最後の命を知った風貌(かお)

あいつに会いたい一心で苦労を重ねた。間接的に死人も出た。

それも無駄骨に終わりそうだ。泉に面した酒場で親を亡くしたばかりの少女から聞いたのだ。

「あれは完全に自立した機械の群れよ。賄賂も脅迫も通じない。改竄を悟れば自爆する」

彼女はそこで口を閉ざした。大粒の涙が頬を伝う。それだけで充分だ。

父親を眼前で看取ったのだろう。だが彼が命懸けで得た情報で絶望に風穴があいた。

ここが何処で支配者が何を企んでるとか全く興味がない。知りたいのは出る方法だ。

「犬死はやめて!」

縋る彼女を振り切って俺は死神の車列を待ち侘びた。わかっている。搬入される物資は毒を帯びている。

誰かが人間を飼い殺す遊びを興じていると仮定してペットに何を求めるだろう。

そう、服従だ。そこで俺は飼い主を喜ばせる為に暴れてみせた。無人車をハッキングし、爆発騒ぎを起こし、バギーを盗んだ。

電源は残り少ない。壁は真正面だ。追っ手は肉薄している。完全に詰んだ。万歳。俺は死ぬ。だがこの機会に別の方向へ逃げても良いだろう。自分が生きる意味は失ったし、生き残る意味は──

「あの、ちょっとお願いが」

俺の思考を遮って後部座席から少女が声を掛けてきた。迂闊だった。警報機が鳴り響くなか荷を積んだままアクセルを踏んだ。まぁいい。どう転ぼうが潜り込むだろう。


何か話せよと目で訴えてきた。

「──俺が帰ったらこの依頼を成すんだろ。俺は死ぬぞ」

これは本心だった。

彼女を危険に晒す訳にはいかない。俺は彼女に最後の頼みをしていた。両手を挙げれば事が済む。

この後に及んでそれが嫌だから俺は彼女に話した。

「──死を望むなら自分の命を捨てる事だ。だがこの俺が死んだらお前も助からないかも知れねぇ。もしくはこの街の皆が不幸な目に遭うぜ」

これはお互い様。少女は俺の言葉を聞いた途端に涙を零した。

「あなたは今まで命ばっかり奪ってきた、あなたは一生の友人って人の命を救えて? それなのにここに来て何も言えないなんて」

彼女の泣き声を最後まで聞かず俺はしっかり頷いた。

「本当は俺だってお前になら救えると思った。でもお前一人を犠牲にしてまで助けるには死に方が判らなすぎる。ここからは俺一人の力でやる」

車を小屋に乗り付け二人で潜んだ。

彼女の泣き止めを待ち続けるよう、俺は彼女に背を向け、ドアを開けた。

誰が来たとでも思ったのだろう。少女は立ち止まった。

「お前、自分の命を優先するか、俺がお前を見捨てるか選べ。どっちにしろ生きている内は選択なんざ間違いない。それでも、お前、お願いだから最後まで自分の命だけはっきりと考え続けると約束しろ。何なら俺も」

彼女は頷いてくれた。ここで俺は彼女の命を賭けた。

「お前は自分の命を諦めるのか」

泣く少女。

彼女に対して俺は最後の最期まで自分の命ばかりを重みとして考えた。だが彼女の命を捨てる気はなかった。それはあいつも同じなのだから。

「お前が命を捨てられないなら、俺の命までも無駄にするけどな。そこまで俺に諦めて欲しいか」

彼女は迷いながらも俺の腕の中から手を引き抜いた。

彼女に手を当てた時、ふと思いつく。

「なあ」

「何でしょうか」

彼女からの質問だった。

「もし俺と一緒に死ぬ気で一緒に行ってくれるならもう二度と俺は命を諦めねぇよ。お前が命を懸けて頑張ってる時、俺もお前の助けに回ってる」

俺は彼女が喜ばせるため、彼女の幸せを守ってやる。

そんな願いがあるが、やはり少女の笑みは止まっている。

「……いいえ。私は貴方よりも、私がここにいる事の方が嬉しいですわ。貴方が私を、というより、この地が私を助けてくれたのですものねぇ。貴方が私を殺さなければ、私は死なずに済んだのだといつかきっと思いますわ。もう少しすれば分かります。貴方は私の命の恩人の筈ですわよねぇ?

あなたは私が大切な部下達だったとお思いですか? 部下として私を助けてくれた貴方なら、死なずに済むのでしょう? さあ、私の望みを全てやくざどもに告げてください、貴方はきっと私のために、私のために命を賭けますわよ」


言い終わると俺の周囲が蠢いた。ざっと砂煙が巻き起こる。粒が容赦なく目に入る。ぼやけた視線を巡らせると何かの群れが漂っている。それに俺は見覚えがあった。車を盗みに入った時にガレージの無人車に同じロゴがついていた。

そうか、そういう事か。人を縛るためには銃も鎖もいらない。


人の心こそが牢屋なのだ。あちこちに転がる白骨。そして視界の奥まで隙間なく埋めるドローン。それがこの監獄の壁だ。おそらく武装はない。監視カメラだけだろう。だが確証のない希望でどこまで人は突っ走ることができるだろう。しかも砂漠だ。多くは不安に苛まれそこで歩みを止めて土に還るか街に帰るだろう。そして俺をここに閉じ込め俺を追いかけるあいつの正体もはっきりした。ドルで月収四桁台後半をキープできる女の愛人だ。俺は良かれと思って彼女を田舎から連れ出した。過疎という監獄から。その報いが来たというわけだ。俺はあいつの命を紙のように扱った。

たった一つのそしてすべての罪状だ。

俺の生きざま、ぶざま、そして何様なにさまを神様が逆さまにしてお客様に様々な御利益をもたらすのだろう。それがリアリティーショウの素材か心理的監獄システムの売り上げかは俺の知るところではない。


彼女の瞳が今まで以上に涙で潤んでいるのが分かった。からくりが読めたが俺は胸にしまっておくことにした。

「……そうかよ。なら、最後に聞けよ。お前はここに残った俺の部下だ。俺には、これから行く場所がある。死んでくれるなら、お前は俺の部下だ。俺の望みは最後の命だ。それだけだぞ」

俺のその決意を聞いた彼女は一瞬固まって、嬉しそうに笑った。

「あら、これは私の好きな人が『最後の命』を知った時の顔ですわねぇ?」

彼女は俺が初めて好きになった人だ。


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決別(わか)ち奈(な) 水原麻以 @maimizuhara

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