倒した。俺には、宝具が無くても奴らを倒す力がある」
「ヤバすぎでしょ。……あれ、でもなんでそんなに強い奴クビにしたんですか?」
「それはだな……」
俺が説明をする前に、クロウはモモコに手を差し伸べた。
「さあ、もう大丈夫だ」
「あぁ、興奮してるのに」
「コロスコロス」
言って、モモコはクロウに殴りかかった。不意を衝かれたクロウはモロにモモコの拳を受けて、後ろのテーブルに激突した。
「……え?」
「なぁ、クロウ、そう言うところだぞ」
暴れ出したモモコを再び抑え、シロウさんが言う。
「な、なんだよ」
「お前が一番強いなんて事は、俺もキータも分かってた。だが、お前はデビルカチョー戦で俺の言う事も聞かずに勝手にアカネを助けに入っただろ」
「それは、アカネが危なかったし、何より俺が一番強いからだ。実際、なんの問題も無かったじゃないか?」
「そう言う事じゃねえんだわ。組織ってのは、リーダーの言う事聞かない奴が一人いるだけで瓦解しちまうもんなんだわ。確かにデビルカチョーくらいならお前ひとりでどうとでもなるだろうけど、その先の魔王戦を見据えて考えたら絶対にやっちゃいけない事なんだよ。俺、何回注意したよ?」
気が付けば、取り巻きの女冒険者たちも口を閉じていた。
モモコちゃんとクロウの決定的な差はそこだ。あの子は、確かに暴走気味でピーキーな性格をしているけど、何とかシロウさんの言う事を聞いて今では戦闘中に暴れる事は無くなっている。
「お前の才能やら実力やらは分かるけど、それだけの力があって追放されるその意味を考えろよ。お前は人として終わってんだよ。隙あればキータを見下す態度とかさ、何かあれば自分の意見だけを主張する態度とかさ、全部俺は知ってたわけ」
実際、俺は今でも一番力が弱い。しかし、助けてもらうたびに「やれやれ」と言われ、見下されているのが苦しかったのも事実だった。今は、それはない。
「俺は、勇者であるお前より強いんだぞ。当然だろ?」
「だからなんだよ、俺が勇者に選ばれたのはホーリーセイバーを使えるからであって、俺より強いやつなんて世界にはゴマンと居るっつーの。お前、視野狭すぎだろ」
「お、俺には新しい仲間がいるんだ!どうだ?みんな俺を正当に評価してくれる!デビルセンムのアジトの近くに住んでいた人々だって、俺を評価してくれてんだ!」
聞いて、シロウさんはため息を吐いた。
「お前、そんなに人から評価されたかったのか?なら、最初から勇者のパーティなんか入るべきじゃなかったな。どっかでその子たちと、悠々自適なスローライフでも過ごしてる方が向いてると思うぜ」
「そういう訳じゃないだろ!俺はお前が不当な解雇を行った事に対してムカついてるんだ!」
「さっき説明しただろ。それに、宝具なくても悪魔幹部倒せるんだったら、お前が魔王倒してきてもいいぞ。すげえじゃん。宝具なくてもやれるってんなら、多分王様も話分かってくれると思うぜ」
「それはお前たち勇者の仕事だろう!」
「なら邪魔しないでくれよ。俺たちはフリーの冒険者じゃなくて、国王様の勅命を受けて勇者名乗って命懸けてんだからさ。迷惑だ」
「なっ……なっ……」
シロウさんは、モモコちゃんを小脇に抱えると剣を拾って、扉の方へ向かった。
「何でも人のせいにしない方がいいぜ。もし、この先お前より強い奴が現れた時、自分が死ぬ理由すら人のせいにしちまったら、最後に悔しい思いすんのはお前だからな」
そして、キィと扉を開いて外へ出て行った。クロウの方を見ると、周りの女冒険者たちは口々に彼を慰めて、シロウさんへの罵詈雑言を繰り広げている。そして、クロウもまたシロウへの恨みを強くしたらしく、必ず復讐するなどとのたまっていた。
「キータさん、あいつら狂ってますね。つーか、悔しくて動けないから、いつか復讐する、とか言って正当化してんの、自分で気づかないんですかね。自主性とかないんですかね」
「ないし、気づかないんだろ。責任感とか気苦労とか、そう言うのと無縁に生きてきた奴って、実力とか関係なしに異常に逆境に弱いんだよ。ま、そう言う奴も世の中にはいるさ」
「そういうもんですか。まあ、あれだけかわいい女の子に囲まれてるんなら、確かに勝組っすよね。モモコより強いらしいし」
「……もう行こう。シロウさんの悪口を聞いてると、イライラしてくる」
「そっすね」
そして、俺たちもシロウさんの後を追って店を出たのだった。
× × ×
「勇者シロウ!そしてキータ、アオヤ、モモコよ!よく魔王を滅ぼし、この世界に平和をもたらしてくれたな!感謝するぞ!」
「ありがたき幸せです。国王様」
跪き、宝具を返還するシロウさんの背中を見て、俺はとても誇らしく思った。
デビルジョームを倒したあの日より一ヶ月。俺たちは遂に魔王を撃破して世界を救うことが出来たのだ。
紙吹雪が吹き荒れるパレードで、俺はこの旅での事を思い出していた。辛い事も、くじけそうな事もあったけど、最後までやり通して本当に良かったと思っている。何度も負けると思ったけど、シロウさんを信じて一緒に戦う事が出来て、心からよかったと思っている。
「この世界に、平和の在らんことを」
俺は植木屋に、シロウさんは消防屋に、二人は元の冒険者に戻るのだろう。しかし、もしいずれ再び世界に闇が訪れた時は、この四人で旅をしたいと、そう思っている。
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