万年二位の下剋上

伊崎夢玖

第1話

幼稚園の頃、かけっこが嫌いだった。

どんなに走っても、結果は二位。

絶対一位にはなれない。

あの子がいるから。


その子の名前は忘れた。

ここでは『Aちゃん』としよう。

幼稚園の頃のかけっこは名前順だったので、Aちゃんとはいつも同じ組。

別の組になりたかったけど、ルールはルール。

守らなければならない。

Aちゃんはスタートは遅い。

そのくせ、中盤以降の伸びが異常によかった。

だからスタートで勝っていても、ゴール近くでいつも負ける。

(今回も負けた…)

何度となくAちゃんに苦渋を味わわされた。


そんな私が一度だけAちゃんに勝ったことがあった。

運動会の障害物かけっこ。

トラックに三か所障害物があって、それを乗り越えてゴールを目指すというもの。

私とAちゃんの組の番がきた。

「位置について」

先生の号令と共にスタートラインに立つ。

「用意…」

スタンディングスタートの姿勢になる。

「ドンっ!」

先生の掛け声と同時に駆け出す。

今回もスタートは私の方が勝った。

最初の障害物を越えたところで、Aちゃんに抜かされた。

(今回も負けるのかな…)

どこか弱気な私がいた。

それでも負けたくない一心で必死にAちゃんに食らいつく。

二つ目の障害物でチャンスが訪れた。

机に置かれた色とりどりの先生たち手作りのカエルのレイ。

その中から一つ好きなレイを首から下げて次の障害物に向かう。

ここに先に到着していたのはもちろんAちゃん。

そこでAちゃんは悩んでいたのだ。

「赤にしようかな?でも、ピンクもかわいいし…」

実に幼稚園児の女の子らしい、かわいらしい悩みである。

しかし、今は運動会。

かわいらしい悩みも命取りとなる。

ひたすら悩んでいるAちゃんを横目に、私は走りながらレイを奪い取った。

何色にするとか決めていなかった。

とりあえず走っていって、自分から一番近くに置かれているレイを取る。

それしか頭になかった。

走りながら首からレイを下げ、最後の障害物へ向かう。

最後はネットくぐり。

障害物レースではお約束である。

(とにかく勝つ…!)

ネットをくぐって、ゴールへ走り込む。

後ろを振り返ると、やっとネットをくぐり終えたAちゃんの姿。

私の前には一位の旗。

とうとう私は一位をAちゃんからもぎ取ったのだ。

先生に誘導されて、一位の待機列に座って並ぶ。

他の組の子たちが終わるまでの間、ただひたすら泣いた。

たぶん、生まれて初めてのうれし泣き。

この時の写真が実家のアルバムに残されていた。

目をうさぎのように真っ赤にした泣き顔。

これがAちゃんに勝った最初で最後の一位だった。


その後、私は引っ越してAちゃんとはそれ以来会っていない。

どこで何をしているのかも知らない。

ただ、Aちゃんとの出会いは私にとってかなりプラスだった。

Aちゃんとの競争のおかげで私はどうやら足が速くなったらしく、小・中・高と体育祭のリレーの選手に毎年選ばれた。

リレーの選手に選ばれるのはクラス上位五人。

本番を走る四人と補欠の一人。

私は四人の中に毎年選ばれた。

しかし、クラス一位ではない。

ここでも二位なのだ。

どこまでいっても私の足では二位が限界。

でも、もう悔しくはない。

Aちゃんに勝ったあの一位が私の人生の全てとなったから。

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万年二位の下剋上 伊崎夢玖 @mkmk_69

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