明治の徒競走と兵式体操

井上みなと

第1話 明治の小学校の兵式体操と徒競走

「先生、来年から兵式体操という授業があるそうです」


 明治二十二年。

 真琴が小学六年生になるときのことだった。

 

 北星は聞き慣れない言葉に、赤みがかった瞳を瞬かせた。


「兵式体操……? ああ、隊列運動が兵式体操という名前になったのかな」

「昔は違ったのですか?」

「昔というほど昔ではないけどね。前までは小学校の授業は、隊列運動という行進などをする授業があると聞いていた。もっとも昔の子供たちはなかなかできなかったそうだが」


 行進が出来ないというのが不思議で、真琴は首を傾げた。


「どうして行進が出来ないのでしょう?」

「ああ。昔の武士は、個々の武を磨くことはあったけど、黒船が来る前までは、集団訓練みたいなのはなかったんだよ。もちろん寺子屋に通ってた子たちにもなかった。だから教える側も慣れてなかったんだろうね」


 真琴の学校の先生でも、高齢の先生は行進とか集団的行動動作は苦手かも知れないと北星は説明した。


 そして、保護者としてこれから真琴がどんな授業を受けるのか気になり、北星は学校でどんな説明をされたのか尋ねた。


「兵式体操は何をするとか聞いたかい?」

「はい。兵式体操では、気を付け、休めなどの姿勢や早足、先生が今おっしゃった隊列の教練と、それから携銃教練をすると言っていました」

「携銃教練か……」


 なぜそんな教練をするか、北星にはだいたいわかる。

 

 明治の世は御一新の前と違い、徴兵制度というものがある。

 学校に軍隊式の体操を入れることによって、早くから兵士としての能力を身につけさせたいという政府の意図があるのだろう。

 

 元々は師範学校や中学校だけで歩兵操練が行われていたが、それがついに小学校にまで年齢が下がってきたようだ。


 真琴は北星の変化に気づかず、学校で聞いたことを自分の師匠に丁寧に説明した。


「携銃教練では、銃剣術、装填法、射撃法などをやるものだと言っていました」

「……そうか」

「でも、学校の先生はそんなのやらなくていいとも言ってました」

「おや?」


 北星の声がちょっと上がる。

 意外な展開に興味を覚えたのだ。


「なぜ、学校の先生はそんなことを?」

「まだ、小学校の内は体が出来てないのだから、そこまでせんでいいと。携銃教練は携銃柔軟体操だけを行うつもりだと」


 携銃柔軟体操という名称が聞き慣れず、不思議そうな顔をする北星に、真琴は腕を伸ばして見せた。


「こんな感じで銃を持って両肘を上げたり、体や足の運動をするそうです」

「銃を棒みたいに扱う感じかな」


 半分くらいしか理解できなかったが、北星は少しホッとした。

 そして、体育の変更に関連して、ある行事が変更になるのか気になった。


「運動会も何か合わせて変わりそうかい?」

「いえ。個人競技は徒競走、集団競技は綱引きと、低学年の時と同じだそうです」

「そうか。真琴は足が早いから、徒競走があるのは楽しみだね」


 徒競走は明治の学校の運動会でも基本であり、中心となる競技だった。


「はい、運動会が来たら頑張ります! 後は高学年は新しく提灯競争と、二人三脚と、源平玉投げと……」


 学年が上がって大人になった気がして楽しいのか、真琴が普段より饒舌に授業や運動会の予定を話す。


 北星は目を細めてその話を聞きながら、兵式体操のことを考えた。


 名前は兵式であるけれど、あるいは単なる外国語の訳語で、軍国的というより開明的な方針なのかもしれない。

 ただ、軍国的な流れに、教育者側が反発をして、真琴の学校の先生のような言葉になったのかもしれない。


(いずれにしても、学校教育側がそういった動きに反発できるうちは大丈夫だろう)


 そう、反発できる内は……。


 

 

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明治の徒競走と兵式体操 井上みなと @inoueminato

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