等速直線運動をする兄弟

下垣

兄貴待ってやれよ

 問1.次の読んで設問に答えなさい


 兄は家を出て分速50メートルで歩きました。弟は兄が家を出てから30分後に家を出ました。

 弟は兄に追いつくために分速80メートルで走って追いかけました。さて、弟は兄が家を出てから何分後に兄に追いつくでしょうか?


 これは、そんな兄弟のお話である。



「おい、やべえぞ弟者」


「何用だ兄者。手短に言え。出ないといくら兄者と言えど容赦せん」


 リビングのテレビにて借りてきたDVDを見ている弟。丁度、主役と悪役が対峙しているいいシーンなのに兄に邪魔されてキレそうになってる。


「ここから4キロメートル先にあるスーパーで卵のタイムセールがやっておる。おひとり様1パック限りの限定品だ。だから、弟者よ。一緒に来てくれ」


「御意。卵なら仕方ないな」


 この兄弟は無類の卵好きだった。その事情があるならDVD鑑賞の邪魔をされても許すと弟は寛大な心を見せた。


「よし。早速行くぞ弟者よ」


「待てい。兄者。このDVDは後30分で終わる。それまで待ってくれぬか」


「30分か。その時にはタイムセールが終わってるかもしれんな。待つことはできぬ。我1人でも先に行こうぞ」


 兄、弟を置いていくと決断。弟。DVDを見たいが故に30分後に家を出ることにした。DVDはレンタル期間中ならいつでも観れるんだから我慢しろ。兄は心の中でそう思ったが、あえて口に出すことはしなかった。


「では、弟者よ。我は分速50メートルで4キロメートル先のスーパーを目指す。がんばって追いつくのだ」


「承知した。では、また後程落ち合おうぞ」


 そんなわけで、兄者は4キロメートル先のスーパー目指して分速50メートルの速度から寸分たがわないスピードで歩き始めた。


 決して乱れることがないペース配分。正にペースメーカーに相応しい。彼がマラソンのトップにいたら、後ろの選手はさぞ心強いことだろう。


 どういうわけか途中で1回も信号に引っかからない。なぜなら、信号に引っかかったらその時間だけロスが発生してしまう。つまり、この問題自体が成立しなくなるのだ。そんな超常現象的なことが起こりえるのかと思うかもしれないが、納得してもらわなければならない。ここはそういう世界なのだから。


 兄が20分ほど歩いた先、目の前が工事中で道が塞がれていた。なんということだ。これでは、4キロメートル先のスーパーに辿り着くことができない。


 仕方ないので回り道をすることになった。その結果、4キロメートルだった距離も4200メートルとかなり中途半端な数字になってしまった。


 でも、これは仕方のないことだ。工事は仕方ない。みんなの公共の道路を整備してくれているのだから。作業員の人に文句は言ってはいけない。彼らがいるからこそ道ができて、道ができたお陰で交通の便がよくなり、みんなが助かっている。ありがとう。作業員の人たち。


 兄が等速直線運動を続けていると目の前に青い制服を身にまとった2人組の男性がやってきた。


「ああ、ちょっといいですか?」


 男性2人はどう見ても警察官。兄、まさかの足止めを食らう。職質。これは職質。タイムロス。なんという不測の事態。これには流石の兄も止まらざるを得ない、分速50メートルでスーパーに行くと言う弟との約束を守れなくなる。


「What?」


 兄、まさかの外国人のフリをすることにした。


「I can't understand Japanese.」


 無駄に流暢な英語。兄は実は英語を喋れるのだった。


「ああ、外国の方ですか。なら、行っても大丈夫ですよ」


 兄はその警察の言葉に安堵して、先に進もうとした。その時、兄は背後から警察に肩を叩かれた。


「待ちな。お前……本当は日本語わかっているんじゃあないのか?」


 一気に緊迫した空気が流れる。兄は焦った。なぜバレた。確かに兄は典型的な日本人顔だ。外国人で通すのには無理がある。しかし、今は外国育ちの日系というものが存在する。外見だけで判断されるということはないはず。


「What do you mean?」


「確かにあんたの英語は上手い……だが、お前は、この俺が『行っても大丈夫』そう口にした瞬間、安堵した顔を見せて先に進もうとした。日本語の意味がわかってなけりゃあ取れない行動だぜ」


 失態。なんという失態。警察を前にして、まさかの凡ミス。やらかした兄。職務質問自体は任意だ。拒否することもできる。だが、それは建前であって、職務質問を拒否するということはやましいことがある。と警察は疑ってかかってくる。実質的に強制なのだ。善良な市民は職務質問は拒否しないなどという迷惑極まりない思考の元、市民の貴重な時間を奪う。それが国家の犬のやり方なのだ。


 その職務質問から小細工を使って逃れようとした。これは、国家に対する反逆と言ってもいい。それくらいのことを兄はしでかしたのだ。当然警察は怒る。激怒する。憤怒する。なぜ警察から逃げようとした。警察はそのことを追求するはずだ。


「お前……もしかして、警察おれたちになにか隠し事してんじゃあないだろうな!」


 疑惑が確信に変わろうとする。兄は別に犯罪をしていない善良な市民だ。ただ、問題文通りに行動したい。それだけのためにこの世に生を受けてきた人間。この世に生まれてきた宿命を果たせず散ることになってしまうのか。


 万事休す。そう思われた瞬間。兄に天啓が降りる。


「ああ。そうさ。俺はやましいことを抱えているさ」


「なんだと……!」


「分速10メートルでついてきな。追いかけられるもんならな」


 兄は警察の手を振りほどいて分速50メートルで歩き出した。それに対して、警察官2人の速度は分速10メートルしか出せない。


「バ、バカな! どうして! どうして、追いつけない!」


「それは貴様らがこの世界が問題文の世界だと認識していないただの一般人にすぎないからだ。この世界が数学の問題文の世界だと知っているのは俺と弟者だけだ。つまり、先に世界の真理に気づいた俺たちだけが前提条件を書き加えることができるのさ。兄は途中警察に追われることになるが、警察は分速10メートルの速度でしか歩けない。その条件がある限り、俺たちは無敵だ」


 兄は勝ち誇った顔をした。相変わらず分速50メートルで歩いている。数秒のロスはあったけれど、問題なく進めている。この程度は誤差の範囲内だ。


「チクショウ! チクショウ! この悪党があああ! 俺様にこんな仕打ちをおおお!」



 途中妨害があったけれど、兄はなんとかスーパーの前まで辿り着いた。すぐ背後には弟の姿見える。しかし、兄は弟が正確に追いつくまで弟の存在に気づいてはいけない。それがこの世界のことわりなのだから。


「ハァ……ハァ……兄者。やっと追いついたぞ」


 分速80メートルで走ってきた弟。やっとのことで兄に追いつく。


「弟者よ。よくやった。これで無事に問題文の通り合流することができた」


「ああ。兄者。これで我らもようやく自分の使命を果たせたな」


 2人は完全にやりきった顔をしていた。目的のために歩いた兄と走った弟。その2人がついに巡り合ったのだ。


「ところで弟者よ。我は途中で妨害にあってな。問題文の通りにいかなくなりそうだったのだ」


「なんと。それは災難だったな。実は、我も同じく妨害にあったのだ。もしかして、兄者もおなごにナンパされたのか?」


「は?」


 兄は全力の「は?」を繰り出した。


「いやー。まさかあんな可愛い2人組のおなごに誘われるなんてな。涙を飲んで断った」


「弟者よ……貴様とは絶縁だ!」


「なぜ!?」


 そんなこんなありながら、2人は卵を手に入れて、分速50メートルのペースで歩いて家に帰りましたとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

等速直線運動をする兄弟 下垣 @vasita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ