後編 氷室理久

「理久!!8時過ぎてる!何で毎日寝坊してるの!」


「俺、早起きとか無理だし諦めて!」


今日もダッシュで桜田のいる曲がり角を通る。


自慢じゃないけど、俺は小さい頃からいろんな人にモテてきた。メンヘラに好かれて刺されそうになったり、人妻に迫られたことさえある。でも、桜田みたいなやつはいなかった。桜田は毎日食パンを咥えて曲がり角で、少女漫画の冒頭をやろうとしてる。せめて心の中で言っておけ。俺のことが好きとか全部聞こえてる。マジでなんなんだ。


「いっけな〜い、遅刻、遅刻〜。


私の名前は桜田乙女。少女漫画に夢見る高校生1年生。実は理久先輩が大好きでいつか漫画みたいな恋をするために絶賛努力中。」


「きゃっ」


今日も俺は華麗に回避する。なんかいつもと違うような。


「具合悪いか?」


「へ⁉︎」


いつも笑顔のが崩れて、涙を流している。綺麗だなんて思ってしまった。


「こっち来い」


桜田を朝の人のいない小さな公園に連れて行く。


「これやる。」


自販機で買ったカルピスをブランコに腰掛ける桜田にわたす。ここの自販機は160円で高めだ。月1000円しかお小遣いを貰えない俺には痛い。


「ぐずっ、ありがとうございます。少女漫画のベタなシチュエーションです。」


そう言うこと言うな!


「今日母の命日なんです。」


あ…。


「母は私が7歳の時この公園の前でトラックに轢かれて死んだんです。私も一緒に居たのにスレスレで轢かれなかったんです…。真っ赤になったママが、ママだと思えなくて怖くて」


「ごめん。ここに連れて来て。」


慰めたりするのは苦手だ。上手い言葉が出てこない。


「トラウマに先輩が上書きされたんで大丈夫です!」


赤くなった目で笑わなくていいのに。


「先輩、私の事やばい人だって思ってますよね?」


「へ?」


自覚してるとは思っていなくて間抜けな声が出た。


「ママ、漫画家だったんです。ママが言ってたんですよ。乙女もこんな高校生になれたらいいねって。ママの世界で生きたいんです。」


間違ってる気がする。


「桜田は桜田じゃん。桜田が主人公になるのは無理だよ。」


「でも……。」


「いや違うごめん。おまえの人生をその漫画くらいキラキラさせることはできるんじゃない?」


言っててものすごく恥ずかしい。



「理久先輩、好きです。」


ちゃんと告白されたのは初めてだ。


「あ、ありがとう。」


「これからも角でぶつかろうとしていいですか?」


「は⁉︎」


いや、今までの話は何だったんだ?しかもこの流れは付き合ってくださいとかだろ!!


「自分らしくキラキラした高校生活を目指します!でも、先輩と曲がり角でぶつかりたいんです!!!!」


やっぱり桜田は桜田だ。


「もう1時間目始まってるぞ。行くぞ。」


「理久先輩と登校⁉︎」


だから声に出すなって。





いつも曲がり角で食パン咥えてぶつかろうとしてくる桜田は意思が強くて、素直なやつだ。


ぶつかってあげてもいいかもしれない。

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食パン咥えて曲がり角で先輩とぶつかりたい 白薔薇あいす @aisukuriimuaisu

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